5号店開店 その7
ドンタコスゥコ商会の二階を借りて始まったナカンコンベでの試験販売2日目ですが、開始早々からすごいことになっています。
会場となっている催事場の中は開店と同時に人で溢れかえっています。
ですが、2階の催事場にすべてのお客さんが殺到しないようにドンタコスゥコ商会の亜人の店員さん達が1階の階段前で
「はい~、2階は現在満員ですにゃ~」
「しばらくお待ちくださいぴょん」
「お待ち頂きます間、こちらドンタコスゥコ商会の新商品をご覧になってお待ちくださいニャ」
手慣れた様子でお客さんの流れをコントロールしてくれています。しっかり自分達の店のアピールをしているのがさすがですね。
そのおかげで、2階のお客さんは確かに多いのですがさばききれないといった感じではありません。
そのギリギリのラインをうまく読み切ってくれているのでしょう。さすがとしか言いようがありません。
そんな2階の中では、店長補佐のシャルンエッセンスを中心にしてトルソナとグリアーナがすごく頑張ってくれています。
レジがなく、すべて手処理で会計をしないといけないため、商品の値段はすべて切りよく設定してありますので中途半端なお釣りは出ないようになっています。ですが、少額の代金を高額な金貨で支払おうとなさるお客様などはやはりいるわけです。となるとお釣りの計算も必要になるわけですが、こういう作業に慣れている僕はともかく、シャルンエッセンスもまた短時間で、かつ完璧にこなしています。
コンビニおもてなしにやってきてすぐの頃のシャルンエッセンスはお嬢様気質丸出しの世間知らずな女の子でした。ですが、今のシャルンエッセンスは、口調こそ以前のお嬢様然なままですが、その口調で丁寧に挨拶・会話を行いながら手を休めることなくレジ対応をこなし続けています。常に笑顔です。
この様子を見るだけで、シャルンエッセンスが2号店でどれだけ頑張っていたのかがわかります。
僕とシャルンエッセンスがレジをこなしている間に、トルソナとグリアーナが僕達の横でお客様の荷物を袋に詰め
「ありがとうございました」
「ありゃしたぁ」
と、満面の笑顔で手渡ししています。
この作業は僕とシャルンエッセンスがやってもいいのですが、トルソナとグリアーナに接客に馴れてもらうためにあえてやってもらっています。
そして店内ではスアのアナザーボディ達が忙しく動き回りながら品物の補充・お客様の誘導・怪しい行動をしているお客さんへの肩たたきまでばっちりこなしてくれています。
そのおかげで、トルソナとグリアーナにレジ作業を体感してもらうことが出来ているわけです。
これは本当に助かります。
そして、2階のお客さんが減り始めると、絶妙のタイミングでドンタコスゥコ商会の亜人店員達が2階へお客さんを追加誘導してくれます。
そのおかげで、2階は常に一定数のお客様で埋め尽くされている感じですね
今日は、昨日の3倍の品を準備していたおかげで昼過ぎになってもまだ売り物が残っています。
パンなどのように完全に売り切れた品もありますが、もうしばらくは販売を続けられそうです。
お客様の数も若干減ってきたので、レジでの現金作業をトルソナとグリアーナにもやってもらいました。
トルソナは路上販売をしていたこともあるらしく、お金の計算も無難にこなしています。
ですが……問題はグリアーナでした。
「あ~……えっと、これが幾らでこっちが幾らだから……えっと、合計いくらだ!?」
なんか、商品を見ながら困惑しきりな様子です。
どうもグリアーナは算術が苦手というか、ひょっとしたら習っていないのかもしれません。とにかくちょっとした計算でも躓いたり間違えたりして、サポートについているシャルンエッセンスがてんてこ舞いしながら修正作業を行っています。
5号店が開店すればスア製の魔道レジスターSUA001改-003が導入されていますので、計算もお釣りもすべて自動計算してくれますが、客商売をしている以上必要最低限の算術、お金の計算くらいは出来るようになっておいてもらわないとなぁ……
結局、この日は午後3時頃に全ての品が売り切れました。
弁当やパン、サンドイッチなどの食べ物や、スアビールやパラナミオサイダーといった飲み物だけの販売ですが、2日続けて準備した全ての商品が売り切れたわけです。特に2日目は初日の3倍準備したわけですからね。
「うん、どうやら順調みたいだな」
僕は、空っぽになった展示場内を見回しながら手応えを感じていました。
すでに2階への階段はロープで封鎖されていますが、まだお客さんがやって来ているらしく、
「え~、もうコンビニおもてなしの試験販売終わっちゃったのぉ?」
そんな声が階下から聞こえてきます。
そんなお客さんの声に、心の中で謝罪し手を合わせながら僕達は展示場内の片付けを行っていきました。
すべての片付けを終えた僕達が1階へ降りていくと、ネラミコンがトトトと駆け寄ってきました。
どこかボーッとした感じで常にローテンションなイメージだったネラミコンなのですが、今の彼女はその顔に満面の笑みを浮かべています。
「コンビニおもてなしさんのおかげでドンタコスゥコ商会の売り上げも今年最高益を更新したです!」
そう言うとネラミコンは僕に向かって何度も頭を下げてきました。
「いえいえ、お礼を言うのはこっちの方ですよ。試験販売もスムーズに行えましたし、新人店員のみんなに経験を積ませることも出来ましたし、ホント助かりました」
僕も、ネラミコンに向かってお礼を言いながら頭を下げていきました。
その後、ネラミコンが
「せめてお茶でも飲んで行ってください」
そう言ってくれましたので、その言葉に甘えまして僕達は1階の奥にある応接室でお茶とお茶菓子を頂きながら、ネラミコンとしばらく談笑しました。
「いつでも、いつまででも会場をお貸ししますので」
店を出る際に、ネラミコンは笑顔でそう言ってくれました。
確かにありがたい申し出なのですが、明日には試験販売が出来るくらいには5号店の内装が出来上がっているはずですしね、いつまでもお世話になるわけにはいきません。
ただ、今後も共同で催し物を開催するのはありかな、なんて考えたりしています。
まだまだ思いつきですけど、今日使用した会場を借りて『テトテ集落物産展』とか『ルシクコンベ衣類展示即売会』とかやってもいいかもしれません。
ドンタコスゥコ商会とは、今までも良好な関係を構築出来ていますし……おかしいな、なんでここでファラさんの不敵な笑みが脳裏に浮かんでくるんだろう……とにかく、今後も協力し合いながらやっていけたらな、と思っています。
そんなことを考えながら街道を横断し、歩くことおよそ10歩で僕達はコンビニおもてなし5号店の建物へと戻ってきたのですが……
「……うわ」
僕は、その建物を見つめながら思わず目を丸くしました。
朝は、以前の外観そのまんまだった建物が、すっかりコンビニおもてなしカラーになっていたんです。
店舗上部にはクローバーマークと『おもてなし』の文字が入った看板がしっかり設置されていまして、コンビニおもてなしカラーである赤茶色にグリーンのラインでカラーリングされています。
街道に面している壁も全て取っ払われていまして、すでに魔法ガラスがはめ込まれています。
恐らく、ルアがスアを呼びにいって魔法で設置してもらったのでしょう。
店内に入ると、天井に魔法蛍光灯の設置も終わっていて試験点灯中のようです。
この魔法蛍光灯は、スアが本店の蛍光灯の仕組みを研究して、その動力源を電気から魔石に置き換えることに成功した試作品なんですが、見た感じ太陽光発電によって点灯している本店の蛍光灯に負けない明るさになっています。
店内にはレジも出来上がっていまして魔道レジスターもすでに設置されていますし、は設計図通りに棚もすべて配置されていました。
「おぉ、店長帰ったか」
店内を見回している僕のところに、作業をしていたルアが笑顔で歩み寄って来ました。
背に、ビニーを背負っているのがさすがといいますか……
「見てのとおりだ。店舗部分はほぼ出来上がったぜ」
「え?ほ、ホントに?」
「あぁ、今は地下のパン工房の最終調整をしてるとこだけどさ、ここも今日中にはどうにかなるぜ」
「じゃあ、明日からここでパンを焼けるのかい?」
「あぁ、ばっちりさ」
ルアはそう言ってニカッと笑いました。
ルアの説明では、今日中に出来上がるのは店舗部分と地下のパン工房だけで、おもてなし商会の店舗やおもてなし診療所、魔道船乗降タワーなどが完成するのにはもう少しかかるとのことでした。
とはいえ、ここまで出来ていれば試験販売どころかプレオープンも可能な感じです。
「……よし、とにかく本店に保存している5号店用の荷物を早速運び込もう。みんな、疲れてるところ悪いけどもう一仕事頼むよ」
僕がそう言うと、シャルンエッセンス達も笑顔で頷いてくれました。
その後方に続いているスアのアナザーボディ達も胸を叩いています。
僕は、そんな皆に笑顔を返すと、ガタコンベへの転移ドアのある店の奥に向かって歩いていきました。