第8話(2)武闘派、突っ込む
♢
メニークランズの南東部にある二つの大きな城塞都市、その内、東に位置する『ホミ』の近郊で魔王軍とそれに反抗する勢力、『諸侯同盟』の軍勢による本格的な衝突が始まる。同盟軍は当初、魔王軍の攻撃をよく跳ね返していたが、次第に魔王軍が優勢となる。魔王軍の主力中の主力、『四傑』の率いる部隊が続々と戦線に集結してきたためである。
「見事に戦況が逆転したでござるな」
戦場を幅広く見渡せる小高い丘の上に立つ大柄な女ドワーフのモンドが、丁寧に編み込んだ顎髭をさすりながら呟く。
「このままだと魔王軍に突破されちゃうね」
その横でしゃがみ込んで頬杖をつきながら、狼の血を引く獣人族の娘アパネが冷静に語る。しゃべる度に、獣耳と尻尾がピクピクと動く。
「魔王軍は魔法を使ったり、空を飛んだりと実に多彩な戦いぶり、槍や弓が主な武装の同盟軍ではなかなか厳しいでござるな」
「あのドーン!と撃つやつは使わないの?」
「……大砲のことでござるか?」
「そうそう、それそれ。ホミの城壁に備え付けられたやつ」
「大砲などはこのメニークランズにはまだそれほど数がないのでござる。前線に運んでくるのも大変でござるし、使用方法に習熟した者も少ないので……」
「それは宝の持ち腐れだね~」
アパネはため息をつきながら立ち上がる。
「魔王殿もせめて後一年、復活を待ってくれればなんとかなったのでござるが……」
「いやいや、そういうわけにもいかないでしょ」
モンドの言葉にアパネは苦笑する。
「左様、そういうわけにもいかないのでござる」
「ボクらが今出来ることをやるしかないってことだね」
「……アパネ殿はどのようにお考えか?」
「簡単だよ、こういうのはとにかく偉そうなやつをぶっ倒す!」
アパネは広げた左の掌に右の拳を打ち付ける。
「ふむ……大将格を倒せば、相手全体の士気も下がり、何より指揮系統に混乱が生じる。このような不利な戦況を覆すにはそのような大胆な一手を打つことが有効になってくるかもしれないでござるな……」
モンドはふむふむと頷く。アパネは両手を広げて、首を振る。
「あんな大軍をいちいち相手にしていられないよ、モンドみたいに『ラッキー温泉』を目指すって物好きじゃないんだから」
「……もしかして『一騎当千』のことでござるか?」
「そうそう、それそれ」
「全然違うでござろう……」
「とにかく、一人で大軍を相手にするなんて体力と時間の無駄だし、只の無謀だよ。どうせ最後は力尽きて討たれるのがオチなんだから」
「ふむ……」
「戦での豪胆さと狩りでの小賢しさ……この場合、ボクなら後者を選択するね。語り継がれる程の活躍をしたって、あえなく命を落としちゃったら意味がないもの」
「小賢しさでござるか……」
「気に入らないなら、効率の良さと言い換えてもいいよ」
「効率……」
モンドは腕を組む。アパネは戦場を指し示す・
「お気に召さないなら、どうぞ突っ込んだら? 止めはしないよ」
「いやいや、一騎当千という言葉の響きには憧れておりますが、それだけで命を危険に晒すほどのロマンチストではござらんよ」
「賢明な判断でなによりだよ。もっともモンドなら案外なんとかなりそうだけど……」
アパネは笑みを浮かべる。モンドが尋ねる。
「では、どのように狩るでござるか?」
「そうだね……」
アパネがあらためて戦場を眺め、狙いを定める。
「魔王軍の真ん中に展開するあの二つの部隊、あれらが恐らく魔王軍の主力と見ていい」
「同感でござる。あの二隊が到着してから戦況が魔王軍優勢に傾いたでござるからな」
「そう、あの二隊の頭を潰す。出来ればほぼ同じタイミングで」
「同じタイミングで?」
「相手に時間を与えてしまうと、立て直す余裕が生まれてしまう。突き崩すのなら一気にやるのがベストだよ」
「成程……」
モンドがまじまじとアパネを見つめる。アパネが戸惑う。
「な、なにさ?」
「いや、感心しておるのでござる。思いの外、知性を働かせているので……」
「……一応聞くけど、どんなイメージを持っていたの?」
「脳筋一辺倒のオオカミ娘」
「もうちょっとオブラートに包んでよ!」
「認識をわずかながら改めるでござるよ」
「それでもわずかなの……まあそんなことはいいや、それじゃあ奥の部隊はボク、手前の部隊はモンドに任せるよ」
「御意。ただ……」
「何?」
「ここから奥の部隊に向かうには少々難儀するのでは?」
「当然、ショートカットするよ」
「ショートカット?」
モンドが首を傾げると、アパネはモンドの持ち物から矢を一本取り出して、紐を使って腕に結び付ける。モンドが目を丸くする。
「な、何を⁉」
「これでボクの体ごと射飛ばしてくれる?」
「む、無理難題をおっしゃる……」
「相手の意表を突きたいんだ、お願い」
「やるだけやってみますか……」
モンドはアパネを軽々と持ち上げると、矢ごと弓の弦につがえる。そして、思いっ切り弦を引き、矢をパッと離す。小柄とはいえ、そこまで軽くはないはずのアパネの体は矢とともに、戦場の真ん中目掛けて勢いよく飛んで行く。次の瞬間、アパネは魔王軍の中央付近に文字通り飛来する。
「な、なんだ⁉ 敵か、どこから来た⁉」
「い、いきなり上から降って来たぞ!」
「そ、そんな馬鹿な!」
全く予期せぬ伏兵の登場に魔王軍は明らかに動揺した。
「少しズレたけど、まあ上々かな……流石の強弓だね!」
アパネは矢を素早く解き、視線を上げる。
「どうなることかと思ったが、想像以上に上手くいったでござるな……。さて、それがしは手前の部隊を片付けるか!」
成果を確認したモンドは数多の武器を背負い、丘の崖を一目散に駆け下り、剣を振るいながら、魔王軍に対して派手に斬り込む。突然軍勢の横っ腹を殴りつけられたようなかたちになった魔王軍は混乱に陥る。
「ま、また伏兵だ!」
「落ち着け! 一騎ずつだ、落ち着いて対処しろ!」
魔王の軍勢は体勢を立て直そうと動く。アパネが舌打ちする。
「ちぃ……出来る限り時間を与えたくはないんだけど……」
「アパネ! モンド!」
「そ、その声はショー! 無事だったんだ……ね?」
「もう、ダーリン、変なところ触らないでよ、ここじゃ恥ずかしいって♡」
「す、すみません、落ちそうなものですから必死で……」
アパネが顔を上げると、アリンと空中でイチャつく転生者の勇者、ショー=ロークの姿があった。アパネはこれ以上ないくらいに顔をしかめた。
♢