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第12話(3) え、普通に無いです

 隊舎の他の部屋に比べると少しばかり広い部屋に侵入した蟷螂の妖が、逃げ遅れた妖絶講の女性隊員をじりじりと追い詰める。

「さて……一体、どう切り刻んでくれようか?」

「ひっ……!」

 女性はあまりの恐怖に腰が抜けたような状態で、立ち上がることすら出来なくなってしまっている。蟷螂の妖は笑みを浮かべる。

「すぐに殺しては面白くない。まず死なない程度に生きたまま解剖してやろう」

「ひえっ……」

 女性は震えながら両腕を使って後ずさりする。

「逃げるなよ……まずはその腕から切り刻んでやろう!」

「⁉」

「何っ⁉」

 妖が振り下ろした鎌は女性の腕ではなく床に突き刺さる。万夜が鞭を女性の体に巻き付け、自らの元へ引っ張り寄せたからである。万夜は女性に声を掛ける。

「手荒な真似をしてすみません。御怪我は無い?」

 万夜の言葉に女性はコクコクと頷く。万夜は微笑む。

「それは何よりです。わたくしたちの後ろに隠れていて下さい。すぐに済みますので」

「見覚えのある妖ですか?」

 風坂明秋が刀を抜きながら、万夜に尋ねる。

「生憎……わたくしたちが交戦したのは女性の姿をした蟷螂の妖でしたから」

 男の姿をした蟷螂の妖が忌々し気に呟く。

「妖絶士か……」

「そうです、妖絶士ですよ、観念して下さい」

 風坂が笑顔で答える。

「白髪の女剣士以外に用は無い……」

「あら、私も一応剣士なのですが、私では役不足ということでしょうか? なんだか少し傷付いてしまいますね……」

 風坂が細い目を悲しそうに伏せる。

「目障りだ、さっさと切り刻んでやる!」

 妖が一気に間合いを詰め、両腕の鎌を振りまわすが、風坂は冷静に刀で捌く。

「ば、馬鹿な! 一本の刀で両の鎌を受け止めているだと⁉」

「せっかくの左右の鎌なのですから、左右で別々の軌道を描くように振ってみるとか、やりようはいくらでもあると思うのですが……ただ、出鱈目に振り回せば良いというものではありませんよ?」

「だ、黙れ!」

「いいえ、黙りません。リズムも極めて単調です。あえて一呼吸置いてみるとか……もっと相手のタイミングをずらすことを意識するべきです。はっきり言って……欠伸が出ますね、というか出ました、ふあ~あ」

 攻撃を捌きながら、風坂は片手で欠伸を抑える。それを見て妖は激昂する。

「き、貴様!」

「ほら、足元がお留守ですよ」

「⁉ しまっ……」

 妖の両脚に万夜の鞭が巻き付いている。

「それっ!」

 万夜が思い切り鞭を振り回し、妖は成す術なく天井、床、壁に容赦なく打ち付けられ、ぐったりとして床に転がる。風坂がゆっくりと近づく。

「間合いに不用意に踏み込み過ぎなのですよ……ってもう聞こえていませんか」

 風坂が刀を鞘に納めると、妖の首が転がる。万夜が風坂に尋ねる。

「余計な手出しだったかしら?」

「いいえ、別に。それより喋り過ぎました……苦竹副隊長、飴を一つ下さいませんか?」

「何味がご希望ですの?」

「え、もしかして抹茶味とかありますか?」



「ぐあっ!」

 広い廊下で妖絶講の男性隊員がうつ伏せに倒れる。背中を斬られたからである。

「た、隊長! 大丈夫ですか⁉」

 若い男性が声を掛ける。倒れたベテランの隊員は指示を出す。

「くっ……俺のことは良いから早く逃げろ!」

「そ、そういうわけには!」

「俺たちでどうにか出来る相手じゃない! 撤退だ!」

「くっ……すみません!」

「おっと、逃がさないわよ……」

「ぐわっ⁉」

 その場から離れようとした若い隊員も崩れ落ちる。

「両脚の腱を切ったわ、満足に立ち上がれないでしょう?」

 廊下の先の黒い物陰から女の姿の蟷螂の妖がゆっくりとその姿を現す。

「くっ、おのれ……!」

「貴方たち……戦闘員じゃないわね、後方支援部隊ってところかしら? それにしても弱すぎる……支援どころか、足を引っ張っているじゃない。貴方たちの存在理由皆無ね」

「くっ、おのれ!」

「もう貴方たちとの追いかけっこも飽きちゃったの……これで決めるわ!」

「風坂明秋……宿り給へ!」

「!」

 二体の風坂が妖の蟷螂の両の鎌を防いでみせる。妖は驚き一旦距離を取る。

「同じ顔の奴が二体? 何の術?」

 妖が覗くと、傷付いた隊員を治癒する愛の後ろ姿がある。

「来てくれたのか、ありがとう」

「支援部隊あっての我々です。困ったときはお互いさまですよ」

「立てることが出来た!」

「足の怪我は専門医の方にすぐ診てもらって下さい! 慌てないで転移室へ避難を!」

「貴様か! 余計な真似をしてくれる!」

 妖は両の鎌から斬撃を飛ばす。

「⁉」

 予期せぬ攻撃を受け、二体の風坂は紙きれに戻って床に落ちる。

「お人形遊びは気が済んだかしら? これで終いよ!」

「させない!」

 武枝隊所属の仁藤正人が剣でその斬撃を受け止める。だが、受け止め切れず、腕や膝に怪我を負ってしまう。仁藤は痛みに顔を歪める。

「仁藤さん! 無理をしないで!」

「……強がりを言うなって、惚れた男が守ってやるからよ」

「……はっ?」

 愛は心底理解が出来ないという顔を浮かべる。

「対抗戦の時、俺のフルネームを細かく尋ねてきただろう? その時気付いたのさ、あ、コイツ俺に惚れているなって……だからここで退くわけには行かねえんだよ!」

 仁藤は妖に向かっていく。妖は嘲笑交じりで呟く。

「手負いで向かってくるとは……白髪の女剣士と鬼の半妖に取っておいた技だが……⁉」

 妖が目を疑う。五体の仁藤が、あらゆる方向から斬りかかってくるのだ。

「ちっ! あの女の術か! 斬撃は四つしか同時に飛ばせないというのに! 本物はどいつだ? 真ん中が本物と見せかけて違うと見せかけて逆だろう⁉ ならばこっちだ!」

 妖は斬撃を左右から向かってくる二体ずつの仁藤に飛ばした。斬撃をまともに喰らった四体の仁藤は紙切れと化す。妖は己の目を疑う。

「何⁉ 真ん中⁉」

「これが愛の力だ!」

 仁藤が妖を斬って捨てる。興奮冷めやらぬ仁藤が愛に振り返って告げる。

「曲江愛さん、俺と付き合って―――」

「ごめんなさい」

 愛は食い気味に断った。

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