怒涛のプレゼン
「なんでしょうか……?」
光太はややずれた眼鏡を直しながら、葵に尋ねた。
「えっと、私は若下野葵と言いまして……」
「それはよく存じ上げております。私は貴女様のクラスの副担任でもありますから。ご用件はなんでしょうか?」
「短刀直入にお願いします! 春の文化祭、我々将愉会にも特別予算を認めて下さい!」
「却下です」
光太は一言だけ言って、その場を離れた。葵が慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「待ちません。申し訳ありませんが、私はこれでも忙しいので」
「では歩きながらで構いません! 先生はそもそも将愉会についてご存じですか?」
光太は溜息交じりに返答した。
「何か一風変わった会を立ち上げられたことは承知しています」
「それなら話が早い! 予算を付けて頂きたいのです!」
「早い遅いではなく、それでは話が飛んでいますが」
「実は将愉会単独でも何か出し物が出来ればと思っていまして……」
「文化祭実行委員会に相談すれば宜しいのではないですか?」
「実行委員会の方では既に予算の内訳が決まっていて……」
「まあ、そうでしょうね」
「ですから、勘定奉行である先生に相談しに参りました!」
「上様の頼みでも無理なものは無理ですね」
「そこを何とかお願い出来ませんか⁉ その出し物が成功すれば学園を大いに盛り上げることが出来るはずなんです」
光太は立ち止まり、葵の方に振り返った。
「内容は?」
「え?」
「その出し物の内容です」
「あ、えっと、まだ会の内部でも色々と意見が割れていまして……とりあえず予算の件だけでもお話をつけておこうかなっと……」
「残念ながらそれではお話になりませんね」
再び光太が歩き出した。
「な、内容次第ではお話を聞いて頂けるということですね!」
「……生徒の話に耳を傾けるのも教師の務めですから。ただ、先程も申し上げましたが、私は忙しいので、お話を伺う時間を割くことはなかなか難しいのです」
「では無理矢理にでも割いてもらいます!」
「は?」
「今日は出直します! 失礼しました!」
「ちょ……」
光太が振り返って引き留めようとしたが、葵はそそくさと走り去ってしまった。
「嫌な予感しかしない……」
光太は頭を掻いて、また歩き出した。
翌朝出勤した光太が校門をくぐると、不意に声を掛けられた。
「先生、おはようございます! お話を聞いて頂いても宜しいですか⁉」
「高島津さんに、大毛利くん……朝からなんでしょうか?」
「将愉会の出し物の件でして……」
「……一応聞きましょうか」
「ありがとうございます!」
小霧が頭を下げ、景元が話し出す。
「『将愉会特製スイーツを振舞おう!』という企画なのですが……」
「却下です」
光太は即答し、歩き始める。小霧が慌てて引き留める。
「な、何故ですの⁉」
「各クラスや各部活動でもその類の出店を企画しているところは多いでしょう。確か、二年と組も喫茶店をやるのではありませんでしたか? 内容も被っていますし、衛生上の問題も考えると、食を扱う団体がこれ以上増えるのは……正直言って面倒です」
「で、ですが!」
「お話はこれまで」
光太は詰め寄る小霧を両手で制すと、早歩きで校舎に入っていった。
「くっ……不発か」
「なんの! 二の矢、三の矢がありますわ!」
昼休み、図書室で椅子に座り、本を読んでいた光太に向かい側の席から声が掛かる。
「ここ、空いているかい?」
「……どうぞ」
「ありがとよ、そんじゃ失礼して……」
進之助が席に座り、話を切り出す。
「失礼ついでに一つ良いかい?」
「……出し物の件ですか?」
「お、話が早くて助かるねえ! 実は『人気浮世絵師によるライブなんとかイング』ってのを考えていてさ」
「ライブドローイングな、プレゼンするなら覚えとけよ」
そう言って、弾七が光太の隣の席に座る。光太が尚も本を読みながら、口を開く。
「成程……天才絵師と名高い貴方が描くという訳ですか」
「大天才な」
「話題にはなりそうですね」
「だろ?」
「題材は?」
「ん?」
「絵の題材です。画題とも言いましょうか」
「あ、あ~あれな、画題な……」
返答に詰まる弾七。進之助がそこに割って入る。
「ボディビルダーや相撲取りを呼んでその洗練された肉体美を弾七っつあんが華麗に描き上げるって寸法よ!」
「却下です」
光太は本を閉じて立ち上がった。
「な、ど、どうしてでい⁉」
「つまり半裸の男性を大勢学園に集めるということでしょう? それも芸術の範囲内かもしれませんが……少しばかり刺激が強すぎるように思います。それと……」
「それと?」
「図書室ではお静かに」
眼鏡をクイッと上げて、光太は立ち去った。進之助がうなだれる。
「駄目か~」
「そりゃ駄目だろ! 何だよ洗練された肉体美って⁉」
「どうしても描きたいって弾七っつあん言ってなかったっけ?」
「一言も言ってねえよ!」
放課後、職員室で残務処理をする光太の下に、黄葉原兄弟がやってきた。
「やあやあ、新緑先生、今空いている?」
「空いていません」
北斗の問いかけに光太はにべもなく答える。
「つれないなあ~同じ奉行同士、もっとフレンドリーに行こうぜ~」
「必要以上に親密になる意味を感じません。用事があるならさっさと本題に入ってもらえますか?」
「南武、説明よろしく」
「な、なんで僕が……えっと『ドキッ! 人気自由恥部亜大集合! 春の生配信祭り! 電影遊戯実況スペシャル!』という企画なんですが……」
「却下です」
「え~なんでよ~」
「それはご自身のチャンネルでやれば宜しいのでは? 電影遊戯というのも基本的に学内に持ち込み禁止です。校則違反に許可出せる訳がないでしょう。そろそろ登城の時間ですので、失礼します」
そう言って、光太は席を立ち、職員室から出て行った。北斗は空いた席に座り、頬杖を突いてその後ろ姿を見送り、溜息をつく。
「う~ん、ありゃ南武より頭固いね~」
「至極当然の反応だと思いますが……」