結局こうなった
葵は隣に座る父を見据える。父は首を横に振った。
「我が家の場合は少し特殊でね……子供が産まれた時点で継承権はその子供に移ることになるんだ。他にもいくつかそういう家があるみたいだけど」
「そ、そんな……」
「もう一つ付け加えますと『どうせなら若い子の方が良くない~?』という意向も大いに働いております」
「だから誰なのよ⁉ そのいちいち軽いノリの奴は⁉」
「お偉いさんですかねぇ?」
「こっちが聞いてんのよ!」
「ではご両親も宜しいでしょうか?」
「だ・か・ら! まず私が宜しくないから!」
しばらくの沈黙の後、葵の父が口を開いた。
「正直……突然のことで大変戸惑っております。それほどの大任、果たしてこの娘に勤まるものなのかどうか。なあ?」
父は母に話しかける。母はゆっくりと頷く。
「ええ……。それにそれなりの危険も伴うというお話ですよね? 可愛い娘をそういった場所に送りだすのにはどうしても抵抗を感じると申しますか……」
「そう! ここまで大切に、大事に育ててきた娘なんですよ、葵は! それをはい、そうですかと言って簡単に差し出せる訳が無いんですよ!」
「お父さん、お母さん……」
口調に次第に熱を帯びていく葵の両親を両手でなだめながら、尾高が語りかける。
「ご両親の心中、察してあまりあります……」
尾高は胸の内ポケットから二枚の紙をテーブルの上に差し出した
「こ、これは?」
「白紙の小切手です。どうぞお好きな額を書き込んで頂きたい。一枚目は葵さんの支度金、正直こちらはどれくらいかかるか見当もつきません。ちなみに先代の即位の儀に掛かった費用が……この位ですね」
「こ、こんなに……」
目にした金額のあまりの多さに思わずテーブルに突っ伏しそうになった葵の母の腕を尾高が優しく支えた。そして彼女の耳元でこう囁く。
「目の前にあるのは白紙の小切手です。将軍の即位に関わる高額な費用を簡単に賄うことが可能です。書き込む金額次第では貯蓄またはそれ以外に回せる可能性が生じてきますね」
「え、ええ……」
「お母さん! そんな邪悪な囁きに耳を貸さないで! ってお父さん⁉」
「こ、このもう一枚の小切手は?」
尾高は笑顔で頷く。
「奥様にお渡ししたのは、『支度金関連の使途』に関する小切手。対して今お持ちなのはこの『若下野家の財政』に関わる小切手。如何様にもお使い頂いて構いません」
「お父さん! これは悪魔の囁きよ! 耳を貸してはダメ!」
「「う~~~ん!」」
「お父さん! お母さん! 目を覚まして‼」
葵の両親は二人揃ってなんとも言えないうなり声を上げて、天井を仰いだり、足元に視線を落としたりする。そんな行動を幾度か繰り返した……その結果、小切手をテーブルにバンと叩きつけた。そして二人声を合わせて、
「「どうか宜しくお願いします!」」
二人はそう言って立ち上がり、深々と頭を下げた。尾高は満足そうに頷き、
「分かりました。後のことは万事お任せ下さい」
「いや、だ~か~ら~! 本人を無視しないで頂戴よ!」
「葵、お前は世の為、人の為になる仕事をしたいって昔から言っていたじゃないか! これは紛れもないチャンスだ! 是非、世の為人の為になる立派な征夷大将軍になってくれ!」
「え、ええ、スケールデカ過ぎ……」
「葵、退屈な学生生活はもうウンザリって前にも言っていたわよね? 将軍さまになればきっと毎日刺激的なことが沢山待っているはずよ!」
「そ、それは中二病の名残っていうか……別にそこまでの刺激は望んでないというか……」
「世の為、人の為、我が家のローン返済の為!」
「脱退屈な主婦生活! おいでませ刺激的なセレブ生活!」
「本音ダダ漏れになっているわよ! 二人とも!」
「「葵!」」
「あ~もう~分かったわよ! なってやればいいんでしょ! 征夷大将軍に!」
こうして大江戸幕府約四百年の歴史上初めてとなる現役JKの征夷大将軍が誕生した。そして話は冒頭に戻る。