平穏
物事というのは、どの面から見るかによって評価や判断が変わってくる。それだけに対処方法も変わってくるもので、それ故に万全というのはあっても、完全というのはそうそうありはしない。
れいの場合はやろうと思えば完全程度なら出来なくもないが、その場合は本来在ったかもしれない変化を失い、現在の世界のバランスが崩れて新しい世界に生まれ変わってしまうことになるので、それはれいの本意ではないので控えている。
さて、とはいえ、完全を止めるのであれば、世界のバランスを保つために様々な視点からバランスを取っていかなければならない。れいの場合、万全すら少々厭っている部分が在るので、意図的に均衡を若干崩している部分も多い。それでもバランスを取っている部分に、出生率というモノがある。
ハードゥスにおいて、種族的な強者ほど出生率は低い。それに加えて生まれる数もまた少ないように調整されている。
もっとも、ここで言う強者とは、何も力が強い者ばかりではない。例えば、単に寿命が長いというだけでも十分に強者と言えるだろう。
つまりは、何か能力的に秀でている者ということになる。そういった者達の数が増えすぎると、世界のバランスが崩れかねない。
その辺りの計算は、総合的な判断の基に行われている。そのうえで強さのピラミッド頂上に近づくほどに、出生率と一度で生まれる数が決まってくる。
ちなみに、そのピラミッドの頂点まで行くとほぼ増殖しなくなる。不老長寿の強大な存在が増えるというのも困りものだから。無論、そのピラミッドに管理側は含まれていない。なにせ管理側には創造という反則技が存在するのだから。
そういうわけで、魔人と呼ばれるほどに強大な魔物は出生率が低い。いや、この場合は性欲が薄いと言えばいいのだろうか。れいがバランス調整を行う際に、そういった調整を行っていた。
中には単為生殖を行う魔物も存在するのだが、その辺りの調整もしっかりと行われている。
もっとも、そうして同胞を増やす勢いを弱めた分、能力の底上げが行われているので、そうそう根絶やしにはされないだろう。
力のバランスとして、弱い存在は数で補っているが、今のところはそれで何とかなっている。それは、人と魔物の争いを見れば分かるだろう。個体差だけで見れば、人は既に亡んでいてもおかしくないのだから。
さて、そういった事情があるだけに、れいは確率の低い魔人側から変異体が生まれたことに驚いたのだった。
「………………中々先には進みませんね」
魔物と人の争いも勃発からかなりの年月が経過した。人の方では既に王が代替わりしているほどだが、それでもまだ終結していない。
その理由は幾つか在る。例えば魔物と人の交渉が全く進展していないというのもあるし、魔物側は前線基地を築くまで行けたが、そこまでに被害が大きすぎて砦に籠っているというのもある。なので、実質休戦しているに等しい。
その間に終戦まで持っていきたい人側と、現状で終えることは以前の二の舞に終わるだけだと危惧する魔物側で中々交渉が進まないというわけだ。
休戦中といっても何か盟約が結ばれたわけではないので、人は魔物側の砦を囲んで補給を可能な限り絶つようにしているし、魔物はなんとか増援や補給を送ろうとしていたりで、小規模な小競り合いだけは変わらず続いている。
その状況を退屈そうにれいは眺める。何か面白い変化があるかと思ったけれども、蓋を開けてみれば前回の焼き直し。技術や戦術、兵装などは進歩しているが、それでも結果は同じ。
歴史は繰り返すというが、こうも似たり寄ったりだと、魔王という存在について考えたくなってしまう。
「………………なべて世はこともなしとは言いますが……至言だったということですか」
まだ終わっていないとはいえ、膠着状態が続いている状態に飽きたれいは、小さく息を吐き出して注目することを止める。
それから、拠点にしている部屋に飾ってみた神器に目を向ける。創り始めてからコツコツと増やしていたようだが、気づけば結構増えていた。
「………………このどれか一つでも片方に渡せば戦局は変わるのですがね。そうなると一方的過ぎてつまらないですし」
れいが創った神器であれば、剣の一本でも持たせれば、それだけで赤子でも魔王すら屠れるだろう。それほどまでに常軌を逸した性能をしていた。
それこそ、幾つも神器が飾られているとはいえ、それでもかなり広い室内に入っただけのエイビスが、その溢れだす神器の力を感じ取って身を固くしたほどなのだから。
力の総量だけで言えば、エイビスと神器数個が同程度だろうか。れいがはりきって創ったとはいえ、それは本当に馬鹿げた性能の高さであった。