イエロとセーテン、ナカンコンベに行く その1
その日の夕方、コンビニおもてなし5号店の営業が終了する少し前にタルケンがやってきました。
「この度は本当にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳なかった」
タルケンは露骨に不満そうな表情でそう言うと、少しだけ頭を下げました。
そんなタルケンを前にして、僕とテリブルアは何も言えませんでした。
……だってですよ……顔がぼっこぼこになってるタルケンを前にして、それ以上何か言えます?
確かに態度的には問題ありありだよなぁ、とか思ったりしてますけど、少なくとも後見人をしているというフラブランカにしこたま怒られてからここにやってきたことはその顔を見れば一目瞭然ですからね。
しかし、何もここまでしなくても……と思ったり思わなかったり……
で、僕たちが何も言わなかったことで、僕たちが謝罪を受け入れたと判断したらしいタルケンは、小さく咳払いをすると、
「で、話は変わるのだが……フラブランカとも相談したのだが、この診療所の万能薬を検疫で使わせてもらえないだろうか? もちろんこの店の正規価格で購入させてもらう」
そう切り出しました。
なんでもタルケンがいままで検疫で流行病の予防や治療のために使用していた万能薬の大半はフラブランカが作成した物なんだったんだそうです。
ところが、最近になってナカンコンベへやってくる人々が増加し始めた上に、フラブランカがしばらくこの街を留守にしていたことが重なり、タルケンの魔法治療院にストックしていた万能薬が品切れになってしまったんだそうです。
「ど、どうしよう……」
と、困っていたところに、例のポルテンチップ商会が狙い澄ましたかのように売り込みにやってきたもんだからタルケンはこれ幸いとばかりに売り込まれた万能薬を大量に買い込んでしまったんだとか。
一応、試薬は確認したそうなんですけど、実際に納品された品物が全部粗悪品に入れ替わっていたことに気がつかなかったっていうのは致命的だと思うんですよね。実際に自分で投薬していたそうですから。
……そもそもストックがなくなったら自分で作ったらどうなんですかね?仮にも魔法治療院の院長さんなんだし……
「い、いや……そ、その……それはだな、ひ、人には向き不向きと言うか……その、なんだ……体調が悪いと調子が出ないとかあるじゃないか……」
僕の言葉を受けて、タルケンは必死に身振り手振りを交えながら釈明し始めたんですけど……まぁ、その仕草で『僕には作れません』っていってるようなもんですよねぇ……
で、また同じことが起きないように、タルケンの魔法治療院で使用する魔法万能薬は、フラブランカの魔法雑貨店とおもてな診療所の2カ所から購入することにしようとフラブランカが言い出したそうなんです。
おそらくですけど、今回迷惑をかけた僕たちに対するお詫びの意味もあるんだと思います。
で、その申し出を受けた僕が
「まぁ、僕たちとしましてもこのナカンコンベのお役に立てることですし、お受けさせていただきます」
そう返答すると、ここでタルケンはようやくその顔に笑顔を浮かべ
「そう言ってくださるか、いや、これはありがたい。これからよろしく頼みますぞ」
そう言いながら、僕と握手を交わしていきました。
なんと言いますか、切り替えの早い人ですね、タルケンってば。
でも、この切り替えの早さは少し見習いたいと思わなくもありません……それ以外の部分は今のところちょっとあれだなぁ的な面しかまだ見えていませんので遠慮しておきますが。
◇◇
そんなわけで、結構大口の薬の販路が出来あがりました。
念のためにスアに確認しておこうと思った僕なんですが、振り向くとそこにスアがもういました。
で、
「……大丈夫、よ、まかせて」
そう言うと、スアは右手の親指をグッと立てました。
ホント、頼りになる奥さんです、はい。
◇◇
今日は、コンビニおもてなし関連店舗の店長会議の日です。
いつもはガタコンベにあります本店の会議室でおこなっているこの会議ですが、今回はじめてナカンコンベにあります5号店の会議室で行うことにしました。
僕とシャルンエッセンスが会場準備をしていると、関係者のみんなが続々とやってきました。
本店からは店長代行のブリリアン
2号店からは店長のシルメール
3号店からは店長のエレ
4号店からは店長のクローコさん
おもてなし商会からは責任者のファラさん
エンテン亭からはテンテンコウ♀
気がつけばコンビニおもてなしもこんなに規模が大きくなったんだなぁ、と、僕はちょっと感動していました。
週1で実施しているこの店長会議ですが、今日はどの店からも嬉しい悲鳴が聞かれました。
先日開催された花祭りの影響が大きかったようでして、どの店にもお客さんが殺到し、花祭りが終了した後も、結構な数のお客さんが店に通い続けているんだそうです。
これには、定期魔道船が大きな役割を果たしているように思います。
この定期魔道船コンビニおもてなし丸のおかげで、ガタコンベ・ブラコンベ・ララコンベに加えてここナカンコンベは交通の便が非常によくなっています。
そのおかげで、定期魔道船が就航している各都市は軒並み来訪者の数が増加しているってガタコンベ商店街組合のエレエが言っていましたからね。
各都市にあるコンビニおもてなしの本支店が軒並み客足と売り上げをさらに伸ばしていることもとても嬉しいのですが、それ以上にコンビニおもてなしがある各都市への来訪者が増えていることを僕は嬉しく思いました。
コンビニの原点は地域とともに発展していくことだと僕は思っています。
その成果がこうして目に見える形で示されているわけですからね。
僕はみんなを見回すと、
「みんな大変だけど、これからもよろしくお願いしますね」
そう言って頭をさげました。
そんな僕に、皆も笑顔で
「こちらこそよろしくお願いします」
「これからもよろしくお願いします」
口々にそう返事を返してくれました。
そんなみんなの言葉を前にして、僕は思わず笑顔になったわけです、はい。
◇◇
翌朝。
僕がいつものように寝ているスアやパラナミオら子供達を起こさないように気をつけながらベッドを抜け出してコンビニおもてなし5号店へ向かおうとしていると、
「店長殿、おはようでござる」
そんな僕の元にイエロが歩み寄ってきました。
その後方にはセーテンもいるのですが、どうやら2人はいつものようにおもてなし酒場で朝方まで飲み、そのまま狩りへ向かおうとしているようです。
「おはよう2人とも。寝なくていいのかい?」
「あぁ、これぐらいならいつものことでござる。それよりも店長殿」
「なんだい?」
「今日は拙者達もナカンコンベに行ってみてもよろしいでござろうか?」
「ん? どうかしたのかい?」
「あれでござる。新しい土地の周辺にはどのような魔獣がでるのか、ちと興味がありましてな」
「アタシとイエロで、ちょっと現地調査してみようって話になったキ」
そう言うとセーテンはニカっと笑いました。
イエロもその横でうんうんとうなずいています。
そういえば商店街組合のレトレも以前
「このナカンコンベの周囲には結構魔獣がでるですです。なので衛兵達に定期的に討伐に行ってもらっているですです」
って言ってましたしね。
というわけで、転移ドアをくぐってナカンコンベへ向かった僕とイエロとセーテン。
「さぁ、やってきたでござるよナカンコンベ」
「魔獣共、覚悟するキ」
2人は口々にそう言いながら冒険者組合へと向かって行きました。
そこで冒険者の登録をしてから魔獣狩りに行く予定なんだとか。
「では店長殿、閉店までには戻ってくるでござるよ」
「ダーリン行ってくるキ」
2人は僕に向かって手を振りながら、意気揚々と出発していきました。
まぁ、大丈夫だとは思いますけど、とにかく怪我なく帰ってきてくれたらと思わずにいられません。
しかしあれですね。
行き倒れになりかけていたところで偶然出会ったイエロ。
ガタコンベの街の近くを荒らし回っていた盗賊団のリーダーだったセーテン。
そんな2人がこうして仲良く肩をならべて狩りに行っているなんて、当時の僕では絶対に想像出来なかったと思います。
そんな2人の後ろ姿を見送った僕は、2人に負けないように頑張らないと、と思い直しましてまずは電動バイクコンビニおもてなし君1号にのってピアーグへ向かうことにしました。