第六話『恥じらいエリシャと初めてのテレビ』
アパートに到着して急いで階段を上がり、インターホンではなく部屋の扉を二回ノックした。これは見知らぬ人と会わぬため、事前にエリシャと決めたやり取りだ。
少し待つと反対側からコンコンと音が聞こえ、俺は扉をゆっくりと開いた。出迎えてくれたのは嬉しそうな顔をしたエリシャで、それを見た俺の心も温かくなった。
「悪い、だいぶ待たせた」
「いえ、ちゃんと無事に帰ってきてくれて良かったです」
買ってきた物をキッチンの上に置き、壁掛け時計を見てみると部屋を出てから一時間ほど経過していた。時刻は九時を過ぎたところで、普段の休日ならまだ寝ている時間だ。
「エリシャ、あの子はまだ寝てるのか?」
「寝返りや寝言はありましたけど、まだ起きる様子はありませんね。相変わらず体調が悪そうには見えないので、今のところは問題ないかと」
「このまま寝続けるようなら、どうしたもんか……ってあれ?」
ふとエリシャを見てみると、怪我をしていた部分が元に戻っていた。どうやら俺が帰ってくるまでの間に回復魔法を使ったそうで、目立つところはすべて治したと言っていた。
「ドレスを直す魔力は無かったので、あっちはボロボロのままですけどね」
そうエリシャが言ったところで、妹の服のことを思い出した。俺はすぐに自室へと移動し、押し入れの奥から衣装ケースを一つ取り出した。
「レンタ、これは何でしょう?」
「これには妹の服が入ってるんだ。エリシャとは身長が近かったはずだから、たぶん着ることができると思う」
「妹さんですか……、名前は確かキョウコでしたっけ」
家族の名は以前に話していたが、嬉しいことに覚えてくれていた。
エリシャは着て大丈夫なのかと聞いてくれたが、捨てる予定の物ということにしておいた。勝手に使って悪いと思うが、さすがに今すぐ必要なので仕方がない。
(あとで何か買ってやるから、許せ妹よ)
内心で頭を下げ、衣装ケースを開けて中を見てみた。
妹はあまりスカートを好まないので、下は予備のズボン二着のみだった。上は部屋着にも使える物がいくつかあり、下着は二日分ほどの数が残されていた。さすがに下着ぐらいは持って帰れと突っ込みたくなるが、今回に関してはグッジョブだ。
「これなら当面は大丈夫そうか。エリシャ、大きさはどう?」
「見た感じ問題はないと思います。……ただ、さすがに下着まで着るのは妹さんに申し訳ないですね」
「だったら今は試着してみて、次買う時の参考にするといい」
「ではお言葉に甘えますね。それでなんですが、この胸当てのような服はどう着ればよいのでしょう?」
エリシャは白いブラジャーを手に持っていた。後ろにあるホックで留めることは分かるが、それ以上は俺にも未知の領域だ。とりあえず分かることだけ伝えると、「試しに着てみます」と言って自室の方へと入っていった。
リビングのソファに腰を掛けて待っていると、エリシャが扉越しに呼んできた。自室の前に立ってノックをすると、「どうぞ」という声が返ってきた。
扉を開けてみると、そこにいたのは純白の下着だけを身に着けたエリシャだった。
「レンタ、これで合ってるでしょうか?」
部屋着も含め着ていると思ってたので、俺は完全に思考が止まった。だが混乱する俺とは違い、エリシャは普通の調子だった。ふと脳裏に浮かんだのは、異世界で見た精霊人の儀式装束だ。確かにあれならば、今の下着状態とさほど露出が変わらない。
(だからといって、俺が恥ずかしがらないことにはならないがな……!)
思考が落ち着くと、今度は顔がカァッと熱くなるのを感じた。
返答できずしどろもどろな反応をしていると、色々と察したようでエリシャも顔を赤くし腕で身体を隠した。徐々に透き通る白い肌もほんのりと赤みを増していき、さらには精霊人の特徴である二色髪がぼぅっと光り出した。
精霊人は感情が高ぶると髪が発光するという。だがエリシャの性格もあり、実際に見た瞬間はそう多くない。そして俺はその姿を見て、ひたすらに綺麗だと思った。
「えっと、うん。とても綺麗だ、エリシャ」
「そっ、そうではなくて、下着のつけ方はこれで合っているのか聞きたくて……」
「え」
俺たちは共に真っ赤になり、耐え切れず視線を逸らした。短く長い間の後に大丈夫だと伝えると、エリシャうつむいたまま片手でそっと扉をしめてしまった。
「……やってしまった。何アホなこと言ってんだ俺……」
頭を片手で覆い、自ら発した言葉の変態性を思い返して死にたくなった。
しばらくして現れたエリシャは、真新しい装いで立っていた。
上は黒い薄手のニットセーターで、下は白いデニム生地のズボンだ。全体的に整った身体つきに、スラっとした感じの服装がとても似合っていた。
「どうでしょう、レンタ?」
「うん、いい感じだ。新しくエリシャの服を買う時も、そんな感じのやつを一式は買ってもいいな」
「私としてもこの服は好きです。初めて着ましたけどズボンもいいものですね」
精霊人は皆、決まった民族衣装のドレスを身に纏っている。何でも魔力を感じやすい素材でできているとかで、他の衣服はよほどの物好きでもないと着ないとか何とか。
「横、いいですか?」
「もちろん」
エリシャは俺の隣に腰掛け、そっと身体を寄せてきた。俺からも動いて肩を密着させ、互いの体温を感じながら静かな時間を過ごした。
「こんな長い時間二人きりで過ごしていると、冒険を始めたころを思い出します」
「ただあのころはいつも気を張ってたから、ゆっくりできるのは数年ぶりだ」
「えぇ、本当に」
会話が止まって再び静かな時間が流れるが、それがとても心地よかった。
数分ほど静寂に身を任せていると、エリシャが目の前にあるテレビを見た。あっちの世界で類似する物はなかったので気になったようだ。
「あれが何なのか、気になる?」
「はい、黒板……ではないですよね」
近くにあったリモコンを手にし、俺はテレビの電源を入れた。
暗転した画面に光がつくと、映っていたのはニュース番組だった。映像はちょうど俺が勤めていた会社の火事の映像で、激しく燃える建物が様々な角度から撮られていた。
そろそろ魔王のことも伝えようかと思っていると、エリシャがとても困惑した様子で俺の服の袖をぎゅっと掴んで見上げてきた。
「レンタ、あんな小さな物に風景が映ってます」
「あー、これはテレビだよ。特殊な魔道具的な器具を使って、遠くの風景と音を保存して映し出すことができるんだ」
「風景を保存……? それに音まで……?」
魔法には一度見た風景を念写するというものがあるが、どうしても輪郭がぼんやりとしたものになってしまう。テレビのようにクッキリとした映像は、あの世界では誰も実現することができないと思われる。音も再現できるとなればなおさらだ。
他にもテレビに映る科学技術の産物たちに、エリシャは終始目を白黒とさせていた。そしてフラフラと頭を揺らし、急に肩の力を抜いて大きくため息をついた。
「なるほど……なるほど、ニホンは凄いということが分かりました」
もっともっと面白おかしな物はあるが、それをすべて見せたら気絶してしまいそうだ。