バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第31話 小人さんの都合によりシステム運営休止とさせて頂きます

 地球にとっては、実は対話どころではなかった。
 ――誰だろう……?
 地球はそんな疑問に囚われ、コア物質の噴出タイミングさえもう少しで誤るところだった。とんでもないことだ。まったく。システムを乱すのは、人間だけにして欲しいものだ。それというのも。
 地殻を構成する花崗岩の中に、いつからいたのだろう――“その者”は?
「あー、冷んやりして気持ちいーい」そんな事をいう。
 実体は見えないが――恐らく神なのだろう――なんとはなしに、ごろりと寝そべっているように思えた。だらしなく、大の字に四肢を伸ばして。
「岩っちー」
 不意に呼ばれ、比喩的にはっとする。鯰(なまず)の声だ。
「あの新人たち、もうすぐ川に着くけど」珍しく、そんなことを報告してくる。
 ――ああ……
 地球はその時初めて、新入社員たちとの“対話”がもうすぐ始まる予定であることに気づいた。
「大丈夫? このまま行かせる?」鯰は訊いてくる。「なんかあいつら、今日は何も出て来ないとか言ってるけど。なんか脅かしとく?」そして笑う。
 ――意地の悪い生物だな。
 そんな風に思ったりもする。が、愛想なしと思われるのも癪なので、開いて十秒経つと魔物が出て来る岩を転がしておいた。魔物といっても、たかが窒素と酸素、水素、あと少しだけ二酸化炭素、そんなものから出来ている出現物に過ぎないのだが。
「あははは」鯰が楽しそうに笑う。「例によって天津が封じたよ。けど皆すごい、真っ青な顔して慌ててる。ばっかみてー。はははは」
 ふう。
 地球は、比喩的に溜息をついた。

「何やってんだ?」

 その声は、その時聞こえた。比喩的に、だ。
 地球は比喩的に、目を見開いた。外核構成物質の流動速度が上がるかと思うほど、地球にとってそれは大いなる刺激となったのだ。要するに地球は――比喩的に、びっくりした。
「――誰……?」地球は取り敢えず、そう訊ねた。
 寝転がっていた(と思われる)“その者”は、むくりと身を起こした(と思われた)。
「スサノオノミコト」“その者”は、答えた。

     ◇◆◇

「ごめんだけど、岩っちまだちょっと、準備できてないみたい」鯰は言った。
「準備?」結城が訊く。「対話の?」
「うん、まあそう」鯰が、どことなく曖昧に答える。
「何か、起きるのか?」天津が続けて訊く。「地殻の異常現象のような」
「うーん」鯰はさらに曖昧に答える。
「では」本原が訊く。「地球さまの準備ができるまでは、岩は開かないということでしょうか」
「うーん」鯰はさらに尚曖昧に答える。「まあ、続けてて」そしてそれっきり、鯰は黙った。
 新入社員三人と研修担当の神一柱は、ただ茫然と立ち尽くした。

     ◇◆◇

「スサノオ……神?」地球は訊いた。
「うん」“その者”、つまりスサノオは、答えた。
「こんなところで、何を?」地球はまた訊いた。
「うん」スサノオは答えた。「ちょっと、核にまで下りて来てみた」
「――」地球は言葉をなくした。「核?」訊く。「私の?」
「うん」実体が見えないにも関わらず、“その者”が頷くのが感じられた。「いやあ、やっぱ熱かったわ」
「何でまた」地球は呆れた。「何をしに?」
「いやあ、面白いからさ」スサノオは笑った。「死にそうになる感じが」
「――」地球は言葉を失った。
「んじゃあ、また」スサノオは立ち去ろうとした。
「あ」地球は比喩的に、手を上げた。「待って」
「ん」スサノオは立ち止まった(ように思えた)。
「あの」地球は、少し比喩的にどきどきした。「ちょっと、話してもいい?」

     ◇◆◇

 新入社員たちは、地道に岩壁をこつこつ、こつこつと叩いた。少し叩いては止め、水分を摂り、体を休め、雑談を交わした。そしてまた、地道にこつこつ、こつこつと叩く。それはまるで、永遠に続くかのような作業だった。
 岩の“目”は、一向に見つからずにいた。

     ◇◆◇

「なぜ」地球は訊いた。「神は、人間を作ったの」
「そりゃあ」スサノオはすぐに答えた。「無駄使いさせる為に決まってらあ」
「無駄使い?」地球は思わず、比喩的に声を高めた。「何を?」
「いろいろだよ」スサノオは答えた。「物とか、時間とか、空間とか……人間自身とか、お前――地球とか」
「――何の為に?」
「そりゃあ、面白いからだろ」
「……誰にとって?」
「皆にとって」
「皆って、神たちのこと?」
「いや、皆だよ。神も人間も、地球も、宇宙も」
「何が面白いの?」
「今までこんな事する生物なんていなかっただろ。だからさ」
「――」
「この先どうなるのか、誰にも予測がつかねえ。すげえだろ。わくわくするだろ」
「――そうかなあ……」
「だってさ、こんな短時間の間に人間てのは、地球の、お前の中身がどんな造りになってるかまで、予測してみせたんだぜ。それも実際にほじくり返して中身を見たわけでもねえのによ。すげえじゃん。面白えじゃん。人間ってさ」
「――人間……」
「もしかしたらいつか、宇宙の端っこにまで行くかも知んねえぜ」
「まっさか」地球はつい笑った。
「わっかんねえよ。人間は」スサノオは声を高めて主張した。「今、現時点でさえ、ここまでの知識や技術を『まっさか』手にするとは思ってなかったろ」
「――」
 確かに、そうだ。地球はそれ以上何も言えず、そしてスサノオがその場から立ち去るのをただ言葉もなく見送るだけだった。
「岩っち」鯰が、そっと声をかけてくる。「新入社員たちと、対話する? できる?」
「――ああ……」地球は、比喩的に振り向き、頷いた。「うん」

     ◇◆◇

 ひょんひょんひょんひょんひょんひょん

「おっ」結城が叫ぶ。「来た来た来た来た!」その音を探り当てたのが、今日は彼だったのだ。「よーしよしよし! じゃあここに、はい、時中君たのんます!」
「声のボリュームを落とせ」時中は眉をしかめながら、携帯ドリルで彼の作業をした。
 今日もドリルの作業音の方が、結城の地声よりも遥かに静かで控えめだった。昨日と同じく、三人はそれぞれの“ワード”を唱え、そして岩は開き始めた。昨日と同じく、労働者に取って重要な“イベント”である昼休憩の後、いよいよ地球との対話が試みられることとなるのだ。

しおり