5号店開店 その4
この日、リヤカー屋台で試験販売を行ったコンビニおもてなしです。
……が、
当初はナカンコンベの中央広場で販売する予定だったのですが、店の前で屋台の準備をしているところにお客様が殺到してしまったものですから、その場で試験販売を開始した次第です。
で、始めた途端にすごい数の人々が四方八方から屋台に殺到してきています。
これでは、僕一人ではさばききれません。
「みんさん、こっちに一列に並んでくださ~い!」
僕は両手を口に当てて声をあげました。
ですが、
「ほう、この弁当はうまそうだな」
「なんだこのパン!?すごい柔らかいじゃないか」
お客様達は、初めて見る商品を前にして興味津々な様子でそれらを見ながら声をあげています。そのため、僕の声などまったく耳に入っていません。
中には、品物を手に持ってそのままこの場を立ち去ろうとしている人までいます。
(うわ……ま、まさかここまで混雑するなんて予想してなかったよ)
僕は、とにかく笑顔だけは絶やさないように頑張りながら、なんとかこの大混乱を収束させようようとしているのですが、屋台の周囲にはすでに30人以上の人の山が出来ているもんですから、正直手の打ちようがありません。
これはもう、脳内でスアに必死に呼びかけてアナザーボディを派遣してもらわないとどうにもならないか……そんな事を考え始めた、まさにその時でした。
「おらお前ら! 店の人が困ってんだろうが!」
屋台に向かって、でっかい声が響いてきました。
そのデカすぎる声を前にして、それまで屋台に群がって商品に手を伸ばしまくってた人々の動きがピタッととまりました。
やっと皆さんの動きが止まったことで安堵した僕は、
「はい、皆さん大変申し訳ありませんがこちらに一列に並んでください。屋台を見ていただく方は一度に5名までにしてくださ~い」
口に手をあてて屋台に集まっている皆さんに向かって再度声をあげました。
すると今度は全員が静止していたおかげで僕の声が全員に聞こえたらしく、皆さん僕の指示に従って移動してくださりまして、屋台の一方向にきちんと列を作ってくれました。
列に並ぶ順番で若干ゴタゴタしかけたものの、先程の大声を上げてくださった方が
「おらそこ!何もめてんだ!ぶん殴るぞ!」
言葉ではきつくいってますが、揉めている人のところに歩みより、互いの言い分を聞いた上で
「そりゃあんたが悪い。ここは引いときなって」
「そりゃお前さんが正しいな。おい、お前が引きな」
1件ずつもめ事を解決してくれています。
頼んでもいないのに……なんといいますか、本当にありがたいことこの上ありません。
試験販売が済んだらきちんとお礼を言わないと……
その試験販売ですが、大好評です。
今回持参している弁当は、タテガミライオンの肉を焼き、焼き肉のタレで味付けした弁当です。コンビニおもてなしでも大人気のメニューです。
購入したお客さんは近くの道ばたに座ったり、街道の端に寄って立っったりしながら早速弁当を開けて食べ始めているのですが
「んん!? こりゃうまい!」
「こんなに旨い弁当、ナカンコンベじゃ食ったことないぞ!!」
と、感嘆の声をあげると同時に、弁当を一気に書き込み始めました。
皆さん、美味しそうに弁当をかき込んでいるもんですから、その様子を見た列に並んでいるお客さん達は漏れなく喉をならしています。
しかも、その弁当から漂ってくる美味しそうな匂いで、さらに喉をならしています。
そのダブル攻撃をくらっている列の皆さんから
「お、おい、早くしろよ前のヤツ」
「俺達にも早くあの弁当を買わせてくれ!」
そんな声があがり始めています。
すると、先程の人がすさかずそこに歩み寄っていきまして、
「まぁまぁ、そう言うなって。みんなも待ってんだからさ。静かにまとうぜ」
そう言い、静かになるように配慮してくれています。
いやもう、ホントに助かります、はい。
で、最初は弁当や、柔らかいパン、多彩な具材のサンドイッチ類に人気が集中していたのですが、
「おい、なんだこの酒!? なんかシュワシュワする!? しかもすっごく冷えてるぞ!!」
お試しでスアビールを買ったお客さんが、それを一口飲み干すなり、びっくりした声をあげました。
この世界の基本的なお酒はエールと言われる物です。しかも冷やして飲む習慣がありません。
そこに、僕が元いた世界から持ち込んだビールをスアのプラントやスアの使い魔の森のみんなの協力を得て、増産に成功したわけです。
そうして出来上がったスアビールは、シオンガンタや、ユキメノームといった冷温度の使い魔達が冷媒となって常に零下状態を保ってくれている本店地下の冷蔵室でキンキンに冷やしてから出荷しています。
キンキン状態のまま魔法袋に入れていますので、そのままの状態が維持されているわけです。
序盤のお客さん達は、スアビールの事をただのエールと思い込んでいたらしく、手を出そうともしていなかったんです。なので、その声を聞くなり、
「な、何!? エールじゃなかったのか!?」
「な、なんだその酒は!? そんなシュワシュワする酒なんて聞いたことがないぞ!?」
そう言うが早いか、手にしていた弁当を慌てて平らげ、口をモゴモゴさせながら列の後方に並び直していきました。
こうして、弁当やパンだけでなく、スアビールやパラナミオサイダーも大人気になっていきました。
残念ながら、並び直した方々の大半はスアビールを購入することが出来なかったのですが、
「兄さん、また試験販売するのかい?」
「出来たらしてくれよ、さっきのスアビールっての、オレも飲んでみてぇんだ」
「あ、オレもオレも」
「馬鹿野郎!お前は1本飲んだだろうが!遠慮しろい!」
「そんなこと言ったってさ、あんなに旨いんだぜ? また飲みたいに決まってるじゃないか」
「それに、弁当やパンもすっげぇ旨かったしなぁ」
皆さん、口々に今日口にした品々の事を賞賛してくれています。
そこで僕は、明日も試験販売を行う事を皆さんに約束しました。
それを聞いた皆さんは、一斉に歓声をあげ、
「よし、明日もくるぜ!」
そう言いながら、リヤカー屋台から立ち去っていきました。
こうして試験販売初日は、1時間もしないうちに準備した品物全てが完売しました。
まずは上々の滑り出しですね。
「あ、そうだ」
僕は、慌てて周囲を見回しました。
すると、最初に大声を出して列を整備してくれた人が、周囲に散らかっている弁当ゴミなどを拾い集めてくれていました。
「あぁ、そんなこと僕がしますから」
「いえいえ、これも店員の仕事っすよ」
「え?」
「あ、申し遅れました」
そう言うと、その人は僕の前へと歩み寄って来ました。
僕も190ちょっとありますけど、その人は僕よりも大きいです。
かなり細身で、腰まである緑色のザンバラ髪のその人は、背に大きな剣を背負っています。
中性的な顔立ちで、声を聞いても男性なのか女性なのかいまいち判断つきかねる感じです。
で、その人は一枚の紙を僕に差し出しました。
「商店街組合から紹介された鬼人のグリアーナっす。女だけど、あちこち剣の修行で回ってて腕っ節には自信があっからさ、さっきみたいな荒事なら任せてくれ」
そう言ってニカッと笑いました。
そう言われてよく見ると、グリアーナの額の左右に角……の、折れた跡みたいな物がありますね。
「あぁ、角はさ、修行してる時にアタシの生涯のライバルに折られちまってね」
僕の視線に気付いたらしいグリアーナはそう言うと豪快に笑いました。
角のことはともかく、先程の客あしらいにしろ、ゴミまで拾ってくれる心遣いにしろ、さすがは商店街組合が斡旋してくれた人材ですね。早速すっごい戦力になってくれたわけです。
「さしあたって、今日のお礼をしたいんだけど、何かしてほしいこととかあるかな?」
「そうっすね……あの、もしよかったら何か食わせてもらえません?実はここ数日何にも食べてなくて……」
そう言い苦笑するグリアーナ。
同時に、そのお腹がぐ~っとなりました。
「わかった。じゃあ本店に移動しようか」
そう言い、僕はグリアーナを連れて、ルア達が改装工事中の店内に入ると転移ドアをくぐってガタコンベのコンビニおもてなし本店へと戻りました。
「おお、店長殿、お疲れでござる」
すると、ちょうど狩りから帰って来たところらしいイエロが、地下倉庫に今日の収穫を運び込もうとしているところでした。
「ア~~~~~~~~~~~~~~~!?」
そんなイエロを見るなり、グリアーナが大声をあげました。
先程の人混みの際はそう気になりませんでしたが、こうして何もないところで聞くと、グリアーナの声はマジででかいです。その声のせいで、僕の耳がキーンと耳鳴りしています。
で、そんな僕の後方でグリアーナは右手の人差し指でイエロを指さしていました。