ナカンコンベでVS その2
僕とドンタコスゥコが真っ青になっている目の前で、ポルテントチップ商会会長のポルテントチーネは勝ち誇った笑みをその顔に浮かべながら、キセルをくゆらせています。
見た目からして、見事に悪女な風貌のポルテントチーネです。もしこれがアニメとかだったら、僕達に『異議あり!』とか『ちょっと待ったぁ!』とか救いの手が差し伸べられるはずなんですけど、さすがにそんなに都合のいい話はありません。
ですが……物は考えようでもあるわけです。
もしここで僕達が引き下がれば、ドンタコスゥコは損失扱いになっている債権額以上のお金を手にすることが出来るわけです。
僕的には、好立地の建物を手に入れる事が出来なくなってしまいますが、ドンタコスゥコに迷惑をかけずにすむのなら……
「ドンタコスゥコ……もしなんだったら、今回の一件、諦めても……」
僕がそう言うと、そんな僕の視線の先でドンタコスゥコは
「ぐぬぬ……」
と、歯を食いしばりながらポルテントチーネを睨み付けていたんです。
その様子……ただごとではありません。
「ど、どうかしたのかい、ドンタコスゥコ?」
僕が声をかけると、ドンタコスゥコは僕の腕を引っ張りました。
ドンタコスゥコは、スアより多少背が高いとはいえ、2m近い身長の僕に比べればすごく低身長なわけです。
で、そのドンタコスゥコに腕を引っ張られて半身になった僕の耳元に口を寄せたドンタコスゥコは、ヒソヒソ声で話し始めました。
「実はですねぇ、このポルテントチップ商会なんですけどねぇ、最近になって王都からこのナカンコンベに本店を移転してきたばかりの商会なんですけどねぇ、どうにも良い評判を聞かないんですよねぇ……今回、私達の邪魔をしてきたことも、なんらかの思惑があるような気がしてならないんですよねぇ……」
ドンタコスゥコはそう言いながらその顔に苦渋の表情を浮かべています。
で、今度は僕がドンタコスゥコの耳元に口を寄せて話し始めました。
「とは言ってもだよ……そんな憶測だけでどうにかしようとするのって無理がないか? それにそもそもポルテントチップ商会が提示した以上のお金を僕らは準備出来ないわけだし……」
「ぐぬぬ……確かにそうなんですよねぇ」
僕とドンタコスゥコは顔を見合わせると、同時にポルテントチーネへと視線を向けました。
僕らの視線の先にいるポルテントチーネは、相変わらずキセルを燻(くゆ)らせながら妖艶な笑みを僕達に向けています。
うん、どう見ても悪人顔です。
僕も直感的にそう感じます。
……ですが、このポルテントチーネが何を企んでいるのかを調べるのには時間が足りなさすぎますし、それ以前に、お金を準備することがまず出来ないわけです。
で、ここで僕はあることを思いつきました。
「ポルテントチーネさん。先程提示されたお金ですけど、当然今日準備してこられているんですよね?」
終わってみたら、後払いにさせてくれとか言い出すんじゃないか、とか思ったりしたんですよ。
もしそうなら、こっちもお金をかき集める猶予が出来ますからね
……そう思っている僕の目の前で、ポルテントチーネは指をパチンとならしました。
すると、部屋の外で待機していたポルテントチーネの部下らしい男が3人、室内に入ってきました。
3人は各々が腰に着けている魔法袋の中から金貨の詰まった布袋を取り出すと、ドンドンドンと床の上に置いていきました。
「さ、これで文句ないですよねぇ?」
ポルテントチーネは、勝ち誇ったように笑っています。
僕が見るにつけ……その布袋は確かに3億円/僕が元いた世界換算分の金貨が詰まっている感じです。
僕がファラさんに準備してもらった布袋のちょうど3倍くらいありますからね……
「ぐぬぬ……店の金をすぐにかき集めても、あの10分の1にもならないですねぇ」
ドンタコスゥコも、悔しそうに唇を噛みしめています。
僕はここで半ば諦めました。
その時です。
僕の脳内に、スアの思念波が流れ込んできました。
『……このポルテントチーネ、この建物を売春宿を経営している業者に転売する気、よ』
その言葉を認識した僕は、スアへ視線を向けました。
すると、スアはコクリと頷いています。
『……売春宿の影響でこの一帯の治安を悪くさせて、ドンタコスゥコ商会や、この近隣に店を構えている商会の商売を邪魔しようとしているみたい、よ』
スアは、続けてそう僕の脳内に思念波を送ってきたんですけど……い、一体どうやってそれがわかったんだ?
「……あの女の頭の中を少しのぞいた、の」
スアは、そう思念波を送ってくると、右手の親指をグッと立てました。
そんなスアを見つめていた僕の腕を、ドンタコスゥコが引っ張りました。
どうやら、スアは思念波をドンタコスゥコにも送っていたらしく、ドンタコスゥコは焦りまくった表情をその顔に浮かべながら僕の耳元に口を寄せてきました。
「まずいですねぇ……あそこに売春宿が出来てしまうと、一体の治安が悪くなるですよねぇ。もしこの話が本当なら、ウチの店の営業にも相当支障が出るですねぇ」
ドンタコスゥコによると、それなりに大きい都市であるナカンコンベでは『風俗店もある程度は必要』と、商店街組合が決議しているそうで、裏通りの一角を風俗街として風俗業者に開放しているんだそうです。
で、風俗店は、住宅地に設置することは禁止されているそうなんですが、商店街の中であれば建物を売ると言う人がいればそれを買い取って風俗店にしても別段問題はないんだとか……
ただ、いきなり風俗店にすることは商店街組合も禁止しているそうでして、例えば買い取った商会が資金繰りが悪化したためやむを得ずなどの特別な理由がないと……ってことらしんですけど、ポルテントチーネは何らかの理由を付けて転売する気満々ってわけです、はい。
ちなみに風俗店から資金援助を受けることは商店街組合の規則で禁止されているそうです。もし風俗業者が資金を貸していたとしてもそれは債権として認められない決まりになっているそうです。
これは、金を貸した風俗業者がその店の営業を妨害して経営破綻に追い込み、その店の建物を手に入れようとしたケースが以前頻発したらしく、それを防止するための措置なんだとか。
ポルテントチーネは、その辺りの規則の隙間をうまくすり抜けてあの建物を売り抜けようとしているわけですね。
……しかしです。
それがわかったからといって、僕とドンタコスゥコには打つ手がないわけです。
何しろ先立つ物がないんですから。
例えここで「ポルテントチーネは風俗店に転売目的でこの債権を買い取ろうとしているんだ」って言ったところで、ポルテントチーネは当然とぼけるでしょうし……
ポンポン
さて……どうしたもんか……
ポンポン
う~ん……
ポンポン
「って、さっきから誰だ? この大変な時に後ろから肩を叩くのは!?」
僕が振り向くと、そこには2人の女性がいつの間にか出現してました。
「魔女信用金庫の単眼族ポリロナと」
「同じく巨人族のマリライア」
「「お金絡みのご用命をたまわりまして、呼ばれると同時に即参上!」」
そう言って、ビシッとポーズを取る2人……
「ってか……僕は呼んでないけど……」
困惑している僕の前で、2人は
「いえいえ、今日はですね」
「ステルアム様からのご用命で参上した次第です」
そう言うと、2人は腰に着けている魔法袋の中から布袋をどさどさと床に置いていきました。
僕が準備していた布袋の5倍……5億円/僕が元いた世界換算分の金貨があります。
「え?」
「え?」
それを見た僕とドンタコスゥコは目を丸くしました。
ポルテントチーネも、その目を丸くしています。
「す、スア……こ、このお金は一体……」
僕の言葉に、スアはにっこり微笑むと、
「……今まで書いた本の印税……の、一部、よ」
そう言いました。