め組の人
「女子供は店から離れろ! 男衆は水を入れたバケツを持って集まってくれ! すぐに消火に当たる!」
「ちょっとお待ちになって! 貴方が指揮を執るんですの⁉」
「め組には通報しました! ここは彼らの到着を待つべきです!」
小霧と爽が進之助の独断専行を諌めようとする。ちなみに「め組」とは江戸の町の消火に当たる町火消、いわゆる消防団のことである。元々「いろは四八」と言われ、町ごとに組が存在していたのだが、歌舞伎の題材に取り上げられるなど、何かと目立っていため組が今の時代は火消全体の通称になっていた。
「オイラもそのめ組の一員よ! まだ見習いだけどな!」
進之助は懐疑的な目を向ける二人に対して勢い良く答えた。そしてカフェの店長の姿を見つけると、すぐさま駆け寄った。
「おい! アンタ店長さんか? 客や従業員は皆外に出たのか⁉」
「え、ええ……その筈です」
店長はやや呆然としつつも、自らの周りにいる従業員数名の姿を確認しながら答えた。
「いいえ! 2階にお嬢様が! 八千代お嬢様がまだ……!」
叫び声の主はカフェに来店していた有備憂だった。
「お嬢様?」
「五橋さんがまだ中に居るの⁉」
進之助の脇から葵が声を掛けた。
「お、おめぇさんよぉ、火の粉が飛んでくるから危ねぇ、もっと退がってな!」
「2階のどの辺⁉」
「ま、窓側の席です……」
憂が震えながら店の方を指し示す。
「あの辺りね、分かったわ!」
「いや、ちょ、ちょっと待ちねい! どうするつもりだ⁉」
葵はバケツを持っていた男性の元に駆け寄った。
「ごめんなさい! それ貰います!」
「えっ⁉」
葵は男性から半ば強引にバケツを取ると、頭から勢い良く水を被った。
「お、おいおい、まさか……」
「葵様⁉」
「ひょっとして……」
進之助たちの予感は的中した。ずぶ濡れになった葵は躊躇せずにカフェの店内に飛び込んで行ったのである。
「お、おい! 無茶すんなって!」
進之助の叫び声を背に受けながら、店内に入った葵はすぐさま階段の位置を確認した。煙がすでに店中を漂っている。煙を吸ってはいけない。葵はハンカチを口元に当てて、身を低くしつつ、階段を一段一段慎重に上っていった。2階に上がるとすぐさま窓側を確認した。そこでうつぶせで倒れ込んでいる八千代の姿を発見した。
「五橋さん!」
すぐさま駆け寄る葵。八千代の体を仰向けにする。
「大丈夫⁉」
「うう……」
2階の方はまだ煙は充満しているという程では無かったが、すでに煙をかなり吸い込んでしまったのか、八千代の意識は随分と朦朧としているようだった。
「肩を貸して! 外に出よう!」
葵は八千代と肩を組んで立ち上がり、歩いて階段を降りようとした。しかし、そこで信じられない光景を目にした。
「⁉ 降りられない!」
燃えた天井の一部が階段に落ちて、階段にも火が燃え広がってしまったのである。
(くっ! ならば非常階段は⁉)
葵はまさか階段が一つだけではないだろうと考え、裏口の方に目をやった。成程、その考えは正しかったが、既に裏口の方にも火が広がっており、もはやとてもそちらに行けるような状態では無かった。
(で、出られない⁉ どうすればいいの?)
ほとんど何の考えもなしに飛び込んできてしまった自分の浅はかさを呪った葵だったが、すぐにその考えを打ち消して、脱出する方法を探した。そして窓に目が行った。
(ここから飛び降りる⁉ でも五橋さんを抱えたままじゃ……。彼女を投げる? いいえ、私の力じゃ持ち上げられないわ。一体どうすれば……ん⁉ これは声……?)
葵が犬の遠吠えのような声を認識したとほぼ同時に、進之助が2階の窓を突き破って入ってきた。
「あ、貴方、何をやっているの⁉」
「お、居たな! お嬢さまも一緒か」
葵たちの姿を見つけると、進之助はニヤリと微笑んだ。
「あ、ありがとう! 助けに来てくれたのね! ……って、なんて恰好しているのよ⁉」
そう言って、葵は思わず目を背けた。何故ならば進之助が褌一丁というあられもない姿だったからである。
「しょうがねえだろう、ロープが足りなかったから代わりに服を使ったんだよ」
「ロープ?」
「そこの斜め前のビルから電柱を支点に使って、振り子の要領でここまで飛んできたって寸法よ。へへっ、まるで講談の忍者にでもなった気分だったぜ」
葵は割れた窓の外に目をやり、電柱に即席のロープが結ばれているのを確認した。
「理屈は分かったけど、よく電柱の上にロープを結べたわね……」
「ああ、登った」
「登った⁉」
「火消しってのはよ、高所での消火活動の機会も多いんだよ。あれくらい訳ねえよ」
「いや、簡単に言うけど……」
「んなことはどうでもいいんだよ。さっさとこっから飛び降りるぞ」
「そうね。じゃあ彼女のことをお願い」