新たなるライバル
「みんな、おはよう!」
葵が元気よく挨拶し、教室に入った。まだ若干のぎこちなさが残るものの、クラスメイトの皆もそれぞれ挨拶を返してくれるようになった。転入して約一か月、ようやくこの学園にも馴染めてきたのではないかと、葵は満足しながら席についた。
「おはようございます、葵様」
「あ、おはよう、サワっち!」
爽が席に近づいてきた。
「連休はどうしてたの?」
「仙台の実家に帰省しておりました」
「そうなんだ、良かった。ゆっくり出来た?」
「ええ、お陰さまで……こちらはお土産の仙台銘菓、『ずん舌餅(たんもち)』でございます、どうぞ後でお召し上がり下さい」
「あ、わ、わざわざありがとう」
葵は爽から差し出された紙袋を受け取った。
「葵様、今朝の校内瓦版はご覧になりましたか?」
「うんにゃ」
葵は首を横に振る。爽は溜息を突く。
「きっとそうだと思いました……」
「何か面白いニュースでもあった?」
「……ある意味面白いですね」
「え、何々? 気になるなあ~」
爽は視線を窓の外にやりながら答える。
「その件についてですが……そうですね、放課後に他の会員の皆さんも交えて話し合いをしましょうか」
「うん、分かったよ」
爽は一礼すると、自分の席へと戻った。放課後になって、葵は爽に連れられて、ある場所に着いた。
「こ、ここは……」
「ええ、本日リニューアルオープンした『甘味処 毘沙門カフェ』です」
「あの火事からもう立て直したの?」
「ええ、消火が迅速であったため、奇跡的なことに、建物自体は崩れ落ちずに済みました。再建にあたっては各方面から多額の募金が瞬く間に集いました。微力ではありますが、わたくしの実家からも……。急ピッチで再建が成りました。異例の早さですが」
「異例というか、もはや異次元だね……」
「ここで一つご提案があるのですが……如何でしょうか? 今後はこちらのカフェを将愉会の活動拠点の一つにするというのは?」
「ああ、それは良い考えだね。ずっと教室の片隅じゃあ、さぎりんが言っていたように味気が無いもんね。それ、採用!」
「ありがとうございます」
「ひょっとして、これが面白いニュース?」
「いいえ、これはどれかと言われれば、良いニュースですね。面白いニュースについてはお店の中で話しましょうか」
爽が葵に店に入るように促す。葵はドアを開けると、店員から声が掛かる。
「へい、いらっしゃい!」
店の雰囲気には正直似つかわしくない威勢の良い声の主を見て、葵は驚いた。
「進之助⁉ 何やってんの⁉」
「何ってウェイターでぃ!」
「ウ、ウェイター?」
「お連れの方々がお待ちでぃ! あちらの席にどうぞ!」
進之助が指し示した方に目をやると、小霧と景元がテーブルを囲んでいた。
「皆、来ていたんだ。進之助のこと知ってた?」
葵が椅子に座りながら小霧に尋ねる。小霧は首を振る。
「全然知りませんでしたわ、伊達仁さんはご存知でしたの?」
「ええ、一応は」
「なんでまたウェイターを?」
「知っての通り、お店が出火したのは、あの巨漢の方の暴走が主な要因ですが……彼と揉めた自分にも責任の一端はあるということで、アルバイトを志願されたそうです」
「志は立派だが、あの調子ではな……まるで居酒屋のような接客態度だぞ」
景元が渋い表情で、忙しく立ち働く進之助を見つめる。
「ま、まあ元気があって良いんじゃないかな?」
葵の言葉に小霧も同調する。
「多少の場違いさは否めませんが、容姿は悪くはありませんからね。早速熱心なファンもいるようですし……」
そう言って、近くの席に視線をやる。そこには八千代の姿があった。
「ああ、赤毛の君……」
八千代は両手を胸の前で組んで、うっとりとした表情で進之助を見つめている。
「吊り橋効果は依然継続中か……」
景元はなんとも言えない表情で呟く。ウエイトレスを呼んで、注文を済ませた爽が軽く咳払いをする。
「こほん……それでは本題に入りましょうか」
爽は自身の端末を操作して、画面を皆に見せながら瓦版の記事を読み上げる。
「『誰が真の将軍にふさわしいか』第二回支持率調査……氷戸光ノ丸、40%、五橋八千代、25%、日比野飛虎、18%、若下野葵、17%……」
「前回より2%上がったね!」
「氷戸さんと五橋さんが5%ずつ減らしていますわね」
「本来ならその10%分をこちらに引っ張ってこなくてはならないのですが……」
「は組のクラス長がここで出てくるとはな……」
景元の言葉に爽が頷く。
「ええ、二年は組クラス長、日比野飛虎(ひびのあすとら)……当初は旗色を鮮明にしていませんでしたが、ちょうど連休に入る直前辺りから陣営が動き始めましたね」
「こ、この人ももしかして?」
「ええ、継承資格を持った方です」
葵の問いに爽が答える。葵がテーブルに突っ伏した。
「新たなライバル出現か~。どういう人なの?」
葵が三人に尋ねる。
「説明するには情報が不足していますね」
「え?」
「あまりクラス長会議等にもお顔を出されない方なんですのよ」
「一年の頃からそういう調子だな……」
「そ、そうなんだ……」
「しかし、敵のことはよく知らなければ戦になりません。葵様、ちょっと両手をポンポンっと叩いてみて下さい」
「え、何?」
「お願いします」
爽の突然の申し出に葵は戸惑いながら両手を叩いた。すると、秀吾郎が姿を現した。
「うわっ、ビックリした⁉」
「上様、お呼びでしょうか?」
「合図を決めておきました。これでいつでも黒駆君が駆けつけてくれます」
「そういうの、私抜きで決めないでもらえる⁉」