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くんづほぐれつ

「のこった! のこった!」

「おお! 行けー! どっちも負けるな!」

「おい、将軍さんよ!」

 進之助たちに声援を送っていた葵は、弾七の声に振り返る。

「どうしたの?」

「どうしたもこうしたもねえよ。いつから俺の部屋は国技館になったんだ? ……っていうか何がチャンスなんだよ?」

「見て分からない?」

「え?」

「あのぶつかり合う肉体の躍動感。とめどなく滴り落ちる汗の煌めき。そしてお互いが勝利を渇望しているあの眼差し。……どれをとっても、貴方の作風に新境地をもたらしてくれそうじゃないの!」

「何を言っているのかさっぱり分からん」

「まあまあ、もっと近くで見てみて」

「ふん……」

 弾七は部屋の中央に近づき、ドカッと腰を下ろした。しばらく進之助たちの取組を眺め、しばらくして、進之助たちを見上げながら、こう告げた。

「兄ちゃんたち、良い勝負するな、もう一番頼むわ」

「ふ、御安い御用だぜ!」

 進之助と秀吾郎が再び派手にぶつかり合った。そんな様子を見て、弾七はぼそぼそと呟きながら、手に持っていた筆を紙に走らせていく。

「ぶつかり合うのは肉体だけじゃねえ! 各々の魂も激しく火花を散らしてやがる! 俺には分かる! そして滝のように流れる汗! それすらも戦いに潤いと彩りを与えてくれる! さらに互いの眼差し、単にこの一番の勝敗に留まらない、その先のものを渇望しているようだ! 不思議なことに俺様にも分かる気がするぜ」

 始めは呟いていたが、次第に叫びながら、弾七の描く手が止まらない。

「おおっ、もっとだ! もっと俺様に魂のぶつかり合いを見せてくれ! 次は行司のアンタだ! さあ土俵に上がれ!」

「ええ、僕もか⁉」

 景元も強引に相撲を取らされる。弾七の興奮は治まらない。

「うおおおー! 何だか俺様まで体が熱くなってきやがった! よし、俺様もやるぞ!」

 そう言って、弾七は再び着物をはだけさせ、上半身を露にさせた。

「行くぞ! はっけよい……のこったー‼」

「どわっ⁉」

 弾七に勢いよくぶつかられ、景元はたまらず吹っ飛んだ。

「どうした! こんなもんか⁉ よし、次は黒髪の兄ちゃん! お前だ!」

「……挑戦、受けて立とう」

「よっしゃー!」

 弾七は秀吾郎に体を思い切りぶつける。秀吾郎もあえて真正面から受け止める。

「こ、これは⁉ 細身ながらどうしてなかなか鍛えられた体付きしてるじゃねえか! 俺様がぶつかってもビクともしやがらねえ! 兄ちゃん、只者じゃねえな?」

「……その質問には答える必要は無い」

「ははっ! 答えているようなもんだが、まあ良いさ! 押しても駄目なら……これならどうだ! ……な、何⁉」

 秀吾郎の脚に自分の脚を絡ませて、転ばせようとした弾七だったが、やはり秀吾郎の方が一枚上手であった。弾七の軸足を勢い良く払ったため、バランスを失った弾七の体は空中で小さく一回転し、床に派手に倒れた。

「……大丈夫ですか?」

 流石の秀吾郎も心配そうに覗き込んだ。しばらく黙っていた弾七は笑い出した。

「ふっ、ふはははっ! 何だい、今のは⁉ こんなの初めてだぜ! 今まで見たことない景色が見えた! よし! もう一番だ!」

 興奮気味に捲し立てながら、弾七は立ち上がった。

「さあ、来い!」

「……え、えっと……」

 弾七の尋常ではない様子に、秀吾郎は戸惑った。

「どうした⁉ 来ないのか⁉」

「よっしゃあ! オイラが行くぜ!」

「おし! 来い、赤毛!」

 今度は弾七と進之助が部屋の中央でがっぷり四つに組む。

「おおっ! これまた見事に引き締まった肉体! しっかりと鍛えあげているのが嫌でも伝わってくるぜ! お前さんは俺様に一体どんな景色を見せてくれるんだ⁉」

「おおっ! 行け行けー! どっちも負けるなー‼」

 葵が二人に無邪気に声援を送る。

「……どうやらこれでスランプ脱出、新境地開拓ですわね」

「少々斬新すぎる境地かもしれませんが……」

 小霧と爽は輪から離れて、その様子を眺めていた。やがて相撲もひと段落し、新たな着想を得た弾七は新作の制作に取り掛かると宣言。『将愉会』によって、また一つの懸案事項が片付いた形となった。

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