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ルア工房ナカンコンベ支店 その1

 数日後のことです。
「いやぁ、タクラ店長! 聞いてくれよ」
 閉店したばかりのコンビニおもてなし5号店にルアがやってきました。
 すこぶる上機嫌な様子です。
「ルア工房の店舗なんだけどさ、すっげぇ掘り出し物件が出て来てさ。元飲食店だったとこらしいんだけど、役場にも近いし中も広いし使い勝手がすっごくよさそうなんだよ」
 ルアはそう言うと、その物件の地図を僕に見せてくれました。
「……ん?」
 その地図を見た僕は、一瞬首をひねりました。
 ナカンコンベに来て日が浅い僕ですが、今ルアが指さしている場所には見覚えがあります。
 ……っていうか、そのすぐ近所にはしょっちゅう顔を出しています。

◇◇

 程なくして……
 僕は、ルアと一緒にその掘り出し物件のところへと移動しました。
 で、その物件の真正面にある食堂の前では、店の前を掃除している店員の姿があったのですが、その店員は僕の顔をみるなり、
「あ、店長様、お疲れ様です」
 そう言って、僕に向かって挨拶をしてくれました。
 そこにいたのは、マーリアでした。
 えぇ、食堂ピアーグの店員の……
 
 もうおわかりですね?
 ルアが見つけてきた掘り出し物件って、この食堂ピアーグの真正面にあった飲食店の跡地。
 あの、高級食堂ポルテントチップがあった場所なんです。
「……こりゃあ……」
 僕が見上げている高級食堂ポルテントチップの跡地はつい先日まで営業していただけあって店の看板などはすべてそのままでして今にもごてごてしい魔法灯に灯が灯って営業を開始しそうに見えなくもありません。
 いつもなら、この時間帯には際どい衣装に身を包んだ女の子達が街道で客引きをしている時間帯なのですが、その姿も見ることが出来ません。
「……どうなってんだこりゃ?」
 僕が腕組みしながらその建物を見上げていると、そこに商店街組合のレトレが小走りにやってきました。
 元高級食堂ポルテントチップの建物に入ろうとしたレトレは、僕とルアに気がつくと
「あ、ルア様とタクラ様、ちょうどいいところに! ですです」
 笑顔を浮かべながら僕達の方へと駆け寄ってきました。
「レトレ、こりゃ一体どうしたんだい?」
「高級食堂ポルテントチップなのですが、商店街組合法違反で営業権剥奪になったのですです」
 笑顔でそう言ったレトレなのですが……

 この高級食堂ポルテントチップなのですが、ここしばらくの間に相当経営が悪化していたそうです。
 元々ろくでもない食べ物を女の子達の過剰な接待でごまかしながら暴利を貪っていたこの店ですが、その真向かいで青色吐息状態だった食堂ピアーグがコンビニおもてなしと提携して息を吹き返したわけです。
 その影響で、元々この界隈に多く見られていた家族連れや女性客達がピアーグの味を求めて戻って来たのですが、そのため今までとは逆に高級食堂ポルテントチップの過剰な接待目当てでこの界隈にやってきていた鼻の下をのばした男達の姿が急速に少なくなっていったんだそうです。
 一見、暴利を貪ってウハウハ状態に見えた高級食堂ポルテントチップなのですが、店に上質な女の子達を雇うために結構高額な賃金を日払いで支払っていたせいで実利的にはまだまだ厳しい状況だったらしく、客足が遠のいたことで一気に経営が悪化していったらしいのです。

 で

 その結果女の子達に対して日払いで払われていた賃金の未払いが発生。
 女の子達はすぐに辞めようとしたものの、契約書のせいですぐに辞めることが出来ない。
 その結果、お金に困った女の子達の一部がですね
「……ねぇ、お客さん……別料金で私といいことしませんか?」
 なんてことをしでかし始めたらしく……

 はい、これが商店街組合法違反です。
 僕が元いた世界で言えば風営法違反ってとこですね。

 この高級食堂ポルテントチップがある一角は一般商店街地区です。
 性的行為を売り物にした営業行為は一切禁止されています
 女の子達による相当過剰な接待をしていた高級食堂ポルテントチップですが、越えてはならない一線は守っていたもんですから、そのおかげでこの地区で営業することが出来ていたんです。
 性的なサービスを行う場合、店を風俗地区に移転しなければならないのですが、そこは一般商店街地区に店を出すよりも厳格な審査が行われている上に、店同士の競争がかなり激しい超激戦区らしいんですよね。
 高級食堂ポルテントチップとしては、その激戦区に飛び込むこと無く、一般商店街地区で一線ギリギリの違反すれすれの営業を行って暴利を貪ぼろうとしていたのわけです。
 それが、食堂ピアーグが息を吹き返したことと、焦った女の子達の暴挙のせいで……

 と、まぁ、そう言う訳でですね……
 急遽強制退去となったこの高級食堂ポルテントチップの跡地の競売が開かれることになったわけでして、その話をルアが聞きつけた……と。
「こんなにいい物件ってさ、この街じゃ滅多に出ないらしいし絶対に落札してやるぜ」
 ルアはそう言うと、僕の肩をバンバンと叩きながら笑っていました。
 まぁ経緯はともかくとして……ルア的にいい物件が見つかったわけですので、結果オーライってことですかね。
 ……ただ、この物件があのポルテントチーネ絡みだけに、すんなりいくのかなぁ、と、一抹の不安を感じなくもなかったのですが……

◇◇

 競売は、2日後に開かれました。
 競売とは違いますが、以前債権者会議に参加して物件を入手した経験のある僕は、ルアに請われてルア工房の相談役的な立場でルアと一緒に競売会場へとやってきていました。

 競売会場はナカンコンベ商店街組合の2階にある会議室です。
 前回債権者会議が行われた場所と同じところですね。
 で、その会場内にはかなりの数の人々が集まっていました。

 エレエが事前に教えてくれていたのですが、あれほどの好立地でなおかつあの規模の物件が競売に掛けられる事は滅多にないそうでして、問い合わせだけでもすごい数だったそうなんです。
 で、その問い合わせをした人達の多くがここに集っているのでしょう。

「ルア、資金の方は大丈夫なのかい?」
「あぁ、コンビニおもてなしのおかげでしっかり儲けさせてもらってるからさ、バッチリだぜ」
 小声で尋ねた僕に、ルアは小声で返答すると右手の親指をグッと立てました。

 ほどなくして、会場にエレエが数名の蟻人達と一緒に入って来ました。
「お待たせしましたですです。では競売を始めさせていただきますですです」
 壇上にあがったエレエは、そう挨拶をすると早速競売を開始しました。
 最初は土地と建物の説明から……
 あの物件は落札後現状のまま譲渡されることになるため、落札額とは別に店舗の改修費用が必要になることや、商店街内に空き店舗が放置されたままにならないよう落札後1ヶ月以内に営業を開始することなどを矢継ぎ早に説明していくエレエ。
 かなりの早口で若干聞き取りにくい気がしないでもないのですが、実はこの内容は競売参加者全員に事前に配布された諸注意の冊子の中に記載されている内容ですので特に問題はありません。
 競売の慣例として読み上げているといったところですね。
 で、説明が終わると、すぎに競売が始まりました。
 説明中は居眠りしかけていたルアがカッと目を見開いて前屈姿勢になっています。
 これだけ参加者がいるわけですから、当然激戦になるはず……僕もルアもそう思っていました。

 ですが

 序盤こそ、数名による入札があったのですが、ルアが手をあげるや否や潮が引いていくかのように入札の声がまったくあがらなくなっていったのです。
 参加者達はジッとルア……と、いうよりも、そのとなりに座っている僕を凝視している感じです。
(な……なんだなんだ!?)
 その一種異様な状況を前にして、僕とルアは困惑した表情を浮かべながら周囲を見回していました。

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