第三話 戦いのさなか
自身の右側から襲ってきた衝撃により身体が大きく吹き飛ばされる。頭を強めに打ってしまったのだろうか、少しめまいもする...が、外傷はない。
しかし判断が一瞬でも遅ければ危うく電気属性で全身は丸焦げになっていただろう。そうなればリタイアは必至、それを避けられただけまだマシだ。
敵の攻撃が来る寸前、まばゆい光から属性は光、或いは電気のどちらかであることは絞れた。ここからは半ば賭けであったがなんとか電気魔法を対処し、テレポートさせられずこの場に残っている。
「くっ、こいつまだ生きてるか」
「早く追い打ちだ!オリガ」
ようやく朦朧としていた意識が戻りかけてきて、目前に映る高水圧レーザーを放とうとしている敵から距離を取る。交戦するか瞬刻悩み、結局逃げることにする。相手は電気属性使い、魔法の出はかなり早い。あまり立ち止まって考えている暇はない。
玄関のドアを勢いよく開けると同時に外に飛び出し、出口を氷で固める。これで玄関からは出てこれまい。ある程度の時間稼ぎならできる。
さっきの二人、名は多分ダイアとオリガというのだろう。名を呼び合って連携している以上この試験の前から面識があったのだろう。考えられるのは同じ中学校に在籍しているという線が濃厚か。
試験の規則でタッグを組む事自体は禁止されていなかった。しかし事前に地図は配られていなかった。移動した先で偶然であったのだろうか。
ともかくこの試験で誰かと連携できることは圧倒的アドバンテージだ。さっきはどうにか逃げることができたが追いつかれればこちらの属性もバレている。高確率でやられてしまうだろう。
何ならさっき生き残れたのはかなり奇跡的であった。水属性の...オリガと呼ばれていた奴がかけてきた水は普通の純水ではなかった。味からして酸性。身体を溶かすほどの強さではなかっただろうが大事なことはその液体の中にイオンが純水に比べ多量に含まれていること。
純水自体はあまり電気を通さないがそこにイオンが含まれると途端に流れが良くなる。それを狙っての酸性水だったのだろう。
対して俺は、電気魔法がダイアと呼ばれていた奴から放たれる寸前身体の表面に氷の膜を作った。その膜は身体に触れないよう自分の体より一回り大きく作った。それがシールドとなって放たれた電気魔法は氷の膜の上でエネルギーをすべて消費しきり、俺の身体まで到達することはなかった。
我ながらよくできたと自分を褒めてやりたいが成功する確率が多少不安定すぎた気がする。次からはもっと安定した対処法を思いつけるようにしなくては。
先の二人を振り切れたと確信できた頃にはもう第三フェーズの収縮は終わっていた。見ると辺りで何人かが戦闘している。火属性対水属性、電気属性対金属属性。色々な属性同士がぶつかり合っていて見ているだけでも面白い。
これに学院への入学がかかっていなければのんきに観戦を続けただろうがそういうわけにも行かない。属性の相性もあってか、火属性と水属性の戦闘はどうやら水属性が勝ちを収めたようだ。
時間的にもラストスパートだろう。行動範囲は収縮しきっているのに第四フェーズの収縮のアナウンスがまだ聞こえてこない。最後の範囲収縮はあれで最後だったのだろうか。
残り時間も少ない。少しは僕も勝ち星を残しておこうと先程火属性相手に勝利を収めた水属性めがけて走る。疲れ切ったところを不意打ちし、漁夫の利を狙う。
「アイシクル、フィフス」
そう唱え生成したのは五つのつらら。それが必中となる距離まで一気に詰める。一〇メートル程度なら当てられるだろう。そう思って放ったつららは見事に敵の後頭部に勢いよく刺さった。それが二つ、三つとぶつかるたびに一本目が奥深く刺さっていき...やがて目前の敵は消え去った。これで倒した敵は二人。順調だ。
「死ねい!」
しかし今度は僕が狙われる番。先の金属属性の奴が鋭利な刃物片手に思いっきり飛びかかって来る。すかさず体をねじって避けるが地面に倒れ込んでしまう。
足を止めさせるため敵の足元に氷塊を生成させるも寸前でジャンプされ避けられる。立ち上がる暇はなくあえなく寝転んだまま迎え撃つ。せめてもの抵抗で氷の盾を生成し身構える。
「氷じゃ鉄には遠く及ばないよ」
首根っこに向かって、ジリジリと氷を裂きながら進んでくる鋭利な刃はじわじわと僕を追い詰める。しかしこんな状況において敵が足を宙に浮かせているわけがない。そう思い再度足元に氷を生成させようとする...も、なぜか氷は出てこない。
「残念、この場の魔力は全部使っちゃったよ」
いつの間に枯渇していたのか。気づかなかった。さっき盾を生成したときまでは確かに魔力はまだかなり残っていたはず。正確な量はわからなくとも、おおよそなら周辺に漂う魔力の量は感じ取ることができる。
仕方なく体内の魔力を使い敵の足元に氷塊を作り出す。動けないスキをつき一気に敵の間合いから抜け出す。奴が小太りな事もあってのしかけられた重圧から抜け出すのに少し苦労する。
気づけばさっきからずっと連戦続きな状態で休憩を挟んでいない。水属性のやつを倒そうと思わなければこうはならなかっただろうがまさかここまで疲弊することになるとは思っていなかった。
こいつを倒したら試験終了までゆっくり隠れていよう。そうしてこの試験を合格する。
相手もこれまで戦ってきたやつに比べれば幾分か手練のようで、ものの数秒で氷塊から抜け出ている。
「じゃあ決着、つけさせてもらうぜ」
「...来い!」
体内の魔力から氷の剣を生成する。金属には打ち勝てないだろうが近接戦で少しは役に立つだろう。
先に仕掛けてきたのは相手の方だった。小型のナイフを勢いよく投げてくる。小さくとも鋭利なそれは当たりどころによれば致命傷になりかねない。一〇本近く飛んでくる一つ一つをせめて皮膚を掠る程度の位置で避ける。それでも大きな傷になりそうなものは剣で弾く。
相手とて使用しているのは自身の体内の魔力。いつかは限界が来る。しかし消耗戦になった際に不利になるのはこっちだ。金属は丈夫なのに対し氷は脆い。魔力が尽きても物として残る金属のほうが有利なのは明白。
なら一気にケリをつけるしかない。それこそ体内の魔力すべてを消費しきる程の攻撃を一度で放つしかない。だが体内に残る魔力はもう最大値の半分ほど。外せば、いや、外さなくともこれが致命傷とならなければ僕は負ける。
覚悟を決めイメージを固める。敵の全身を覆うほどの巨大な氷の塊を...
「フロストカラム・エクストラ!」
今回生成するのは敵の動きを止めるだけではない。全身から体温を一瞬で奪いされるほどの冷気を氷として直接ぶつける。空気も吸えず、囚われればものの数秒で意識は飛ぶ!
詠唱が終わると同時に狙った場所から寸分狂わず巨大な氷が出現する。それはまごうことなく敵の全身を囲む長方形の氷塊となる。敵はそれにとらわれる。
僕は勝ちを確信した。敵はまだ消えていないがそれはまだ意識が途切れていないだけ。あと数秒もすればテレポートされるはずだ。
一度に大量の魔力を使ったことによる息切れを落ち着かせようと深呼吸する。しかし何秒待とうが敵の消える様子がない。だんだんと悪い予感がしてくる。
十数秒立ったときだった。突然敵の全身から鋭利な刃物が一瞬にして生えてくる。それは勢いよく氷を貫通する。
それと同時に敵は勢いよく回転し、氷を切り刻んでいく。やがて氷は原型を留めていない、小さな粒へと分解されていった。
奴の強さは金属魔法によるものだけではないと悟った。僕とは明らかに違う、魔法以外の強さがある。
圧倒的な力の前にただ絶望することしかできない。あと数秒もしない間に奴は氷の中から出てくる。僕には逃げる気力も、戦える魔力もない。
今の僕にできるのは、へたり込んだままただ相手がこちらに来るのを待つことだけだった。