第4話「覚悟」
「竜太をヴァンパイアに?」
「ああそうだ。お前はヴァンパイアになりたてだから知らないと思うがヴァンパイアが人の血を吸うと人間は2つの反応を起こす…」
連堂は右手の人差指を突き立てて「1つ」といって話を続けた。
「血を吸われて死ぬ。今、人間の世界のニュースで話題になっている事件もこれだ。そして、大半の人間がこのパターンに当てはまる」
そして、連堂は薬指を突き立てて「2つ」と言った。
「どういう原理かはわからないが、ヴァンパイアの体液に人間の体が対応してヴァンパイアになることがある。ただ、それが出来るのは混血のお前だけだ。お前が吸血した人間はヴァンパイアになる」
連堂は立ち上がりもう一度楓の事を見下ろす。
「お前の友達がヴァンパイアになればあの傷は数時間休めば元に戻る。ただ…」
連堂は途中まで言いかけると、楓から視線を逸らした。
「ただ、人間は基本的にヴァンパイアを忌むべき存在だと思っている。そんな人間が急にヴァンパイアになって目覚めるんだ。当然混乱するだろう。それはお前がよく分かると思うがその時はうまく説明しておけよ」
急な展開に楓は整理をつかなかった様子で頭の中で情報を整理しているようで楓はしばらく考え込んでから答えた。
「はい、でも…」と言いかけて楓は立ち上がり連堂の目を見た。
「何で僕がヴァンパイアになったって分かるんですか?」
「それも後で話す。それより今は友達の方が優先だろ、どうすんだ? やるか?」
楓はしばらく俯き、また逡巡した。
「竜太を助ける方法は他に無いんですよね?」
すると、大垣が楓の傍にやってきて楓の肩に優しく手を添えた。
「残念ながら無いよ。伊純君。彼は怪我をしてからだいぶ時間も経ってる。正直、一刻争う事態だ。だから、あの子を人間のまま天国に旅立つのか、ヴァンパイアとして第二の生き方を選ぶか友達である君に決めてほしい」
楓にとって決断するために残された時間は多くない。楓は「竜太の様子を見てもいいですか?」と大垣に問いかけ、大垣は頷き、医務室の扉を開いて3人は医務室に入った。
医務室に入ると昼間見た竜太とは別人のようにベッドで眠り、顔色は真っ青で静かに呼吸をしており命の灯が消えかけていることが誰の目にも明らかに分かる状態だった。
楓は竜太の顔を見つめ溺れ落ちる涙が竜太の頬に落ち、楓は竜太の僅かに温かさを保った手を両手で握る。
楓は覚悟を決めた。
「竜太、君を絶対に死なせはしない。でも…でも…、もしかしたら僕はこれから君の人生を大きく変えてしまうかもしれない。その責任はすべて僕が引き受けるから。だから…」
途中まで言いかけて楓は目を閉じて息を吸った。
「一緒に生きよう」
楓は竜太の手を離し、両手の拳を力強く握りしめた。
楓の後ろに立っていた大垣が楓の隣に歩を進める。
「伊純君、君の答えはそれで良いんだね」
大垣が語りかけるように楓にそう言うと楓は力強く頷き、大垣は「連堂君」と呼ぶと大垣の後ろに居た連堂は大垣の要求を理解している様子でベッドで眠る竜太の上半身をゆっくりと起こし首筋を指差した。
「伊純、こいつの首筋を噛み付いて吸血しろ。いきなりヴァンパイアになるわけじゃない。少し時間を置いてから人間からヴァンパイアになるし、傷を癒やすのにさらに数日掛かる。今すぐ目を覚ますわけじゃないからそれは頭に入れておけよ」
楓は連堂に頷き、連堂に抱えられ人形のように力なくうなだれる竜太の首筋に楓は顔を近づける。一度、口を開けるて噛み付くことをためらうが、楓は意を決したように竜太の首筋に牙のように伸びた八重歯を突き刺して噛みつき、噛み付いた箇所からは竜太の血液が首筋から背中に向かって流れ落ちていく。
「大垣先生これで良いんですか?」
「そうだね。しばらくこのまま様子を見て見よう。後は彼次第だから私達に出来ることはなにもないよ」
大垣はそう言うと「出ようか」と一言言って医務室の出口を指差した。
3人は医務室から出ると大垣は楓の方を向いて立ち止まり「君に話しておかなくてはいけないことがあるんだ。付いていてくれるかい」と言って、3人は玄関の方へ戻り、階段へ上がってT字に分かれている階段を玄関に向かって右側に進むと廊下に敷かれた赤い絨毯はどこまでも続いているかのように長く伸びていて、いくつもの部屋に入るドアがありその中でも階段を上がってすぐの部屋に入った。
すると、大きなテーブルに木製の椅子が8つほど置いてあり、正面にはカーテンが閉められた窓と掛け時計があるだけの殺風景な部屋だった。並べられた椅子の真中ほどに大垣と連堂が並んで座りその向かい側に楓が座る。
「そう言えば自己紹介が遅れてしまったね。私はこの組織『モラド』のリーダーをしている大垣だよ。モラドは大垣家代々受け継いでいる組織なんだ。モラドについては連堂君から説明があったそうだからそこは省こうか」
大垣は楓の緊張感を解こうとしているのか柔らかい笑みを楓に見せた。目尻のシワを一層濃くなるのが特徴的だった。
「そして、私は見ての通り人間だ。普段は人間の世界で大学病院で医者をやっている。だから、医者そして、モラドのリーダーという立場を利用してモラドのヴァンパイアに血液を提供して人間とヴァンパイアの共存を目指しているんだ」
大垣の自己紹介を訊いた後、楓も軽く自己紹介をし、大垣は「さてと、これから本題なんだけど」と一呼吸置き、テーブルの上に厚くてしわのある手を組んで真剣な表情に切り替わり真っ直ぐ楓の目を見つめた。
「伊純君、今から私が言うことは君が今疑問に思っている事の答えでもある。そして、信じられないことかもしれない。でも、伊純君自身が知っておかなければいけないことなんだ」
「僕が知らなければいけないこと?」
大垣は静かに頷くとゆっくりと口を開いた。
「君は我々が敵対する組織『ALPHA』が行った実験の成功体なんだよ」
一度、時が止まったように部屋の中が静まり返り、気がつけば聞こえるのは掛け時計が時を刻む音だけだった。
「実験…」
今の大垣の言葉をゆっくりと飲み込むように唾を飲み、楓はそう呟いた。
「太陽のもとで生活できる人間と生命力の強いヴァンパイアの混血は不死であり、人間の体力がピークを迎える20歳で不老になる。ALPHAの目的は不老不死のヴァンパイアを生み出し全てのヴァンパイアを不老不死にして絶滅に追い込んだ人間に報復し、ヴァンパイア全盛の時代を築くこと。彼らが行う不老不死を作る実験に成功したのが君だったんだ」
大垣が話し終えると部屋の中には沈黙が流れ、楓の呼吸が少しずつ荒くなる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。そしたら、僕は人間の親から生まれたわけじゃないんですか?」
大垣は唇を噛むようにして楓の言葉を受け止めていた。
「伊純君は人間とヴァンパイアの間にできた子供だよ。しかし、私達はALPHAがどんな実験を行ったか把握できていないため伊純君の両親がどんな方なのかわからない。私達の力不足のせいで心苦しい限りだよ」
「ヴァンパイアが僕の親…なんだよ…それ」
楓は受け入れがたい現実に対し、自らを嘲笑するように色白い頬を歪ませた。
「伊純君。はっきり言って君はこれから様々な困難に立ち向かうことになると思う。だから、辛いとは思うけど、どうかこの事実を受け入れてほしい」
「そんな、いきなり受け入れろったって…」と楓の口調は強くなる。
そして、楓は視線を落としてテーブルの平板を見つめる。
「…そんなの無理ですよ。急にヴァンパイアになるし、殺されそうになるし、自分が実験で作り出されたなんて。もう何がなんだか…」
すると、腕を組み、ずっと沈黙していた連堂が口を開いた。
「辛いのは分かるが、これはお前だけの問題じゃない事を理解しておいてほしい。お前が奴らの手に渡れば人間は確実に全滅する。そして、ただのヴァンパイアの食料として人間は家畜になるだろう。つまり、お前が向こうに渡ることは今の世界の崩壊を意味する。故に、お前がどんなわがままを言っても俺らはそれを阻止する。たとえお前がこれから敵側についてもだ」
「連堂君それはちょっと言葉が強いんじゃなかな?」
「でも、大垣さん…」と連堂が言うと大垣は連堂を手で制して続けた。
「私達が集めた情報は共有してもらいたいんだよ。続きを訊いてくれるかな?」
楓はしばらく沈黙を続けて小さな声で「はい」と呟いた。
大垣は「ありがとう、伊純君」というと話を続けた。
「私が訊いている話ではALPHAは生け捕りにした人間とヴァンパイアで子供を作らせて混血を作っている。彼らは何百年もその実験を繰り返した末に17年前、初めての成功例となる君が生まれた。君が成功体の証拠として喜崎町で起こった戦闘では君の体は連堂君の報告では上半身と下半身が別れてしまっているほどの重傷だった。ここまでの重傷を負うとどんなに生命力の強いヴァンパイアでも即死だ。にもかかわらず、君は今こうやって生きている。それが、不死である証拠だよ」
楓は制服のワイシャツの腰回りが切り裂かれた部分を掴んで見つめていた。
「じゃあ、なんで僕は今まで人間として生活することが出来たんですか?」
「そうだね。そう思うのは当然だ」と大垣が言うと人差し指、中指、薬指の3本を立てた。
「混血の成功体は不老不死以外にも特徴が3つある。1つは生まれてから髪色が白いこと、そして2つ目は生まれたときは人間として生まれるが人間としての肉体がヴァンパイアの細胞に耐えきれるようになると人間の体では耐えきれないほどの高熱を出して夜の間だけヴァンパイアになるんだ。そして、日が昇っている間は人間の姿に戻る。そして、3つ目は混血が吸血した人間はヴァンパイアになるということだよ」
「高熱…」と楓は視線を下げて顎に手を添えた。
「もしかして、これらの症状に心当たりはあるかな? 伊純君」
楓は自分の身に起きたことを思い出しながらしばらく考え込んで言った。
「一昨日の深夜に高熱でうなされて鏡を見た時に自分がヴァンパイアの姿になっていました。そして、次の日朝起きたらもとに戻っていて…」
「やはり、その症状は混血で間違いないだろうね。だから、それを嗅ぎつけたALPHAも動き出したということか」
すると、大垣は白衣のポケットからヴァイブレーションの音とともに振動するスマホを取り出して画面を一瞥した。
「ごめんね伊純君、私はもう行かないといけないから後は連堂君に任せるよ」
席を立ち上がり、不安の面持ちの楓を心配した大垣は優しい微笑みを見せた。
「伊純君、私達は君の味方だよ。それだけは伝えたかったんだ」
大垣の隣に座っていた連堂は大垣を出口の扉まで見送り、深く頭を下げたから楓の正面の椅子に座った。
「じゃあここからは俺がお前のことに付いて説明する」