談判
「まあ、取りあえずは納得して頂きましたかね……」
「会長!」
席に着いた万城目に対し、デスクをバンと叩いて、爽が抗議の声を上げて詰め寄る。
「これでは上様に余りにも不利です!」
「不利、と言いますと……?」
「上様は転入生です! 加えてクラス長等の役職に就いているわけではありません! 文化祭実行委員は基本クラス長や副クラス長がそのまま兼任するのが慣例です!」
「それはあくまでも慣例ですから、若下野さんを新たに二年と組の文化祭実行委員として選出しても別に構わないと思いますが?」
「我々の代では、こういった委員会の類で、わたくし達と組の発言権はほぼ皆無に等しいです! 意見が採用されることなど滅多にありません! そのような状態でどうやって存在感を示せとおっしゃるのですか!」
興奮気味に捲し立てる爽を両手で宥めながら、万城目が先程まで光ノ丸たちが座っていた椅子の方に視線を向ける。
「時代が物凄い速さで移り変わっていくというのに、未だに封建的な物の考え方に囚われている方々が定期的に出てくるのですよねぇ……近年の場合は現二年生の学年ですか」
「ですから、その現状を打破すべく、会長の『鶴の一声』が欲しいのです!」
「大分買いかぶり過ぎですよ、伊達仁さん。残念ながらそこまでの影響力は私にはありません。各種委員会やクラス長会などに是正を求めてみても、果たしてどこまでの効果が見込めるか……かえって無用な反発や混乱を招いてしまう恐れもあります」
爽も容易には引き下がらない。
「選考基準がいまひとつ不明瞭であれ、その過程が不透明なものであれ、今は! こちらにおわします、若下野葵様がれっきとした征夷大将軍です! ならば将軍を中心とした健全な学園活動を行う組織を作るべきだとわたくしは考えます!」
「それは生徒会に取って代わる組織ということですか?」
「……それよりも上に設置する組織です」
「……それは大きく出ましたねぇ」
万城目は思わず背もたれに寄りかかってしまった。傍らに用意してあったお茶を一口飲むと、再び爽の方に身を向き直す。
「そのレベルの話になってくると、それこそ生徒総会で諮問に掛けるべき議題です。この場でおいそれと決められることではありません……」
「昨秋の就任当初からの仕事ぶりを拝見する限り、会長はお優しそうな外見に似合わず、『果断即決』型の方かと思っておりましたが、わたくしの見込み違いだったでしょうか? もう春だというのにまだ長いお正月休み中でしょうか? それとも……」
「挑発には乗りませんよ、伊達仁さん」
万城目が微笑を浮かべ、爽の目をじっと見た。
「……あった、これだ」
葵の声に反応した爽たちが葵の方に振り返る。葵は胸ポケットから取り出した、生徒手帳をパラパラとめくっている。
「葵様、何があったというのですか?」
若干苛立ち気味の爽を落ち着かせつつ、葵が万城目に声を掛ける。
「会長、改めてお話があります。放課後またこちらにお邪魔しても宜しいでしょうか?」
「え、ええ。構いませんよ。」
「ありがとうございます! じゃあ、サワっち、秀吾郎、教室に戻ろう」
「……分かりました。失礼致しました、会長」
「い、いま自分のことを秀吾郎とお呼び下さった……? あ、脇腹が痛む……」
重い扉が閉められて三人が部屋を出て行った。万城目は微笑を崩さなかった。
教室に戻る途中、爽が葵に不満そうに声を掛ける。
「葵様、何か思い付いたのですか? 教えて頂かないと、こちらとしても困ります」
「ふふっ、これだよ!」
葵は先程開いていた生徒手帳のページを爽に突き付ける。一瞬面食らった爽だったが、手帳に書いてある文言を確認すると、冷静な表情を取り戻した。
「……成程、それで詳細は?」
「特に何も」
「そうでしょうね」
「即答⁉」
「構成人員はあの二人とおん……黒駆君にお願いしますか。それで一応頭数は揃うことになりますね」
「私はどうしたら良いかな?」
「特に何も為さらないで結構です」
「酷っ!」
「冗談です。そうですね……放課後までに名称を考えておいて下さい。詳細はわたくしの方で詰めて置きますので」