冒険者の町ヒネク
腹ごしらえをして、少しだけ休んで。
その間にちょっとだけ考えた。
僕はこの世界の常識を全く知らない。RPGの世界を模倣して作っているから、おそらく中世ヨーロッパもどきの世界だと思うんだけど。
お金とか、いろいろなことをまだ知らない。
「服はアレクが気を利かせてくれたらしいけど……」
ゴワゴワの布を着ているような感覚。ちょっと肌が荒れそうだから、落ち着いたら創造魔法で作った方がよさそうかな。
あとはやっぱり、お金。
「お金作るのはさすがにアレだよな〜……」
人道に反するというか。でも最初はな〜……どうしようか。
「シルバー、森の近くにあるのはどんなとこ?」
「冒険者の集う辺境の町です。幸い、通行税はかかりません。犯罪歴を調べたりはするようですが……」
「じゃあ大丈夫かな。身分証とか持ってないけど大丈夫?」
「身分証を持っていない者は多いかと。各村に身分証を発行する場所があるわけでもないですし、身分証……つまり冒険者ギルドで発行される認識票や、商業ギルドで発行される許可証明書などは、町でしか取得できないんです」
「なるほど……」
「身分証を持たない者は通行税がかかる町もあります。取っておいて損はないかと。信用度の問題もありますし」
通行税か……ここではっきりとした問題が浮かび上がったなあ。
僕がこの世界で、どうしたいか。
普通にこの世界の住人として、一般的な人々となんら変わりない生活を送りたいのか。
はたまた、貴族のように裕福な生活を送りたいのか。
世界各国を旅する、っていうのもあるな。
「……出来ればあんまり働きたくないから、一番目は除外かなあ」
だとすれば、どちらにせよ身分証は必要になる。
商業ギルドの許可証明書、ということはおそらく、何かを売るための証明書だ。僕には何も売るものはないから、消去法で冒険者ギルドに登録となる。
「冒険者ギルドの登録はお金がかかったりする?」
「三デル……つまり三百円ほどですね」
「一デル百円くらいなんだ」
「はい。もう一つ単位があって、そちらは一スント一円です」
「一スント……」
あ、ドルとセントか。
作った人もテキトーなことやるなぁ。
「ま、とりあえず行ってみようか。どのくらいかかるかな」
「二十分ほど。走ればすぐですが、どうされますか?」
「どうせだからゆっくり行こう。走るのはまた今度挑戦したいな」
筋肉ついてからだな……筋肉ついてないうちにやったらちょっと危なそう。
「じゃあ、行こうか」
シルバーにハーネスを着けて、跨る。僕たちは町に向けて、ゆっくりと進み始めた。
町の入り口にある大きな門。シルバーに聞くとこの門は魔族避けにもなっているそうで、東西南北にあるらしい。ここは南の門だと言っていた。
「ヒネクへようこそ。一人か?」
「はい。身分証はないです」
「じゃあ中に入ってくれ。犯罪歴を調べるのと、色々記入もしてもらう」
「分かりました」
「そのオオカミは使い魔か?」
「そんな感じです」
「他の者が触っても大丈夫なようだったらこちらで一度預かるが」
いいかなシルバー、と耳に口を寄せると、シルバーは頷いた。
「じゃあお願いします」
「ああ」
門番さんにシルバーを預けて、門の隣にある小さな小屋に入る。中には簡素な椅子とテーブル。テーブルの上には紙とペンが置いてあって、僕は思わず「あっ」と声を出した。
しまった、文字とか大丈夫かな。日本語……せめて英語かフランス語であってほしい……。
「待たせたか? 座っていいぞ」
さっきとは違う門番さんに言われ、椅子に座る。紙を見て、ほっと安堵の息を漏らす。
(よかった、英語だ)
英語なら、一時期アメリカに行って覚えたから絶対大丈夫だ。
「文字は書けるか?」
「あ、はい、大丈夫です」
「まぁ、身なりもいいからな。名前と性別、あとはテキトーにチェックを入れてくれ。あとは備考のところにあのオオカミについて。種族と、どんなことが出来るか」
シンヤ・タチカワ、男、と上の方に書いて、チェックを入れていく。
前科持ちであるか、お金を持っているか、明確な職業があるか。全部いいえにチェックを入れて、あとはシルバーのことだ。
「名前も書いたほうがいいですか?」
「ああ、その方がいいな。町中では首にチェーン付きのタグを付けてもらうから」
頷いて、名前を書く。
シルバー、べロウウルフ、攻撃魔法。
道中、シルバーからこういうことを聞かれた時は、攻撃魔法が使えると書いておけばいい、と言われていた。詳しい魔法の属性とかは書かなくてもいいらしい。
というのも、べロウウルフの攻撃は爪、牙を使った無属性の魔法……つまり、自分の武器を強化するような魔法を使うらしい。
書き終わった紙を渡すと、門番さんはサラッと目を通しただけで後は紙をテーブルに置いた。
「じゃあ本命だな。この水晶に手を」
「はい」
これも事前に、シルバーから聞いていた。
プロフィールなんかは水晶の方でしっかり出るらしい。わざわざ紙に書かせたのは、その町で罪を犯す可能性があるかどうかの簡単な確認らしい。
偽の情報を書く人物はギルドと騎士団に連絡が入り、目をつけられるのだとか。
「うん、行ってよし。犯罪歴はなさそうだな。……しかしアンタ、随分と若作りだなあ」
「えっ、そんなとこまで見られるんですか……」
「ああ……知らないか? この水晶は年齢と魔力の量も出るぞ」
「魔力量も?……僕の魔力って」
「一般よりちょっと多いくらいだ。魔導士になれるんじゃないか?……まあ、あんたはもう四十二だからな、あまり意味はないと思うぞ」
二十八歳とは名乗れないのか……。
年齢は嘘をつけないんだな。見た目が若くなってるってことは、肉体が若くなってるってことだから、長生きはできるんだろうけど。
まぁ、当然と言えば当然かもしれないな。水晶で見えるものがイコール肉体の年齢ってわけじゃないか。
けどもっと気になるのが、魔力の量。確か上限はないはずだけど……もしかしたら、アレクが調整してくれたのか?
(ありがとうアレク……)
ここで魔力の量がかなり多い、ってことで一目置かれても困る。僕はあまり目立たずに生きたいんだ。
「ああ、そうだ」
呼び止められて、振り返る。ちょうど扉の取っ手に手をかけたところだった。
「はい?」
「宿の場所を一応教えよう。使い魔お断りの宿も多いからな。おすすめはフェアリーテイルっていう宿だ。冒険者御用達の宿だから、暴れるやつも多いだろうが……飯は美味いし、何より宿代が安いぞ。金がないんだろう?」
「宿代が安いのは魅力的ですね……」
しかし使い魔お断りの宿もあるのか……けど、日本社会で甘やかされて育ってきた僕からすれば、野宿を続けるのはキツすぎる。
創造魔法で作った快適なテントがあるとは言え、精神的にはちょっと疲れてしまうからね。
暴れるやつも多い、っていうのはまぁ……海外旅行に行ったときに何度か経験してるから、大丈夫だろう。
「じゃあ、そこを訪ねてみます。すぐそこですか?」
「ああ。ここをまっすぐ行って、広場に出たらすぐわかる」
「ありがとうございます……っと、シルバーはどこに?」
「あんたの使い魔なら、先に町に入ってると思うぞ。つっても、数歩だけどな」
先を越されたか。ニヤリと笑う門番さんに会釈をして、小屋出る。
すんなり入れてよかった。友人の息子曰く、こういう世界では町に入るときに揉めるものらしいから。
目立たずに、まったり。それが僕のモットーだ。
チェーン付きのタグを付けたシルバーと合流して、門番さん二人に見送られて町の中心に向かう。
「いい宿を紹介してもらったんだ」
「お金はどうされるんですか?」
人前だからだろう、耳元で出された小さな声にくすぐったくなりながら答えた。
「……今日だけ創造魔法で作るよ。多分、三十ドル……じゃないや、三十デルくらいだよね」
ルネサンス期の宿泊代は一泊分三千円くらいだったはず。中世は知らないけど……多分、これで大丈夫だとは思う。ちらっと市場で物を買う奥さんを見る。お金の柄を覚えて、小さな声で創造魔法を使う。
登録用にと思って三デル余分に作って、僕はすぐにズボンのポケットにしまった。
大きな噴水のある広場に出て、ちょっと見渡すと言われた通り、すぐにフェアリーテイルは見つかった。
「あの宿だ。……ちょっとボロボロだね」
「暴れる者も多いからでしょう。……ここからは黙っていますね」
「うん」
スイングドアを開けて、中に入る。シルバーの大きさでも入れる入り口だけど、一応外で待ってもらうことにした。
「すみません、一泊分いくらですか?」
「あっ、いらっしゃいませ!」
カウンターで何か書き物をしていた店員さんに声をかける。赤髪ショートの可愛らしい女の子だ。小学生くらいの背丈。声色もまだ幼いから、両親の店を手伝っている娘、といったところかな。
「一泊分、十二デルになります!」
「十二デル? 安いね」
思わず口をついた言葉に冷や汗をかく。もしかしたらこの世界じゃ普通のなのかもしれない。
けれど女の子は「そうでしょう? ですから人気なんですよ!」と無邪気に返してきて、僕はほっと安堵の息を漏らした。
僕はまだ、常識を知らなすぎる。こんなところで世間知らずだとは思われたくもない。
「じゃあ、二十四デルで二泊分。いいかな?」
「はい! 朝晩の二食つきです。今お部屋の鍵をお渡ししますね」
「ありが……あっ、そうだ、外に使い魔を待たせているんだけど」
「そうでしたか! 何という種族ですか?」
「べロウウルフ。ここの入り口ギリギリくらいの大きさなんだ」
町に入るときに小さくなるよう言えばよかったか……徒歩でくればよかった。
「でしたらこちらの部屋ですね。一階のお部屋、庭付きです。二泊だと四デル高くなりますけど……」
「大丈夫。追加の四デルだね。ちなみに……酒場は昼間はやってないのかな」
ちらっと横を見る。がらーんとしているけど、棚にお酒の瓶が飾ってあったり、壁伝いの長机にビールサーバーが置いてあるから、多分酒場もやっているんだと思う。
「昼間は店主と女将が向かいの酒場をやっているので、こっちではやっていないんです」
「あ、向かいでやってるの? じゃあ行ってみようかな」
「ありがとうございます! お父さんとお母さ……あっと。店主と女将の酒場はこの町で一番ですよ!」
やっぱり両親の店を手伝っているのか。親孝行な子だなぁ、と和みつつ、頷いて鍵を受け取る。
「ありがとう。夜は何時ごろかな」
「あと……」
カーン、カーン、カーン、と三回鐘が鳴った。
そういえば森の方にいたとき、この鐘が微かに鳴っていたのを思い出した。
「えっと、この鐘が正午の鐘だから……あと二回鳴ったら夜の食事処が始まります!」
得意げにピースを繰り出してきた小さな店員さんに微笑む。可愛らしい。こんな娘がいてもおかしくない年齢なんだよなぁ、と思うとちょっと悲しいけど。
「じゃあ、そのくらいになったら戻ってくるよ」
「一度部屋を見て行かれないんですか?」
「ギルドに早く行きたくてね。冒険者ギルドの場所はわかる?」
「東門の方です。この宿から出て右側ですよ。冒険者になるんですか?」
「うん、身分証が欲しくてね」
「じゃあ、行ってらっしゃいませ!」
手を振って宿を出る。思ったよりもいい感じの宿だ。
「シルバー、思ったよりも安かったよ。半分以下で済んでしまったから、二泊にしたからね」
こくりと頷くシルバー。頭を撫でてから、手綱を持って冒険者ギルドに向かう。
ギルドに入った瞬間睨まれるのを想像して、僕はちょっと身震いをした。