番外編③ ある穏やかな休日の出来事 ─後編─
前回までのあらすじ!
休日にランちゃんオススメの場所を巡っていたら、偶然にもオフのレイナさんに出会った。初めてみた私服姿がとても可愛くて、今日は何だかいい一日になりそうなそんな予感がする!!!
という感じで簡単に今までの出来事を振り返ってみたが、もうやらないと心に誓った。一度はやってみたいと思っていた前回のあらすじだが、思った以上に恥ずかしかったのだ。別に口に出しているわけではないが目の前にレイナさんがいるこの状況で考えることではなかったと思う。うん...黒歴史としてもうすぐにでも処分しよう。
「もしかして今日はギルドのお仕事お休みですか?」
「そうなんですよ。なので買い物でもしながらゆっくりとしようかと思いまして。ユウトさんも今日はお休みですか?」
「1週間に1度はお休みを入れようと思いまして。今日はせっかくなので宿の方に教えてもらったオススメの場所を見て回っているところなんですよ」
やべぇ、超緊張する!!!
ギルドでは店員と客みたいな感じで思って話しているから特に何とも思わないけれど、こうやって休日に会って話すとこれはただの異性との会話になってしまうということに気づいてしまった。特にコミュ障という訳ではないので当たり障りない会話は出来るのだが、だからと言って緊張しないかどうかというのは話が別である。前世含めて異性とこうやって事務連絡以外で会話したのはいつ振りだろうか...
緊張しているというところを悟られないように上手く会話を続けて、そしていいタイミングで切り上げなければ!じゃないといつかボロが出てしまう...頑張れ自分!!!
「いいですね!お休みを取ることは冒険者にとって大事ですから。無理は禁物なんですけど、なかなかそれを理解している人って多くないんですよね...」
まあ、冒険者ってランクの低いうちは一つの依頼あたりの報酬量が少ないからな。それに難しくなっていけば一人ではなくパーティを組むことになる。そうなるとさらに一人当たりの報酬が少なくなるわけで。会社員みたいに毎月決まった金額が入ってくるわけじゃないから働けるときに働かないとお金が稼げないっていうね。冒険者もロマンだけでは語れない、かなりシビアな職業だもんな。
そんなことを考えていると少し二人の間の空気が重くなりかけてしまった。その雰囲気をいち早く察したレイナさんは慌てたように話題を変えた。
「そ、そういえばユウトさんは教えてもらったオススメの場所を巡ってるんですよね。もしよければ私もご一緒してもいいですか?」
とんだ爆弾発言を入れ込んできたものである。休日にこんなに可愛い女性と二人で町を巡る?!とんでもない!!それではまるでデートみたいじゃないですか!!!そんな年齢=彼女いない歴の俺にはハードルが高すぎる。
でも、合理的に考えればこの町に詳しい人に案内してもらった方が効率がいいのとたくさんの情報を手に入れることが出来るかも...
うわぁぁぁぁ!一体俺はどうすればいいんだ!!!
「もちろん大丈夫ですよ!町に詳しい人がいれば心強いですから」
はい、もちろん断る事なんてできませんよ。
ここはもう諦めて今日一日は気張っていくしかないだろう。
でも実際一緒に回ってもらえるなら助かる面もあるだろうから、このオフのレイナさんという存在に慣れさえすれば何も問題はないし、こちらとしてはメリットしかないのだ。
「これからどこへ行かれるんですか?」
「そろそろお昼の時間なので、教えてもらったオススメのお店でお昼にしようかと思っていたんですが一緒にどうですか?」
「ぜひ行きます!ちょうど私もお昼まだだったんですよ」
そういうことで俺たちはランちゃんオススメのお店でお昼を食べることになった。そのお店はレイナさんと出会った場所から歩いて5分ぐらいのところにあり、女性が好きそうなオシャレなカフェのようなところだった。ナイス、ランちゃん!レイナさんと一緒に行くのは想定外だったが、女性とランチをするにはぴったりなお店だ。
お店に到着すると店員さんが丁寧に対応してくれて、俺たちは通りに面したテラス席に案内された。まだお昼前だということもありお店はまだ人は少なかった。そのため人気であろうテラス席に着くことが出来たようである。そこはちょうど天気も良くて風や日差しもとても快適だったのですごく居心地のいい席だった。
席に着くとレイナさんが、このお店は最近出来たばかりらしく女性からの人気が高いのでいつか行ってみたかったと俺に感謝を伝えた。これに関しては完全に偶然というか、ランちゃんのおかげなのだが...
数分後、レイナさんとの談笑に花を咲かせていたところ店員さんが料理を運んできてくれた。レイナさんは紅茶と野菜たっぷりのサンドイッチを、俺はコーヒーとステーキ肉のサンドイッチを注文した。噂通り、雰囲気も良くて料理に味も最高に良かった。二人して美味しいと笑みを浮かべながら楽しいランチタイムを過ごすことが出来た。
しばらくすると徐々にお客さんが沢山集まってきて、10分もしないうちにテラス席も店内の席も全てが満席になっていた。お店に着いたタイミングも良かったねとレイナさんが嬉しそうに話す。その後レイナさんはデザートにフルーツパンケーキを、俺は軽めにクッキーを注文して残りの時間を楽しんだ。
満足いくまで食事を楽しんだ俺たちは会計を済ませ(話し合いの結果、割り勘となった)、今度はこの町の商業地区へと向かうことにした。ランちゃん曰く、商業地区にはいろんなお店や出店が出店しているらしく、中には掘り出し物などもあるかもしれないからと冒険者にとってもオススメだそうだ。
その他にも食材や衣類、アクセサリーなど幅広い種類のお店がひしめき合っているらしいのでレイナさんも楽しめそうだ。おそらく前世の百貨店でのショッピングみたいな感じになるのではないかと予想している。
ちなみに先ほど行った道具屋や装備屋は商業地区ではなくて比較的に冒険者ギルドに近いところに立地をしていた。おそらくはメインターゲットの違いなのだろう。商業地区はそれこそ商人や一般の住人などが顧客として考えられているが、道具屋や装備屋は冒険者がメインターゲットであるために場所が少し違うのだろうと推測できる。
そんなこんなで商業地区へとやってきた俺たちは、通りに出ている出店の商品やお店のショーウィンドウに置かれている煌びやか商品たちを見ながら散策していく。途中でオシャレな服屋に入ってレイナさんが楽しそうにいろんな服を試着しているのを俺が付き添ったり、世界各地から集まってくる本を扱う本屋で歴史書や各国の情報などが載っている本を購入したり等々、かなり楽しんだ。
まさ先ほどお昼を食べたばかりだが、美味しそうな肉の串焼きを買って二人で食べたり、大道芸人がショーを行っているところを鑑賞したりした。傍から見たら完全に俺たちはデートしているように見えただろう。まあ俺的にはレイナさんのような綺麗で可愛い人となら全くやぶさかではないのだが...
かなり商業地区に長居してしまったが、俺たちは次の目的地である魔法書専門の本屋に向かった。正直なところ、ランちゃんにオススメしてもらった中で一番興味があったところである。商業地区にあった本やではごく一般的な本がメインで置かれていて、魔法やそれに関する専門書などはあまり置かれていなかったのだがこの魔法書専門店ではそっち方面の様々な専門書が本が置かれているらしい。
場所は商業地区から少し離れ、町の中でもかなり端の方にある人気のあまりないところに立地していた。そのため歩いて15~20分ほどかかってしまった。こんな場所にあるにもかかわらずレイナさんはこのお店のことを知っていたようだ。
「これでも一応サウスプリングの冒険者ギルド職員ですから。この町の冒険者に関する情報はある程度仕入れていますので!」
と、このように仰っている。
プロ意識高いな~と俺は思わず拍手でレイナさんを称えた。
レイナさんもまんざらでもない様子で少しどや顔をしていた。
ちくしょう!可愛いじゃないですか!!!
早速店内に入ってみると、中もかなり薄暗くて少し不気味な雰囲気が漂っていた。店内にはたくさんの棚が並んでおり、その隅々まで様々な色や形の本が所狭しと陳列されていた。お店の外観もそうだったが、中の雰囲気も万人に受けるような雰囲気ではなさそうだ。
俺は棚に並んでいる本のタイトルを色々と見ていき、面白そうなものをいくつか手に取って中を見てみる。『基礎錬金術~概論~」『攻撃魔法のススメ』『結界魔法の構築原理(図解)』などなど様々な興味深いタイトルの本がここには並んでいた。しかし、どの本もかなりの文量があったので立ち読みですべてを読み切ることは出来なさそうだ。それにそういうのはマナーが悪い。なのでサラーとどんな感じなのかだけを把握して本を棚に戻す。本当に読んでみたいという本だけを今回は買ってみようと思う。
「ここ、知ってはいたんですけど来たのは初めてで。なんだか異様な空気感ですね」
隣でレイナさんが少し居心地悪そうな表情をしていた。あまり長居してもレイナさんに申し訳ないから俺は出来る限り素早く店内にある本を見て回ることにした。せっかく来たからには一冊ぐらいは買っておきたいのだ。
「おっ、これいいかも」
ふと俺の目に飛び込んできた本のタイトルは『魔法概論~構成理論と原理~』である。おそらくパーッと軽く見てみた感じだとこの本は魔法の原理を根本的なところから解説し、どういう概念で、どういう原理で、どういう構成で魔法というものが発動しているのかを解説した書物である。
これを理解すればもしかしたら今ある魔法を改良出来たり、あるいは新しい魔法を開発できたりするのではないだろうか。やはりオリジナル魔法はオタクのロマンなのである!!これは是が非でも欲しい!
俺はこの本を手に分かりにくい一番奥に位置するカウンターに向かった。
そこには起きているのか寝ているのか全く分からない、微動だにせずじっと座っている老婆がいた。店の雰囲気も相まってかなり不気味な様子のその老婆は目の前の俺たちに全く反応を示さない。
「あのー、すみません」
俺は寝ているのだろうと思い、気持ち大きめの声で話しかける。するとピクッと老婆の体が揺れたかと思うと視線をこちらに合わせてきて「なんじゃ!!!」と距離感がバグっているような大声で返事をしてきた。突然のことで俺もレイナさんも驚き、少し尻込みしてしまった。
「いや、あのー、この本を買いたいのですが...」
また大声を出されるのではないかと身構えながら恐る恐るその老婆に話しかけると、しかめっ面だった顔が真顔へと戻り、俺の手にある本を取ってじっくりと観察した。
「お前さんにこの本が理解できるのかね?身の丈に合わない本を買っても本が無駄になるだけさね」
本を観察し終えたかと思えばジーっとこちらを睨んでそのように告げた。
一瞬バカにされているのかと思ったが、目の前の老婆の目を見るとそこには相手を馬鹿にしているようなそんな色は一切なく、本に対する真剣な愛情に似たような感情が伝わってきた。
「身の丈に合っているかは分かりませんが、僕はこの本を読みたいと思っています。内容が簡単なものではないのはパット見ただけで分かってます。でも僕にはやりたいことがあるので絶対にこの本から得られる知識を自分のものにしたいんです」
俺も茶化すことなく真剣に思いを伝えた。
思いが伝わったのかどうかは分からないが、老婆はしばらく俺の方を見てから深くため息を吐いた。
「......銀貨2枚だよ」
「...ありがとうございます」
俺はお礼を言うと代金を支払った。正直思った以上に値段が高かったので一瞬悩んでしまったのは内緒にしておこう。あんな大層なことを言ったのに値段が高いのでやっぱりなしでっていうのは絶対に言えないしな。でも内容はかなりためになるものだろうから金額分の価値はあるだろう。
そうして俺たちはこの不気味な本屋を後にした。
雰囲気と店主はちょっとあれだったが、決して悪いところではなさそうだ。
外に出るともうすぐ日が沈みそうな頃合いになっていた。
おそらくあと1時間もしたら完全に日が沈んでしまうだろう。
「そういえば、教えてもらったオススメの場所ってあと一か所でしたっけ?」
「はい、そうですね。最後の場所は...」
俺はランちゃんにもらった紙を見た。最後の場所はここからあまり遠くない場所にあるようなので日没までには十分に間に合うだろう。それにその場所のメモ書きとして書かれていた内容が今の時間帯にばっちりとマッチしていた。
「あまり遠くないようですし、向かいますか」
そういうと俺とレイナさんはその場所へと向かって歩き始めた。
向かっている間に空が段々とオレンジ色に染まってきている。綺麗な夕日が建物の隙間から差し込んでいて、辺りを影と夕日のコントラストで優しく包み込んでいた。
しばらく歩くとそこには町の西側にそびえ立つ城門が目に飛び込んできた。実はこの城門、有事の時以外は誰でも城壁の上に昇ることが出来るらしく、そこからは広大な草原を見渡せるというこの町きっての絶景スポットなのだという。俺たちはその城壁へと続く階段を上り、一番上へと向かう。
城壁の上に辿り着くとそこには辺り一面を夕日に照らされた壮大な緑の大地があった。オレンジ色の空を白い雲が流れ、時折吹く優しい春の風が二人を包み込み、草や木の葉を優しく揺らしていた。
「最後の場所って、ここだったんですね」
レイナさんが横で風になびく髪を手で押さえながら目の前に広がる景色に夢中になっていた。その姿を俺は横で見て、心の中が何か温かな感情で満たされていくのを感じた。
「僕も最後の場所がこういうところだとは気づいていませんでした。それに...」
「それに?」
何か不思議と居心地のいい感情で満たされている俺は、今感じたこと、考えたことを気恥ずかしいという感情もなく、そのまま口から無意識に発していた。
「偶然とはいえ、レイナさんとここに来れて良かったなと思いまして。一人でもいいところですけど、やっぱりこういうところって誰かと来る方がいいな~と」
レイナさんは俺の言葉を聞き終えると少し下を向いてしまった。そしてそのままもう一度夕日に染まる草原の方へと視線を移した。その横顔は夕日のオレンジ色の光で照らされて少し赤くなっているように見えた。
「ユウトさん...」
「...どうしました?」
数十秒の間、居心地のいい沈黙が流れた後に視線を目の前の景色から離さず、レイナさんが俺に話しかける。そしてしばらくしてから俺の方に視線を移し、笑顔でこう告げる。
「...また、一緒に来ませんか?」
「ええ、もちろん!」
俺は笑顔でそう答える。
このとき春の風と夕日に照らされた温かさとともに、再び心を包み込む温かな感情を絶対に忘れないようにとしっかりと胸に刻んでおこうと、そう思った。