バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

年下の彼

シンデレラになりたい。

心無い人間に意地悪されても必死に前を向いて生き、最後には王子様と結婚して幸せに暮らす。

まるで夢のよう。でも、ひどく疲れている今、どっぷりとそのお話に浸かって夢を見たい。

時計の針は深夜1時を回っている。

ああ、今日も一日頑張った。

フラフラな足取りで吸い込まれるように入ったのは家から徒歩5分の距離にあるコンビニエンスストアだった。

体がずっしりと重たい。でも私の足は勝手にその店に入っていく。

自動ドアが開きなじみの音楽が鳴ったと同時に、レジにいる人物が首を動かした。

「いらっしゃいませ」

私に気付いた彼がニコリと笑いながら出迎えてくれる。

ああ、いた。

今日も素敵。爽やか。なんかキラキラして周りの空気が輝いてる。

その笑顔に一日の疲れが全て吹き飛んでいくような気がする。

さっきまでの体の重みが嘘みたいに軽くなる。

彼からマイナスイオンでも出ているみたい。あぁ……今日も癒される……!

彼はとても可愛い。いや、私以外の人間から見たら彼はきっとかっこいいんだろう。

以前、彼が女性客にしつこく番号を聞かれているのを見たことがある。

慣れた様子で断っている彼を見て確信した。彼は相当モテる。

それにしても、なんて整った顔なんだろう。

テレビで観るアイドルよりも整っているんじゃないかと思うぐらいに整っている彼。

いつ見ても、可愛いなぁ。

そんな彼が深夜のコンビニにいるとなれば足繁く通うのも無理はない。

「こんばんは」

彼に笑顔を浮かべて頭を下げると、レジから出てきた彼が人懐っこい笑顔を私に向けた。

「お疲れ様です。今日もこんな時間までお仕事ですか?」

……ああ、なんて可愛いんだろう。

癒されるぅ……。仕事の疲れが吹っ飛んでいく……!!

「うん。猫塚くんこそお疲れ様。毎日深夜のバイトって大変でしょ?」

「いえいえ。見ての通りこの時間にお客さんってほとんどこないので」

確かに駅から少し距離のあるこのコンビニにはこの時間ほとんどお客さんはいない。

たまに酔っ払いが来たり、私のように仕事で遅くなった人間が来るぐらいだろう。

「夕飯なににしようかなぁ」

ほぼ毎日コンビニ弁当を食べているせいで少し飽きてきてしまった。

それなら他のコンビニに行けばいいと分かっているのに、私の足はいつもこのコンビニに向いてしまう。

そう。目的は私の隣にいる猫塚くんだ。

別に彼とどうこうなろうとしているわけではない。

男女の関係なんてもちろんありえない。

ただいつも笑顔で接してくれる彼に会うと気持ちが癒されるというだけ。

下心は決してない!!だって、彼は21歳の大学生。かたや私は27歳の社会人。

私達には6歳の年の差がある。

「私、このコンビニのお弁当食べつくしちゃった感じだなぁ」

彼を目当てに来すぎている。さすがにちょっと間隔をあけようか。

ポツリと独り言のように呟きながらお弁当の棚に背中を向けてパンのコーナーに体を向ける。

時間帯のせいかあまり品ぞろえのよくないパンの中からめぼしいものを探す。

クリームパン、カレーパン、ウインナーパン、デニッシュパン。

うーん、深夜帯に食べるにはちょっと胃が重たくなりそうか……?

最近、ちょっと下腹部も気になるしダイエットを――。

「今度……―― ませんか?」

そのとき、猫塚くんが何かを口にした。

「……ん?」

首を傾げて彼に視線を向ける。

どのパンを食べるか考えていたせいで、猫塚くんの言葉をスルーしてしまっていた。

「ごめんね、何か言った?」

「いえ、なんでもないです」

彼はほんの少しだけ困ったように笑顔を浮かべて首を横に振った。

そのとき、入り口から軽快な音楽が耳に届いた。お客さんが来たようだ。

「猫塚くん、お客さん来たみたい」

「……ですね。戻ります」

彼はそう言うと、私に背中を向けてレジの方へと歩いていく。

背、大きいなぁ。隣に並ぶとその大きさに少しだけ驚く。

160センチ+ヒールの私は女性としてはそれなりに高い身長になっているはずなのに彼はそれよりも全然大きい。

体の線は細いのにヒョロヒョロしている感じもないし、むしろ腕なんて逆にがっちりしている。

羨ましいことに余計な贅肉が一切ない。

ああいうのを隠れマッチョというんだろうか。いや、最近の若い子はみんなああいう体型なのか……?

いやいや、それはない。彼が例外なだけだろう。

私が思っている以上にモテるんだろうぁ、猫塚くん。

小さな顔の中にあるパーツがとにかく整いすぎている。少し切れ長の二重の瞳とスッと高い鼻。薄くて形のいい唇。

肌なんてきっと私よりもずっと綺麗できめ細やかだ。

そして何より、声がいい。イケボ、っていうんだっけ?

完璧すぎる彼を毎晩拝められる私はなんて幸せ者なんだろう。

「そうだ……!」

パンと飲み物をカゴに入れながらふと思う。

毎日深夜まで働いてこんな私にまで気さくに声をかけてきてくれる猫塚くんに差し入れでもしようか。

でも、彼が何を好きなのかも分からない。無難にコーヒー?いや、でもブラックか砂糖入りかどちらが好みかも分からない。

それに、突然なじみの客とはいえ年上の女から何かをもらったら困るもの……!?

気を遣う人だったらお返しとか考えたり気を揉ませても悪いし。

なんか特別感出しすぎて引かれちゃうのも嫌だ。

それでお店に来づらくなるなんて本末転倒だ。

いやいや、でも、彼は……。

『今度、一緒に食事に行きませんか?』

さっき、私の鼓膜が正常だとしたら彼がそう言ってくれたように聞こえた。

完璧には聞き取れなかったけど、多分……いや、絶対にそう言った!!

彼は私を食事に誘ってくれたのだ。

なんて返事をしたらいいのか分からず聞こえていない振りをしてしまった。

あれって若い人特有の社交辞令なんだろうか。

もしかしたら裏で『真に受けるなよ。キモっ!』とか思われてたりする?

そ、それはいや!そんな風に思われてたとしたら絶対にいやだ!!

もしかして、一発ヤリたいとかそう言う目で見てる……?

いやいやいやいや、それはもっとない!!

彼はそんなタイプに見えないしギラギラした目で私を見ていることなんて一度もない。

じゃあ、本気で食事に誘ってくれていたんだとしたら……?

差し入れなどしてあらぬ期待を持たせたくはない。だって、私は猫塚くんとそんな関係になれるはずもないんだから。

って、そんな関係とか考えている自分が気持ち悪い。

そんなことあるわけないでしょ!?心の中で自分自身に突っ込みを入れる。

「お姉さん、美人~!一人なの?」

その声と同時に私の前に見知らぬ派手な男が回り込み、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。

「一人ですけど、なにか?」

「こんな時間になにしてんの~?暇なら一緒に遊ばない?カラオケとかどう?」

黒髪のオールバックヘアに金色のメッシュスタイルの男。耳と鼻にゴールドのピアスをつけ、浅黒い肌とは対照的な白い歯が眩しい。

もちろん、猫塚くんとは全く違う眩しさだ。

何してんのって深夜のコンビニで一人虚しく夕飯のパンを選んでるだけですけども?

チャラチャラとした口調の男を私は冷めた目で見つめた。

「行きません」

「わはは!!お姉さん、めっちゃサバサバしてるね!!俺、そういう女も嫌いじゃないよ!」

「あなたに好きになってもらわなくても結構です」

「そんなこと言わないでよ~!」

これ以上相手をしてあげる必要はないと判断した私が彼の言葉を無視して横を通り過ぎようとしたときギュッと腕を掴まれた。

「それは冷たくねぇ~?いいじゃん。ちょっと遊ぶだけだし」

「離してもらえます?」

彼の手を振り払ってキッと睨み付けると、男が露骨に怒りに顔を歪めた。

「ハァ。なんだよ。ちょっと顔がいいからって調子乗ってんなよ?」

――は?それはこっちのセリフだ。若くて強引だからといって誰でもついていくと思うなよ!!

男が私に詰め寄ろうとしたとき、猫塚くんが私と男の間に割って入った。

「お客様、店内で迷惑行為はやめてもらえますか?」

「……ハァ!?」

「これ以上騒いだら警察呼びますよ?」

「なんだよ、テメェ!!コンビニ店員のくせに!!」

男は猫塚くんの胸ぐらをつかんで大声を上げた。

男の怒声に思わずびくっと体を震わせると、それに気付いた猫塚くんは

「俺がコンビニ店員かどうかって今関係ある?」

胸ぐらをつかまれて一触即発の事態も予測される中、動揺する素振りを全く見せずに冷静な口調で正論をぶちかました彼に私は瞬きを繰り返した。

い、意外だ。マイルドヤンキーのような男に全く臆することのない彼。こういう場面に出くわすと人間の本性が現れるはず。猫塚くんって可愛いけど意外と強い男なのか……?

「う、うるせぇな!!こんなクソみたいなコンビニ、二度とくるか!!」

返す言葉がなかったのか男はこれみよがしに大きな足音を立ててコンビニから出て行った。

陽気な音が男を見送る。

「大丈夫ですか?」

さっきの冷静な彼とは打って変わって、猫塚くんは心配そうな表情で私の顔を覗き込む。

「ケガとかしてませんか?」

「ううん、全然」

「でも、腕掴まれてましたよね?」

「平気平気!速攻で振り払ったから」

私が答えると猫塚くんは何とも言えない表情を浮かべて眉間にしわを寄せた。

そういえばまだ助けてくれた彼にお礼を言っていなかった。

「助けてくれてありが――」

ありがとう、と言い終わる前に彼は私の言葉を遮った。

「――なんかあったらどうするんですか?」

「え」

「たまたま店の中だったからよかったけど、人の目のないところだったら危なかったですよ?」

「大丈夫だよ。私、ああいうのに慣れてるから。結構夜道で絡まれたりするの。もう大人だし、それなりに対処できるから」

「大人とかそういうの関係ないですよね?佐山さんは女性なんだから」

猫塚くんの困ったような怒ったようななんともいえない表情に胸がキュンっと高鳴る。

えっ。なに。なんかすごい……。こういうシチュエーション初めて!!

「佐山さんに何かあったら俺が嫌なんです」

「う、うん。分かった」

私は小さく頷くと、無表情のままレジへ向かい会計を済ませて買ったばかりの炭酸飲料を彼に差し出して「ありがとう」とお礼を言うとそそくさと店を後にした。

「佐山さん!!帰り道、気を付けてくださいね!!」

客に言う『ありがとうございました』ではない彼の言葉に叫び出してしまいそうになるのをぐっと堪える。

早く。早く。早く家に帰らなくちゃ!!!

駆け足で家に入り、鍵を差し込み玄関の扉を開けて中に入ると私はその場にズルズルと座り込んだ。

「な、なにあれ。ちょっ可愛すぎない……?佐山さんに何かあったら俺が嫌なんです……!だって!!いやぁー、あれは可愛かったわぁ~!猫塚くん、ほんっと可愛い!もーーー、あんなの反則だってぇぇ!!!」

私はしばらくの間彼の言葉を思い出して悶絶した。

しおり