第6話(2)危険な混浴
再び露天風呂にて、大洋は激しく動揺していた。
「し、失礼します!」
大洋は立ち上がって、風呂からさっさと上がろうとしたが、腕をガシッと掴まれてそれを阻止される。
「⁉」
「まあまあ、お兄さんも入ったばかりだろう? そんなに慌てて上がることもないじゃないか、せっかくの露天風呂だ、もう少し堪能していきなよ」
(くっ……細腕なのになんて力強さだ!)
大洋は自身の腕を引っ張ってきた女性の腕力に驚きを隠せなかった。
「……ひょっとして、一八テクノの方々ですか?」
大洋は女性たちの方を見ずに尋ねた。
「……ガチムチえくぼって何だっけ、海江田?」
「一八テクノね……アタシらの今の雇い主だよ。いい加減覚えなよ、水狩田」
「……ということは明日、対戦することになりますね、こんなところでなんですがよろしくお願い致します」
大洋は背中を向けたまま頭を下げた。海江田が一瞬目を丸くして、高らかに笑う。
「はっはっは! 言わなきゃ分からなかったのに、随分と正直なお兄さんだね」
海江田は大洋の背中をバンバンと叩いた。
「ぶっ⁉」
「つまりお兄さんはなべふた工業の人かな?」
「……二辺工業です」
大洋はややムッとしながら答える。
「ああ、それそれ。間違えた」
「海江田、人のこと言えないじゃん……」
「うるさいね、アンタよりはマシだよ。それじゃあ、お兄さんがパイロットかい? 道理で良い体つきをしていると思ったよ」
海江田は大洋の肩をゆっくりとさすった。
「⁉」
大洋はビクッとする。その反応を見て海江田は笑った。
「あはは、どうしたの、お兄さん。ひょっとして女と風呂に入るのは初めてかい?」
「こ、答える義務はありません!」
「反応が童貞っぽい……」
「な、何を⁉」
水狩田の突っ込んだ発言に対して大洋は思わず振り向いて二人の顔を見た。ところが二人とも想像していたよりも整った顔つきをしていた為、大洋は何故だか無性に気恥ずかしくなり、再び背を向けた。
「あら、結構良い男じゃない? もっとお顔を見せて頂戴よ」
海江田が人差し指で大洋の背中をなぞる。大洋は背中を強張らせる。
「あはは、お兄さん、露骨に緊張しているじゃない?」
「やっぱり童……」
「自分は疾風大洋と言います!」
このままでは相手のペースに飲み込まれてしまうと感じた大洋はわざと大声を出して場の雰囲気を変えようとした。
「へえ、そうなの。良い名前だね……」
「ありがとうございます!」
「そんな大声出さなくても良いよ……」
水狩田がややウンザリとした口調で話す。大洋はやや声のトーンを落として続ける。
「どうやら自分の名前を初めてお聞きになったようですね?」
「うん、そうだね」
「……では、明日の対戦相手の情報を全く確認していないということですか? 流石は全国大会常連のチーム、随分と余裕の構えですね」
「うーん、余裕というか……」
「そもそも興味が無い、毛の先ほども」
「なっ⁉」
水狩田の言葉に大洋はやや気色ばんだが、すぐに平静さを取り戻した。
「……お二人はこれまで傭兵として活動されていたとのことですが?」
「お、よく知っているね」
「傭兵稼業こそ情報が何より大事なのではありませんか?」
「うん、まあ、その通りだね」
「情報収集を怠っていると足元を掬われることになりますよ?」
「ははっ、忠告してくれているのかい? でも大丈夫、大丈夫……」
海江田は笑った後、急に低い声色で呟いた。
「足元にそもそも近づかせないよ。仮に足元に迫られても……」
「踏み潰すまで……アタシたちはそうやって生き残ってきた」
水狩田も低い声で淡々と語った。大洋は自分の背筋がゾクッとするのを感じた。
「……」
「はははっ、どうしたのお兄さん? いきなり黙り込んじゃって」
「ビビった?」
「……ビビッてなどいません。むしろ俄然闘志が湧いてきました」
「へえ……?」
「その強気な態度、明日も保っていられるでしょうか?」
「うん?」
「言っておきますが、我々は今までの相手とは一味も二味も違いますよ!」
「ほお、それは楽しみだね」
大洋は立ち上がった。
「それでは、また明日。失礼します、お休みなさい!」
大洋は悠然と風呂から立ち去っていった。その背中を見ながら水狩田が呟く。
「記憶喪失の噂、どうやらマジだったみたいだね……」
「九州まで流れてきた甲斐があったね……どうやらアタシらに運が回ってきたようだよ」
そう言って海江田は静かに笑った。