想定外ラッシュ
翌日、朝のホームルームに顔を出すため、二年と組へ向かった光太は教室に入ろうとした。すると、小霧が飛び出してきた。
「ああ、新緑先生! ちょうど良かったですわ! 大変なんです!」
「……何事でしょうか?」
「教室に、教室に不審な男たちが……!」
「! なんですって⁉」
光太が慌てて教室のドアを開く。そこに思わぬものを見た。
「ええじゃないか♪ ええじゃないか♪」
「ええじゃないか……ええじゃないか」
ひょっとこの仮面とおたふくの仮面を被った男が教室の中央で踊っている。
「こ、これは……?」
「教室に突然お祭り男が入ってきて……!」
「それは何となく分かります……」
光太が眼鏡を直しながら呟く。
「不審ではありませんか⁉ まだ季節は春だというのに! この狂喜乱舞ぶりときたら!」
「むしろ春だからこそって感じもしますがね……」
光太は溜息を突いて冷静に話しかける。
「どなたか存じませんが、制服を着ているということはウチの生徒ですね、馬鹿なことを止めて、さっさと教室に戻りなさい」
「ええじゃないか♪ ええじゃないか……」
ひょっとこ男とおたふく男は心なしかややトーンダウンしながら、ゆっくりと教室を出て行った。光太はそれを見届けると、両手をポンポンと叩き、生徒たちに呼び掛ける。
「さあ、ホームルームの時間ですよ、皆さん」
「……ちっ、『突然の狂喜乱舞作戦』失敗か……」
ひょっとこの仮面を外した進之助が苦々しげに呟く。
「今の何がどうなったら成功だったんだ⁉ そして何故僕を巻き込んだ⁉」
おたふくの仮面を外した景元が進之助に抗議する。
「他の連中に期待するしかないか……」
「質問に答えろ!」
昼休み、いつものように図書室に来た光太は、パッと目に付いた本に手を伸ばす。すると、
「あっ……」
同じ本に手を伸ばした黒髪ロングの生徒と手がぶつかった。
「ああ、失礼、どうぞ」
光太は手を引っ込めようとした。しかし、その黒髪ロングは光太の手をガシッと掴んだ。
「な、何を……⁉」
「いえ、先生こちらの本をお読みになろうとなさったのですよね? どうぞ遠慮なさらずに手に取って下さい」
「い、いいえ、ただ単に目に付いただけですから……貴方がお読みになって下さい」
黒髪ロングの握る手の力強さに面食らいながら、光太は断った。
「そんなこと言わずに……!」
黒髪ロングも譲らない。
「い、いや、私はこちらの本にします……!」
そう言って光太は左手を棚の適当な本に伸ばした。すると今度は同じ本に手を伸ばした黄色髪ショートボブの生徒と手がぶつかった。
「あ、ああ、失礼、どうぞ」
光太は手を引っ込めようとした。しかし、今度はその黄色髪ショートボブが光太の左手をガシッと掴んだ。
「な、何を……⁉」
「いえ……先生こちらの本をお読みになろうとなさったのですよね? どうぞ遠慮なさらずにお手に取って下さい」
「い、いいえ! ただ適当に手を伸ばしただけですから……貴方がお読みになって下さい」
「そんな悲しいこと言わずに……!」
黄色髪ショートボブもなかなか譲らない。光太は二人の強く握ってくる手をなんとか振りほどく。
「見慣れない顔ですが……声色や手の固さからして女子生徒の恰好をした男子生徒ですよね? 服装などについてとやかく言うつもりはありませんが、私は絶対に読書をしなければならないという訳ではありませんから……失礼します」
光太は首を何度か傾げながら、その場をそそくさと後にした。
「くっ……『偶然のときめき作戦』も失敗か……」
ウィッグを外した秀吾郎が悔しそうに呟く。
「何をどうしたら成功だったのですか……?」
同じくウィッグを外した南武が悲しそうに呟く。
「それは……なんでしょう?」
「質問に質問で返さないで下さい」
放課後、職員室で残業を終えた光太が、登城への準備を早々に整えた。時間が余ったため、ゆっくりとお茶を飲んでいた。そこに爽が駆け込んできた。
「失礼します! 新緑先生! ちょっと宜しいでしょうか?」
「どうしたのですか、伊達仁さん? そんな血相を変えて……」
「このライブ動画をご覧下さい!」
「ライブ動画?」
「……は~い、改めてこんちはー自由恥部―♪ どうも、黄葉原北斗で~す♪ 今日はね、珍しくこういう早い時間から生配信させていただくんだけど……何をするかって言うと、『人気浮世絵師によるライブドローイング』をお送りしようかと思ってま~す。それじゃあ早速、人気浮世絵師さんどうぞ~」
「こ、こんちはーじ、自由恥部―。……浮世絵師の橙谷弾七だ、よろしく頼む」
「橙谷ちゃん~今日は何を描いてくれるのかな~」
「洗練された肉体美を描こうと思っている……」
「ってことはモデルがいるのかな~?」
「ああ、気が進まねえが……おい、入ってきてくれ」
動画に二人のマッチョが映り込んできた。
「ど、どうも細田です……」
「お、太田と言います……」
「ぶほっ!」
光太は口に含んでいたお茶を思い切り噴き出した。爽が尋ねる。
「どうなさいました、先生⁉」
「げほっ、げほっ……な、何でもありません。そろそろ登城しなければならない時間ですので、申し訳ありませんが失礼致します……」
光太は鞄を手に取って、フラフラになりながらも職員室を後にした。その様子を見た爽の眼鏡がキラリと光った。
「……もう一押しですかね」
光太が廊下に出ると、葵が話し掛けてきた。
「先生! お願いがあります!」
光太が右手を前に出してそれを制する。
「予算の件でしたら認められません……」
「そうではなくて! 私も『筋肉達磨』に入会したっ! ぐふぉ⁉」
「よ、予算の件! 伺いましょうか!」
光太が慌てて葵の口を塞ぐ。しばらくしてハッと我に返った光太が葵を見ると、葵はニヤっと笑った。
「……では、職員室でお話、宜しいですか?」