みんな大嫌い
わたしたちは今、家にいた。
「ねえ、祐太と一緒ならいいよね?」
わたしはお母さんに問いかける。
「別に、お前は居なくてもいいよ。」
祐太はわたしにそう言ってくれる。
「すえ君もよっちゃん達も一緒だからいいよね?」
すると、お母さんが
「これがどれ程危険極まりないのか分かってるの?」
「分かってる……」
「そうやって世の中のためにすることはすばらしい。
けれど、あなたをそんな所に送り出したくないの。」
「どうしてもと言うのなら、お母さんも一緒に行く。
そして、みんなから絶対に離れないこと。
ひとりで外へは絶対にでないでちょうだいね。」
「分かった……。」
そして、わたしは大人しく自分の部屋へと行く。
いつも、みんなに助けられてばかりだ。
本当にダメな自分。
少しでも強くなりたい……。
みんなには悪いけれど……
わたしは、大鎌を持ち出して、部屋の窓から外に抜け出した。
当然外はゾンビだらけだ。
閉めた門の外にはゾンビが群がっている。
強くならなきゃ……。
此処には数十体のゾンビがいる。これをひとりで倒す……。
そうすれば、みんなは心配しなくなる……はずだ……。
勇気を振り絞って門の外へ出た。
ゾンビに気づいてもらうために足元の小石を蹴った。
小石は塀にぶつかって、カツンッと音をたてる。
ヤツらはその音を聞き逃さなかった。
すぐにわたしに狙いを定めて覚束無い足取りで襲いかかってきた。
必死で大鎌を振るった、ゾンビの首を狙うが、切り落とせたのはせいぜい腕と脚。
けれど、腕と片足を失ったゾンビはバランスを崩し、動けなくなる。
これならば、余程近づかない限り、噛みつかれはしないはずだ。
続いて襲いかかってきたのは、わたしと同い年くらいの少女のゾンビ。
自分と同じ年の女の子……。
そう思うと、例え、動く屍であっても倒したくはなかった。
何故なら、ゾンビを倒すということは、もう一度殺すということだからだ。
このゾンビは見逃そう……。
そう思ったのが間違いだったのだ。
その少女は明日美をすごい力で押し倒した。
明日美よりも小柄な生前はか弱かったはずの女の子は今、脳ミソを求めて襲いかかってくるのだ。
自分は死ぬんだ……。
そう思った時である。
「鬼さん、こちら手の鳴る方へ!!」
ふと聞き慣れた声がした。目の前には、祐太、一翔、義経、季長、佐藤兄弟、伊勢三郎、奈央、里沙、ついでに両親がいる。
しまった……。と思う気持ちとありがたい気持ち、同時に申し訳ない気持ちが沸いてくる。
ゾンビはすぐに標的をかえて、両親と幼なじみ達に襲いかかってゆく。
祐太は木刀でヤツらの頭を潰し、一翔は弓で矢を放ち、ヤツらの頭を貫く。
季長達武士五人は、太刀でヤツらの首を次々と切り落としてゆく。
お父さんはチェーンソーで、母は鉄パイプで応戦している。
あっという間に数十体のゾンビは倒された。
みんなはわたしにずかずかと近づくと、わたしの手をとり、誰一人喋らず無言でうちを見つめていた。
怒られるだろうか……。
そんな不安と共に手をひかれ、家に戻った。
バチンッ!!強烈なビンタが頬を痛める。
わたしを叩いたのはお母さんだ。
しかもみんなの前で
「馬鹿!!一人で出ていっちゃダメって言ったでしょ!?」
痛む頬を押さえながら、
「ごめんなさい、一人で出来るかと思ったから……」
「一人で出来る!?一人じゃなにも出来ないあんたがよくそんなこと……!!」
声を荒くするお母さんに
「そんなことない……。わたしだって一人で出来るよ!!」
反論するわたし。分かってる……。本当は……。
「あんたっていつも人に迷惑をかけるわよね?本当にみんなごめんなさいね……。
うちの馬鹿娘のせいて……。
木刀や刀は壊れてない?」
「大丈夫ですよ。それよりあいつが無事で何よりです。」
「いや、大したことない、手入れをすれば大丈夫だ。」
祐太達はそう言って優しく微笑む。
だが、
「馬鹿娘って言い方ないじゃん。」
自分は勝手に怒ってることくらい分かってる。
「あんたって本当に勝手ばっかり……。一人で出来るって言ってばっかりだけど出来た試しがないわよね!!」
「そんなことない!!ろくに見てないくせにいつも勝手に決めつけるよね?
お母さんはいっつもそうやって勝手にわたしの事を決めつけてやっぱり駄目よね?とか。
お母さんはわたし自身なの?
いつもいつも勝手な事を言って、わたしの気持ちなんか分かってない。
分かった……。お母さんは
わたしがどうなってもいいって思ってるからそんなことが言えるのでしょ?そうだよね?」
ついかっとなって反論する自分。
すると
「いい加減に致せ!!」
普段は冷静な義経が声を荒げた。
「でも、ゾンビを五体も倒したよ。こんなに怒ってこなくてもいいよね?」
周りに共感を求めてみるが、これが不味かったらしい。
「五体も、じゃなくて五体しかだろ。」
祐太がツンッと返す。
「五体なんぞ倒したうちに入らん。」
季長がキツい口調でピシャリといい放つ。
「明日美殿は変わったな。」
義経がやや早口で淡々と言う。
「変わったっていい意味?悪い意味?」
すると彼は呆れた口調で
「悪い意味にきまっているだろう?少し前まではまるで妹のように思っておったが、近頃のお主は嫌いだ。」
「ひどいよ、よっちゃん……。」
いきなりそう言われて、どうしていいか分からなかった。
「お前って本当に勝手だよな。自分が悪いくせに言われたら怒って、自分でもおかしいと思わないか?」
祐太が抑揚のない口調でいってくる。
「いつも面倒を見てくれている両親にその態度。
明日美殿には失望した。」
季長が冷たくいい放つ。
「前の明日美ちゃんは可愛かったのに。今じゃこれだからね。
こんなんじゃ、何を言っても無駄だよ。」
文面だけではキツイ感じなのに、それを一翔は優しい口調で言ってるから逆に怖い。
普段はフォローしてくれる佐藤兄弟や伊勢三郎までまるでうちを軽蔑してるかのような感じで見つめてくる。
「そんな風に言わなくてもいいじゃない……。」
奈央が庇ってくれる。
「明日美ちゃんだって反省してる筈よ。」
里沙がみんなを宥めるように言う。
「いいよ……。もう……。結局誰も分かってくれないんだね……。」
泣きそうな声で呟いた。
「お前、みんなに向かってなんだ、その態度は!!」
お父さんが怒鳴ってくる。
「だって、こんなこと言われて黙っていれる!?」
「もとはといえば、あなたが悪いでしょ?」
お母さんがわたしをまるで責め立てるかのような口調で言い返す。
「いいよ……。」
ポツリと呟く。
「なんか、言ったか?」
祐太が反応する。
「だからもう良いって言ってるでしょう!?もう、あんた達なんか大っ嫌いだから!!」
そう叫んで部屋を出ようとした。
「明日美ちゃん!!」
里沙と奈央が追いかけようとしたけど
「いいわよ。放っておいて。」
お母さんが冷たくそれを止める。
継信と忠信と伊勢三郎義盛が面倒臭そうにタメ息をつく。
祐太、一翔、義経、季長がうちをチラッと横目で見て、「チッ」と小さく舌打ちをした。
うちは部屋のドアをピシャリと閉めて、無我夢中で自分の部屋に行って、ベッドに飛び込む。
本当は分かっていた。自分が悪い、みんなはただ自分を助けてくれただけ。守ってくれただけ。
本当ならしっかりお礼を言わなきゃならないのに、あんな態度を取っちゃって。
きっともう、嫌われた、呆れられた、見捨てられた。
恐らくしばらくは口を利いてくれそうにない。《《近頃のお主は嫌いだ》》
《《自分でもおかしいと思わないか?》》
《《明日美殿には失望した》》
《《こんなんじゃ何を言ってもムダだよ》》
絶対嫌われた……。じゃなきゃこんなこと言わない。
よっちゃんには、ハッキリ嫌いって言われた。
お母さんの言葉よりも四人の言葉が胸に深く突き刺さって、涙が止まらなかった。
もう、前みたいに仲良く出来ないのかな?
このまま絶交なのかな?
そう思いながら、昔の事を思い出していた。
ーわたしの自慢の、大好きな幼なじみー
そんな彼ら彼女ら。
大好きな両親。
わたしは大好きな人に見放されたのだろうか?
(ごめんね……。ごめんなさい……。)
自分なんて大嫌いだ……。
あのあと、わたしは祐太や一翔にメールを入れた。
「ごめんね。」って打って送信する。
すぐに既読はついたけれど、いくら待っても返事はくれなかった。
二人がダメならと思い、書道セットを出し、和紙と小筆を取り出し、墨汁をペットボトルのキャップに注ぐ。
「あのときはごめんね。」って決して達筆とは言えない文字で、義経と季長宛にと手紙を書いて、彼の近くにこっそりと置いた。
でも、いくら待っても返事が来ることはなかった。
おかしい……。
なんで?メールも手紙も見ているくせに返事をくれないの?
やっぱり、わたし、嫌われたんだなと絶望を感じた。