反駁
反対派が輪になって話し合う。
「奉行殿、あれしきのことでいちいちペースを乱されてもらっては困りますわ……」
「め、面目ない……」
八千代の呆れた声に南武が恐縮する。
「こちらが攻めるべきはやはり景観問題だな」
「そうですわね、新たなランドマークを建てることによって、それをもとに新しい伝統を紡いでいくという考えはやや無理があるかと思いますわ」
「橙谷はどう思う?」
「そうだな……3列目の右から5番目の席に座っている子が可愛いな……」
「聞いた僕が愚かだった……」
一方、賛成派も輪になって話し合っていた。
「もはや、奴らに打てる手はないだろう」
自信満々な光ノ丸に対し、爽が釘をさす。
「恐れながら……油断大敵かと」
「油断だと……?」
「そう言ってお姉さんも何か考えているでしょう?」
「ふふふ」
北斗がなにかを感じ取ったが、爽は笑って誤魔化した。
「ふん、まあどうでもいいが、おい、そなた」
「ん? オイラのことか?」
進之助が自身を指さす。
「そうだ、そなたさっきから何の発言もしていないじゃないか」
「何か言った方が良かったかい?」
「いや、いい……くれぐれも余計なことは言ってくれるな、そのまま黙っていたまえ」
「へいへい」
進之助は首を窄めた。五分間が経過した。
「それでは続きまして、反対派の反駁に移ります。よろしくお願い致します」
「はい」
万城目の進行に従って、八千代が立ち上がって話し始める。
「今回の高層ビル建設に関しまして、問題点は諸々あるかとは思いますが、やはり景観問題が最も気にかかる所です。短期的だけではなく、中長期的な目標を掲げた二段構えの考え方は大変結構だとは思います。ですが、地域住民にそのお考えが十分に浸透しているかのようには見受けられません。まずは理解を得てから、計画を前に進めるべきではないでしょうか」
八千代に続き、南武が発言を始める。
「ランドマークという言葉に拘っておられるご様子ですが、例えば既存の建物、或いは町並みの風景もまた、象徴たり得るかと思います。計画の大幅な見直しは難しいかとは思いますがここは一つ、文字通り足元をよく見て頂きたいと思います」
反対派の発言が終わったことを受けて、万城目が口を開く。
「では続いて、賛成派の反駁をよろしくお願い致します」
「では私から……」
光ノ丸が話を始める。
「今回、反対派の方々から様々なご指摘を賜りましたが、物事にはスピード感というものも重要になって参ります。地域住民の皆様の理解を得ることも勿論大事ですが、計画は当初の予定通り進めていきたいと考えております。拙速に過ぎるのではないかという意見もあるかと思いますが、我々としてはあくまでも適切な速さであると認識しております」
続いて北斗が発言する。
「さっきも言ったが、ずっと不変なものなんてものはない。変化を恐れずにもっと前向きに捉えるべきだと俺は思う。何事においても柔軟な思考で余裕を持って対応していこうじゃないか。そういう考え方がよりよい町づくりに繋がってくるはずだ。どうですか、お集まりの皆さん?」
北斗が聴衆に語り掛けた。対して聴衆は大きな拍手と歓声を送った。北斗は両手を軽く挙げてそれに応えた。拍手が鳴り止んだ頃合を見計らって、今度は爽が話しを始める。
「では、ここでわたくし……ではなく、赤宿君の御意見を伺いましょう。赤宿君、よろしくお願い致します」
爽の発言にディベート参加者も含めて会場全体が少しざわついた。進之助は頭を掻きながら立ち上がり、自身の意見を述べ始めた。
「え~ここまでの話し合いの内容だが、正直オイラにはほとんど理解出来なかった。だが、折角参加したんだから発言させてもらうぜ。オイラが何故賛成派の席に座っているかというと……答えは簡単だ、この高層ビルが鉄筋コンクリートで出来ているからだ」
「鉄筋コンクリート?」
進之助の予想外の言葉に葵は怪訝な表情を浮かべた。
「専門的な話になるから細かいことは言わねえ、オイラも勉強中の身だからな。コンクリートの大きな利点だが、耐火性があるってことだ。この一点だけをとってみても、今回の高層ビル建設は大いに賛成出来る」
見た目に反して、真面目な口調で話す進之助に会場は再び少しざわつく。だが、進之助は構わず話し続ける。
「勿論、昔ながらの木造建築も大切にしていくべきだと思っている。しかし火消しとして、……まだ見習いだが、コンクリート製の建物が増えていくのは、町づくりを防火の面から見て、とても良いことじゃねえかとオイラは考えている。オイラからは以上だ」
進之助が席に座ると、爽が頷いて話を続けた。
「先程の質疑応答では話題に出なかったもので、今発言して貰いました。防火・防災という面から捉えてみても、今回の建設計画は町づくりにとって大きなメリットがあると思います。以上になります」
「進之助、一応ちゃんと考えていたのね……」
葵は素直に感心した。司会の万城目が進行する。
「……それではここで再び三分間の作戦タイムです。次の最終弁論に向けて、両陣営は意見を纏めて下さい」