第7話(4) 気まぐれなデュエルマスター
「では、そろそろこの辺りで……」
真理さんが立ち上がって用件を切り上げようとしています。このままでは何の為に来たのか分かりません。私は慌てて、思い付いたことを口走ります。
「ま、真理さん! 折角ですからサッカーで勝負しましょう! それが一番手っ取り早いと思います! だ、ダメですか?」
私の方に視線を向けた真理さんから思わぬ返事を貰いました。
「近頃、運動不足気味でしたし……構いませんよ。その勝負、受けて立ちます」
十分後、私たちは場所を裏庭に移しました。真理さんのお祖母さんがゴルフの練習などに使うそうで、芝が敷き詰められています。私だけでなく全員ウェア姿に着替えていました。
「あれ、皆も着替えたの?」
「まあ、何となく、その場の雰囲気でね……」
やや遅れて、真理さんが現れました。上下薄紫色のウェアを着ています。
「お待たせ致しました。では勝負とはどのような形で?」
「えっと、どうしましょうか?」
私の間抜けな返答にその場にいた皆がガクッとなりました。
「おいおいビィちゃん! しっかりしてくれよ……」
「……ではシンプルにデュエル、1対1としましょうか。私はDFですから、私のことをかわしたら、そちらの勝ちということで良いですよ」
「じゃあ桃ちゃんが勝ったら、サッカー部復帰のこと考えてもらっても……」
「検討しましょう。……とはいえ流石に、運動不足のところをいきなり『桃色の悪魔』との対戦はやや荷が重いですね。そちらの御三方もちょうど練習着にお着替えになられたようですから、お一人ずつ対戦いたしましょうか?」
「あん?」
「ちょうど良いウォーミングアップになりそうですし」
「わたくしたちはアップ扱いですの?」
「随分ナメられたものね……じゃあ私が行くわ」
聖良ちゃんが進み出て、真理さんと対峙します。少し間を置いて、聖良ちゃんが仕掛けました。凄いスピードで真っ直ぐ相手に向かって行きます。突っ込みつつ、左右に素早くシザーズを入れ、右足アウトサイドを使い、自身の右斜め前にボールを持ち出します。彼女の得意とするパターンです。
「もらっ……なっ⁉」
完全に聖良ちゃんが振り切ったかと思いましたが、真理さんが足をスッと出して、ボールカットに成功しました。聖良ちゃんは勢い余って倒れ込み、まさかと言った表情で真理さんのことを見上げます。真理さんが落ち着いた口調で話します。
「スピードは確かに凄いですね、ただ目線の動き、重心の傾きから、どちら側を抜いてくるのかという判断は比較的容易でした」
「くっ……」
「うっし、次はアタシだ!」
竜乃ちゃんがボールを転がしながら、真理さんの前に立ちます。一呼吸置いて、竜乃ちゃんが動き出しました。正面に左足で強くボールを蹴り出すと見せかけて、自らの右斜め前にやや弱くボールを蹴り出します。さらにすぐさま右足でボールをキープすると、そこから急加速して、縦に鋭く抜け出そうとしました。この一連の動きはかなり素早いものでした。しかし、真理さんも反応し、ボール奪取にかかります。双方の足に激しく挟まり合ったボールは二人の進行方向の反対側に転がりました。真理さんが先にキープしようとしますが、竜乃ちゃんがショルダータックルを仕掛けます。
「! うぉっ⁉」
驚くべきことに、竜乃ちゃんの方が吹っ飛びました。真理さんはほとんど微動だにせず、ボールをキープしていました。尻餅を突いた形になった竜乃ちゃんは呆然とした表情で真理さんを見つめます。真理さんはまたゆっくりと話し始めます。
「パワー勝負で負けたことに驚いているみたいですが、来ると思っていれば案外耐えられるものです。タイミングの取り方次第ではこうやって体勢を崩すことも可能です」
「ま、また……!」
「ツボは突いていませんよ。試合ではその手は使ったことはありません。最も今の場合は使うまでもありませんでしたが」
「くそっ……!」
微笑みを浮かべて答える真理さんに対し、竜乃ちゃんが地面を叩いて悔しがります。
「では、わたくしが参りましょう!」
今度は健さんが挑みます。自分と真理さんの間に、ボールを転がします。しばらく様子を伺いながら、突如急加速し、真理さんの前を斜めに抜き去ろうとします。そして両足でボールを前後に挟んで擦りあげるようにして、ボールを浮かせます。さらに踵を使って、ボールを自らの背中から頭上に蹴り上げます。竜乃ちゃんにも使った、ヒールリフトです。放物線を描いたボールは真理さんの頭上も通過する、かと思われましたが、真理さんはジャンプ一番高く上がった健さんのボールを難なく頭でカットしてしまいました。
「な、なんですの⁉」
真理さんは落下しつつも、ボールを巧みに足元でコントロールしました。そして振り返って、驚愕の表情を浮かべている健さんに語りかけます。
「こういう大技はモーションも分かりやすいから対処しやすいのですよね。ただ単にボールを高く上げるだけじゃなく、もうちょっと角度をつけてみるとか、あえて低い放物線にしてみるとか、何かしら一工夫が無いと、実際の試合で使うのは厳しいですね」
「うぬぬ……わたくしの完敗ですわ」
「では、体も温まってきたことですし……」
真理さんが私の方に向き直りました。
「そろそろ本番と参りましょうか、桃さん」
こうなったらやるしかありません。今までの三人との勝負を見ても、真理さんがこちらの想像以上の実力者だということは分かります。是が非でもサッカー部に本格復帰してもらわなければなりません。私はボールを足元に置き、真理さんと対峙します。ゆっくりと進み、急加速を入れました。自分から見て左側、真理さんから見て右側を抜こうとしますが、当然その程度のスピードでは振り切れません。そこで次の瞬間私は左足でボールを横に転がし、自らの軸足(右足)の裏側に通します。そして、今度は真理さんの左側をすり抜けようとします。
「あれは私が竜乃にやった技!」
「かわしたか⁉」
「いや、まだですわ!」
ギャラリーの健さんの言葉通り、ここでも真理さんは着いてきています。そこでさらに私は右足裏でボールを引き寄せ、クルっと反転し、今度は左足裏を使って、ボールを自身の前に運び出そうとします。
「高速ターンに続いてルーレット! これはかわし……」
抜け出せたかと思った私の目の前に真理さんの左足が伸びてきました。カットを狙う真理さんの足と私の足が交錯しボールは私の後方に浮き上がりました。真理さんがそのボールを左足で前に蹴り出そうとしています。私のキープの範囲外にボールが転がる=私の負けになります。それは避けたいと思った私は前のめりに転びそうになりながら、瞬時に判断しました。
「えいっ!」
「!」
私は左足の踵にボールを当てて、自らの頭上を通過させ、ボールを自分の前方に運ぼうとしました。『ヒールリフト』というか“ヒールキック崩れ”です。狙い通りに後方にあったボールが私の視界に入ってきました。これをキープすれば私の勝ちだと思いましたが、次の瞬間、再び真理さんの左足が伸びてきました。私のヒールキック崩れを見て彼女も瞬時に判断し、体を時計回りに180度回転させて、ほとんどスライディングのような形で足を伸ばしてきたのです。またもボールカットを狙う真理さんの足と私の足が交錯しました。私もこれにはたまらず体勢を崩し、今度こそ前のめりに転んでしまいました。ボールは私の右後方を転々と転がっていきました。見上げた視線の先には、ボールをキープする真理さんの姿がありました。
「私の勝ち……ですね」
「くっ……私の負けです」
「そんな、まさかビィちゃんまで……」
呆然とする竜乃ちゃんたちに対して、真理さんが声を掛けます。
「皆さん、汗をかいたでしょう? 来客用のシャワー室にご案内します」
三人を促すと、真理さんは私の方に向き直り。私もシャワー室に促そうとします。
「では、桃さんも……」
「勿体ないですよ……」
「え?」
私は真理さんの話しを遮って捲し立てます。
「勿体ないって言ったんです! それほどの判断力、スピード、パワー、身体能力、何よりそんな卓越した守備技術を持っていながら、もうサッカーはやらないって、何度も言いますけど、あまりにも勿体ないです!」
「も、桃さん……?」
「確かに私たちは貴方の想像を超えるようなプレーを見せることは出来なかったかもしれません! でも県の強豪校なら! あるいは全国大会なら! 貴方の想像以上のプレーヤーがきっといるはずです!」
肩で息をする私を真理さんがじっと見つめ、やがてふっと笑って口を開きます。
「全国大会とはまた大きく出ましたね。そんなことが……」
「可能です! 真理さんが戻ってきてくれれば!」
「私の力が必要だと?」
「ええ! 私たちに力を貸して下さい! お願いしま!……ぐぅ~~」
真理さんに勢いよく頭を下げた拍子に、間の悪いことに私の腹の虫が豪快に鳴ってしまいました。真理さんは思わず笑い出してしまいました。
「目いっぱい運動をして、お腹がすいたのでしょう。時間も時間ですし、シャワーを浴びたら、皆さんで夕食を召し上がっていって下さい。ちょうど今日は母の友人も多くいらっしゃる日なので、料理は多目に用意してもらっていますから」
そう言って、真理さんは自身の浴室に下がってしまいました。あともうひと押しという所をはぐらかされてしまったような気がして、私は自分の腹の虫を呪いました。気を取り直し、シャワーを借りて服を着替え、客間に戻ると、お手伝いさんに食事用の広間に案内されました。
「ああ、桃さん、どうぞ貴方もお食べになって下さい。皆様お箸が進んでないようですけど」
「どうしたの皆? 食べないの?」
「いや、食べようとは思っているんだけどね……」
「見ろよ、この量……」
「常軌を逸していますわ……」
見てみると、テーブルの上には大皿の上にこれでもかと大盛りになった『筍の炊き込みご飯』がそびえ立っていました。
「育ち盛りの皆さまとはいえ、流石に多過ぎましたかね?」
「育ち盛りとかそういうレベルじゃねえから……」
「いっただっきま~す♪」
「桃ちゃん⁉」
「おかわり! いや~筍の食感と旨味が絶妙! 春はやっぱりこれだよねぇ~おかわり!」
「食べる速さが尋常ではありませんわ! 1分で12杯食べる勢いですわ!」
「プレーの意外性、内に秘めた熱いハート、そして、正に吸い尽くすような食べっぷり……これが『桃色の悪魔』ですか。正直言って、想定外です。桃さん! そして皆さん!」
「おかわり! って、は、はい、なんでしょうか」
「興味が湧いてきました。神不知火真理、サッカー部に復帰致します。改めて宜しく」
「「「「え、えええっ⁉」」」」
何かよく分からない内に、化学反応が起きていたみたいです。