第11話(1)勇者、震い立つ
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俺たちはメラヌの転移魔法であっという間に建物の中に転移した。
「ここは?」
「トウリツの市内の私たちに割り当てられた仮宿舎よ」
俺の問いにメラヌが答える。スティラが窓の外を見て呟く。
「なんだか物々しい雰囲気ですね……」
「決戦前夜ってところだからね~段々と部隊も出発し始めているわ」
メラヌが軽い調子で話す。スビナエが尋ねる。
「予定を一日繰り上げたということは……魔王軍に動きがあったということだな」
「察しが良いわね。そう、向こうの先発隊がそろそろ進軍を開始したそうよ」
「そうなると、互いの城の中間地点辺りで会敵、という感じかしら?」
ルドンナの言葉にメラヌが首を振る。
「同盟軍はその考えだけど、私たちは違うわ」
「違うってどういうことよ?」
アリンが腕を組んで問う。
「向こうの城のすぐ近くに転移し、一気呵成に魔王を打倒する……」
「軍勢を転移するってこと⁉」
「流石に千人、万人単位を同時に転移させることは出来ないわ」
メラヌが苦笑する。俺はハッと気づいて呟く。
「私たちってつまり……」
「ええ、今ここにいる八人だけで攻め入るわ」
「ええっ⁉」
「……ちょっと無謀なんじゃない?」
ルドンナが椅子に腰かけて呟く。
「それがそうでもないのよ、使い魔の報告によれば、さっきも言ったように、相手の軍勢はどんどんと動き始めていて、城の近辺の警備は大分手薄になっているそうよ」
「大分ね……」
「そう、あくまで大分だけどね。でも、好機であることには変わりないわ」
メラヌがグッと握り拳をつくる。スビナエが口を開く。
「いつ仕掛ける?」
「今からすぐよ」
「ええっ⁉ 今からですか?」
「そうよ、勇者さん、思い立ったらなんとやらよ」
「そ、そうは言っても……」
「奇襲をかける方が勝機を見出せそうでござるな」
「ボクも賛成~。早く行こうよ」
モンドとアパネが早くも乗り気になる。アリンがため息をつく。
「……向こうの隙を突くのは良いけど……いくらなんでも急な話ね……」
「あ、お手洗いの時間くらいは取るわよ」
「それは結構よ。ただ、もうちょっと確認することがあるんじゃないの?」
アリンの言葉にメラヌはポンと両手を叩く。
「そうだ、これを渡すのを忘れていたわ」
メラヌは指を鳴らすと、その場に数枚の紙が現れ、俺たちの手元に配られる。
「これは……地図ですか?」
「そうよ、カダヒ城近辺の地図と城の見取り図、簡易的なものだけどね」
「こ、これをどこから手に入れたのですか?」
「トウリツの城の書庫を調べてみたら見つかったわ。それで人数分の写しも用意したの」
スティラの質問にメラヌは答える。スビナエが呟く。
「用意のいいことだな……」
「そうでしょ? こう見えてやることはちゃんとやってるのよ、私」
「それで? 地図を配って、はいおしまい、というわけではないだろう。段取りは?」
「せっかちねえ……まあいいわ、見取り図を見て頂戴」
「……大きな城門が東西南北に一つずつ、全部で四つあるでござるな」
「そう、この四つの城門を同時に攻略するわ」
「同時に? どうやってやるの?」
アパネが首を捻る。
「この八人を二人ずつの四組に分けるのよ」
「戦力の分散は愚策じゃない?」
アリンが懐疑的な声を上げる。メラヌが右手の人差し指を立てて左右に振る。
「八人でも、一緒に転移したらすぐに相手に察知される恐れがあるわ。それでは奇襲の意味が無くなってしまう……戦力の分散がリスクを抱えるというのは重々承知しているつもりよ。ただ、この作戦の肝はスピード……リスクと肝を天秤にかけた結果、これがベストとは言わないまでもベターであると判断したわ」
「成程……しかも同時ってことは……それぞれの門を四傑が守備しているってことね?」
ルドンナが眼鏡のつるを触りながら尋ねる。メラヌが満足そうに頷く。
「鋭いわね。それぞれの城門に四傑が各々控えているわ」
「ただでさえ手強い四傑……それが手を組まれたりしたら厄介だから、同じタイミングで襲撃し、各個撃破するということね」
「アリンちゃんも冴えているわね。ただ勿論、これは理想上の話よ。戦況次第ではこちら側が合流するという展開もあり得るわ。使い魔を用意しているから、その辺の連絡は密に取るようにしましょう。連携をスムーズに取れるようにね」
そう言って、メラヌはウィンクする。俺は心の中で『ポーズ』、『ヘルプ』と唱える。
♢
「……なんでしょうか」
相変わらず面倒臭そうな声でアヤコが答える。
「いよいよ大詰めといったところだからな。一応報告しておこうかと思ってな」
「もしかして遺言ですか?」
「縁起でもないことを言うな」
「冗談ですよ……こちらでも確認しました。魔王の居城に乗り込むのですね」
「あ、ああ……」
「敵地に乗り込むというのに覇気が感じられませんね?」
アヤコが不思議そうに尋ねてくる。
「やっぱり分かるか」
「いつも以上に頼りない声色なので」
「いつも頼りないと思っていたのか」
「そこは別に良いじゃないですか」
「良くない」
「つまらない揚げ足を取ってきますね。大した用事でないなら、もう切りますよ?」
「……不安なんだ」
「……不安、ですか」
「ああ、何度も言うが、Cランク勇者の俺にはこのSSSランクの世界は手に余る……それでも仲間たちに恵まれ、どうにかこうにか生き残ってきた……しかし、次の相手は魔王とその配下たちだ。しかもその配下には先日あっさりと殺されかけた。正直言って勝てるイメージが少しも湧かない……」
「ショー=ローク!」
「⁉」
突然、アヤコが大きな声を上げた為に、俺はビクッとする。
「貴方は何者です? 魔法使いですか? それとも盗賊ですか?」
「ち、違う、俺は勇者だ!」
「ならば自信を持って下さい。ランクがなんだというのですか、高ランクなら楽に勝てる保証などどこにもありません」
「そうか……」
「ランクの高低イコール転生者の優劣、などという単純な話ではありません。むしろそんな高低差なんか覆してみせて下さい。それでこそ勇者だと思いませんか?」
「……ああ! やってやる! 俺が……俺こそが勇者だ!」
「ふふっ、その意気ですよ。それではそろそろ定時なので失礼します」
最後の一言は余計な気もしたが、俺は大いに震い立ち、『ポーズ』を解除する。
♢
「それじゃあ、各自転移してもらうわよ……スビナエちゃん、何かある?」
「貴様らが連日呑気に浸かっていた温泉だが……実は各々の能力を高める功能がある!」
「ええっ⁉ 本当ですか⁉」
「ああ、併せて修行も各自みっちりと行った。貴様らは強い! 負けることなどない!」
「おおっ!」
俺たちは気勢を上げる。メラヌが片手を掲げる。
「士気も十二分に高まったところで……まずは東門組! 頼むわよ!」
「‼」
俺は目を開けると、カダヒ城の東門近くに転移していた。
「転移はひとまず成功か……」
「! 怪しいやつがいるぞ、ぶっ殺せ!」
「どわっ⁉」
俺を発見した武装したオークの群れが殺到してくる。どこが警備が手薄なんだ。
「むん!」
「グギャアア!」
俺と同じく東門に転移したモンドが刀を一閃し、オークの群れを薙ぎ払う。
「勇者殿、露払いはそれがしが務めます、さっさとこの東門を突破しましょう!」
「ああ!」
「ふん、威勢の良いことだな……」
「誰だ⁉」
俺たちの前に巨大な斧を構えた鎧を着こんだオークが立っている。
「オラは魔王ザシン様に仕える四傑が一人、ヴルフェ様の補佐! シアだど! 女!」
シアと名乗ったオークがモンドを指差す。
「はて、何か用でござるかな?」
「ドエイを殺ったのは貴様だな! オラの大事な兄弟分をよくも! ぶっ殺してやる!」
「ご指名とあれば受けて立つ―――⁉」
俺はモンドとシアの前に進み出る。
「試したいことがあります。ここは私に任せて下さい」
「しょ、承知しました」
「……『理想の大樹・双樹』!」
俺は勢いよくシアに突っ込む。シアは露骨に戸惑う。
「た、大木を股間と尻に二本生やした⁉ な、何をやっているんだ、コイツ⁉」
「『理想の大樹・旋風』!」
俺は体を思いっ切り回転させる。二本の大木の直撃を続け様に喰らい、シアの太い首はあっけなく吹き飛んだ。俺の勝ちだ。四傑の補佐相手にも十分戦える。俺なりに修業を積んだ成果が早速出た。俺は腰に生やした二本の大木を撫でながら自信を深める。