現実は非情なり
ちなみに……
俺がロゥリィに連れてこられた祭壇のあった部屋、あれは俺が練習するための場所だった。
そう、神様としての。
頭の毛の先っちょを赤とか緑に染められた上にガラス玉の飾りをくくりつけられ、頬や目の上も染められるわ肩肌脱いだ変な服を着させられるわ、挙句の果てに巨大な頭飾り被せられて……
「あそこの島の神様はバシャニーというんだ。いろいろ調べたらそんな姿だったんでね」
相変わらず心の内が見えないロゥリィが話す。
「そうそう、あと喋り方も変えないとね。もう少し偉ぶった感じで、ぜひ!」
偉ぶった……か。親方みたいにすりゃいいのかな。
ということで祭壇にある豪華な作りの椅子にどっかりと座り、喋り方とか神様としての振る舞い方とか……いろいろ叩き込まれた。
あと、この椅子は当日島に上陸する際に、仲間が担いで行くことになるらしい。無論俺が座った状態でだ。なんかちょっと申し訳なく思うが……これも漁業権のためだ。
さてと、明日はいよいよ念願の船に乗れる! 海に出れる!
……………………
…………
……
「う゛げ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛……」
「どうした旦那。もうダウンか?」
なんなんだこれ……憧れの船に乗っていざ! と思ったのもつかの間。気持ち悪い……このふわふわゆらゆらした感覚が頭の中でぐちゃぐちゃになってぐわんぐわんしてごろごろ転がってかき回されてもう、何度吐いたか分からないくらいだ。
ラザトくらいの年齢……いわゆる40歳くらいの船長って人が、面白おかしそう弱りきった俺に付き合ってくれていた。
「理事長からきいてたんだがな。歴戦の傭兵を神様にしてスーリグ島に連れて行くからよろしくって。しかしこれじゃ着くまでに死んじゃいそうだな」
「す、すまねえ……船に乗るのは生まれて初めてなんだ」
船長が言うには、これほどまでに船に弱い奴は初めて見たと言う。やはり酒に弱いからかな……あれで吐くのも船酔いで吐くのも似た言葉だし。
気を紛らわそうと、船長は俺にいろんな質問をしてきた。まあいわゆる「昔はどこへ兵役に就いたのか?」ってありきたりな内容だけどな。
「鬼殺しのラッシュっていやぁオコニドの野郎どもがこぞって恐れたモンさ。やっぱり獲った首なんかを家ン中でトロフィーみてえに並べてたのか?」
「ンな気色悪いことなんかしねーよ」
だけど、最初はウザかった船長の言葉の交わしも、だんだんと進んでいくうちに楽しくなってきて……
いつの間にか、気持ち悪さがなくなっていたことに気付いたんだ。
「そうだラッシュの旦那、ゲイルってやつ知ってるか?」
え、知ってるもなにも……船長から詳しく聞いてみたらやっぱり、俺のギルドに一時期居てたあいつと酷似してるし。
「なるほどな、ゲイルのやつ、昔ここで働いてたことがあるんだ。ほらあいつ獣人だから腕っぷしは強いから、網とか荷運びとか進んでやってくれて、すげえ重宝したんだ」
ただなあ……と船長は言葉を突然濁した。
「俺ンとこで結構可愛がってたんだが、あいつはかなり気弱な性格だったからイマイチ仲間とは馴染めなかった……ふとした事で他の漁船の連中と大げんかしちまってな、翌日置き手紙残して消えちまった」
はぁ……と俺はつい深くため息をついてしまった。
俺のとこでもそうだった。変なところで気弱だから、俺が一発殴った日にすぐギルド辞めそうになったこともあったし。基本的荒っぽい仕事には向かないかもしれないな、あいつは。
でも……そうだ、ゲイルはこの国を捨ててマシャンヴァルに行って、人間の身体をモノにしたんだよな。
あれからどうしちまったんだか。けどいつかは………決着を付けないとな。
「島が見えてきたぞ!」マストの上でずっと見張りをしていた男が、俺たちにそう言った。
船の先っちょから目を凝らすと……まだ小指の先ほどくらいだが、確かに水平線の真ん中にちょこっと。
「おう、あれがスーリグ島だ。意外と早く着いちまったな」
そう船長が話した途端、大きな波で船がぐらっと大きく揺れ……て……
「う゛げ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛」
「はあ、こりゃ帰る時もまたこんな調子か?」
海ってこんな気持ち悪いものだったのか……
早く、はやく島に着いてくれぇぇえ……