結人と夜月の過去 ~小学校三年生⑧~
「・・・あ。 未来と悠斗、戻ってきたね」
先程まですることがなく、校庭をぼんやりと眺めていた結人だったが、ふと視線を戻すと未来たちがこちらへ向かってきているのが視界に入り、夜月にそう口にする。
二人の奥でたたずんでいる理玖をあまり待たさないよう、結人はもうどちらかが早く彼のもとへ行こうと促し始めた。
「えっと・・・。 僕が、先に行った方がいいよね?」
「・・・」
夜月のことを精一杯に気遣った一言。 彼はその場から一歩も動こうとはせず、顔もこちらへは向けてくれないため、それらの行為で肯定したのだと察した。
「じゃあ・・・行くね」
小さな声で呟くと、恐る恐る一歩を踏み出し理玖のもとへ行こうとする。
途中で未来たちとすれ違ったが、彼らの間には気まずい空気が流れ込んでいるのか互いには何も口を開かず、3人はその場をするりと行き違った。
そして二人の次に見えてくるのは、理玖の姿。 彼は今――――流れている涙を、必死に拭こうとしていた。
結人が来るまでには何とかしようと泣き止むのを試みているが、それでも涙は止まりそうにない。
その光景を見て悲しくなりながら近付くと、理玖もそれに気付き苦笑いをした。
「あ・・・。 ごめんね。 折角涙が止まりそうだったのに、結人を見たらまた」
話している最中に涙を拭こうとしている彼の腕を両手で掴み、行動を制御した。
その突然な行動にハテナマークを浮かべている理玖に、結人はそっと口を開きかつて誰かに言われたことのある台詞を――――今度は、結人が理玖に向かって言ってあげる。
「拭かなくてもいいよ。 泣きたかったらたくさん泣いて、我慢しなくてもいいんだよ」
「・・・ありがとう」
目の前にいる結人に“泣いてもいい”という許可を得たからなのか、彼は安心して素直に涙を流すようになった。 その様子を見て優しく微笑むと、早速話を切り出してくる。
「えっとー・・・。 結人は僕が転校すること、気付いていたよね?」
「うん」
「はは、やっぱり・・・。 結構頑張って、隠していたんだけどな。 いつから気付いていたの?」
躊躇わずに即答してきた結人に少し驚くも、ここは冷静さを保ち違う質問を口にしてきた。 だがそれに対しても、一切迷いを見せずにこう答える。
「キャンプの時かな」
「ッ、そんな前から!?」
キャンプの時と言えば、理玖が母から転校すると告げられた日から少ししか日にちが経っていない。
あまりにも早くバレていたことに冷静さを保てなくなったのか、彼は大きな声で聞き返してきた。
だが自分の声の大きさによって我に返り、すぐに落ち着きを取り戻して静かな口調で言葉を付け足していく。
「でも・・・みんなには、言わないでくれていたんだね」
その言葉を聞いて、結人は小さく頷いた。
「うん。 理玖が転校するっていうことに確信は持てなかったし、それにこのことは僕からじゃなくて、理玖の口から言った方がいいのかなと思って・・・」
「そっか。 ありがとう」
結人の思いやりに心から感謝の言葉を述べると、続けて理玖は真剣な表情をしてある言葉を放った。
「結人に、謝りたいことがある」
「謝りたいこと?」
彼は頷き、怖くなって自分が逃げないようにと、わざと大きな声で言葉を紡ぎ始める。
「僕は今まで、結人と夜月をずっと一緒にいさせていたよね。 でも、僕も気付いていたんだ! 二人の関係が、あまりよくないことに」
「あぁ・・・」
―――そのことか。
こんなに近くにいれば流石に気付かれていると思っていた結人は、今更そう告白されても特に気にも留めなかった。
だが少しだけこの空気に気まずさを感じ、思わず目をそらしてしまう。 だが理玖は気にせずに、続きの言葉を口にした。
「それなのに僕は、わざと二人を一緒にいさせていたんだ。 だからその間の二年間半、結人には凄く苦しい思いをさせちゃったと思う。 今まで・・・本当にごめんなさい」
礼儀正しく深々と頭を下げてくる彼に慌てて首を横に振り、身体を起き上がらせるよう促す。
「ううん。 そのおかげで僕はこの二年間半、充実した日々を送ることができたんだ。
楽しい気持ちにも苦しい気持ちにも嬉しい気持ちにも悲しい気持ちにも、この二年間半の間でたくさん感じて、学ぶことができた。 寧ろ、感謝したいくらいだよ」
「結人・・・。 結人ってやっぱり、ズルいよな」
何事にもいいように捉えてしまう結人を見て、理玖は苦笑いをした。 その表情を見て、思い出したことを口にしてみる。
「そう言えば理玖ってさ。 作り笑いが、下手だよね」
「え!? 何だよそれ」
「昔から思っていたんだ。 空元気が下手・・・って、言うのかな。 凄く、無理している感がある」
「・・・そう、ズバッと言われるとなぁ・・・」
なおも涙を流しながら元気をなくしていく彼を見て、すかさずフォローに入った。
「つまり、理玖は嘘をつくことが苦手なんだよ。 もっと素直になればいいのに。 素直過ぎる理玖を見ても、みんなはそんな理玖のことを否定しないで温かく受け止めてくれるよ?」
「うん・・・」
そんな曖昧な返事を聞いて、今度は結人が苦笑いをしながら言葉を綴っていく。
「といっても・・・。 僕も夜月くんといる時は常に平常心を保っているつもりだったんだけど、理玖に気まずいことがバレていたっていうことは、僕も空元気が下手なんだと思う。
それでも僕は・・・理玖よりかは、上手い自信があるよ?」
最後の一言をいたずらっぽく笑いながら言うと、彼も小さく笑ってみせた。
「ははッ。 やっぱり、結人は凄いよな。 もう全てに勝てないや。 絶対、結人は将来有望だな」
「え?」
キョトンとした顔で聞き返してくる結人を見て、優しく笑う理玖。
「結人が僕のクラスへ入ってきてくれた時、結人に話しかけてよかった」
「うん。 僕も理玖に話しかけてもらえて凄く嬉しかった。 理玖が僕にとって、この学校での最初の友達だったから」
「ありがとう。 そう言ってもらえて嬉しいよ。 あ・・・そうだ。 キャンプの時に交わした約束、憶えてる?」
そこで、少し過去の話を持ち出してきた。
「あぁ、夜月くんの?」
「そう、その約束。 夜月はああ見えて結構寂しがり屋だから、守ってやってほしいんだ」
「もちろんだよ。 それが理玖の頼みだって言うなら、絶対に守る」
笑顔で承諾してくれた結人に、理玖は涙を流したまま満面の笑みを見せた。 そして――――
「ありがとう。 結人に出会えて、本当によかった。 結人のこと、大好きだぜ」
「僕もだよ」
眩しい程の笑顔でそう口にしてきた彼に、負けじと眩しい程の笑顔を返す。 が――――それから数秒、結人はここからは去らずになおも立ち尽くしたまま。
ここで話は綺麗に一段落したのだが、ここで終わらすまいと結人は理玖の頬へ手をやり、涙を優しく拭ってあげた。
「・・・?」
―――やっぱり・・・理玖は、作り笑顔が下手だよね。
結人は気付いていた。 最後に『大好き』と言いながら見せてくれた笑顔も、作り笑いだということに。 そんな彼に向かって、今度は結人からお願いを入れる。
「理玖の頼みは聞いた。 次は、僕からお願いをしてもいいかな?」
「何?」
何を言われるのか分からず呆然とこちらを見ている理玖を前にして、結人はこう言葉を発した。
「もしいつか、僕たちがまた出会うようなことがあったら。 その時は互いに、本物の笑顔で会おう」
「うん!」
「約束だよ」
「うん! 約束、な」
約束をしたことがそんなにも嬉しいのか――――理玖が今見せてきた笑顔は、本物の笑顔だった。 その表情を見て、結人も思わず笑い返してしまう。
―――よかった・・・。
―――これは、本物の笑顔だ。
ここで話すことがなくなりそろそろ退散しようかと考えるが、ここであることを思い出し、今自分が持っている手提げバッグからあるモノを取り出した。
普段は使わないのだが、今日は修了式のため持ち帰るものが多く、今日だけ手提げを持ってくる生徒も多い。
「あとさ、これ。 これを、理玖にあげるよ」
「ん・・・。 これは?」
「あぁ、今は見ないで。 帰ったら見てね」
「分かった。 ありがとう」
「こちらこそ」
そう言って、彼にモノを手渡した。 大きさは教科書くらいあって少し大きく、長方形の形がしっかりとしているもの。
理玖は優しく受け取り、自分の手提げのバッグの中へ入れようとすると――――ふと、一つのモノに目が留まった。
結人から貰ったモノをバッグの中へ大事そうに入れると、それと入れ替わるように先程目に付いたモノを取り出す。 そして理玖は、こう言った。
「そうそう、最後にさ。 もしもこの先、夜月がとんでもないことに関わって、もうどうしようもできないと思ったら・・・。 その時にこれを、夜月に渡してほしいんだ」
同時に――――一つの白い封筒を、結人に手渡した。