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真っ白な空間。
気がつけばおれはそこに佇んでいた。
驚異の37連勤を終えて、久々に酒でも飲もうかと思ってスーパーに寄ったところであった。おれの職場は超絶ブラックで、上司の言うことにはハイかYESしか許されず、押し付けられたミスの責任から逃れるために同僚や後輩、時には先輩ですら陥れなければならないという地獄であった。
うーん、晩酌用にウイスキーをかごに入れ、夕飯用に丸々と太ったニワトリを選んだところまでは覚えてるんだけど……。
「お目覚めですか?」
「ええと、貴女は?」
気づけば、目の前に女性がいた。
輝かんばかりのプラチナブロンドをそのまま垂らし、古代ギリシャをイメージさせるようなドレープの多い白布をまとった、楚々とした美しさの女性である。
「私はルナレイア。異世界を司る女神です」
「いせかい」
ばかみたいに呟いたけれど、おれの中に確かな熱が生まれる。
不自然に真っ白な空間。
目の前には女神を名乗る、そして女神であっても不思議ではないくらいの超絶美人。
異世界。
チート!
ハーレム!!
成り上がりっ!!!
思わず鼻の穴が膨らむけれど、できるだけ冷静を装って会話を続ける。
今まで散々嫌な思いをしてきたんだ。異世界でははっちゃけて好き勝手生きてやるぜ!
そのためにもまずはチートだ。
できるだけ良い特典を引き出してノンストレスで俺TUEEEEEしながらハーレムを形成しなければならないのだ。
「異世界、と言いますと」
「私の治める異世界は、現在滅亡の危機に瀕しています。システム的な問題で、世界を形成する元素ともいうべきものが不足しているのです」
ほう。
さすがに選ばれし勇者的な展開でもなければ、向こうの世界から召喚されたときに60億分の1でランダムに選ばれるとかそういうものではないらしい。
まぁそんな理由だと与えられるチートも方向性が限られてくるからな。
しかし『世界のためになる材料を持っている』からタイプだとおれはその元素とやらを保有できる量が多くて、拡散させるために異世界で長生きしないといけなかったり、勝手に異世界へと送るお詫びにチートを選び放題になるだろう。
場合によっては個数すら無制限で、女神の加護だとかそういうものまで貰える可能性もある。
山盛りチートでお腹いっぱい状態である。
「そこで、あなたに異世界でも生き抜けるようスキルを差し上げたいのですが」
キタ。
完璧だろコレ。
悟られないよう、表情を崩さずに女神のことばの続きを待つ。
「貴方の今までの経験が生かされた職業とスキルを一覧にしたので、欲しいものを選んでもらえませんか」
「わ、わかりました。異世界を救うためですもんね……」
おれがそれらしいことを言って同意すると、虚空に文字が浮かび上がる。
『・職業
【負け犬】進学や就職で大きな失敗をしたことを今も悔いている者。あらゆる行動にネガティブ補正。
【社畜】人としての尊厳を失うレベルで酷使されている者。権力的に上位の者の命令に逆らうことができなくなる。
【童貞】成人してなお性行為が未経験の者。異性と話すときにネガティブ補正。警戒されやすくなる。
【学生】勉学にポジティブ補正。15歳以上になると自動的に【無職】となる。
参考:【無職】働いたら負け、という思考に支配され、労働意欲が湧かなくなる』
「…………………………………………はぁ?」
完全にネタ職業だろこれ。
「すみません、今までのあなたの経験からしか職業は選べませんので……」
いくらなんでも酷すぎるだろっ!?
そりゃおれは高校受験はうまくいかなかったし社畜で童貞だよ! でももうちょっとなんかあるだろ!?
いや、待てよ。
これは転生チーレムの派生形で、スキルや職業の組み合わせで女神様すら予想しなかった強ムーブができるようになるパターンだ!
だとすれば、スキルを見てから職業との組み合わせを考えないと……。
Be cool、Be coolだおれ。今までどんなピンチだって上手く乗り切ってきたじゃないか。取引先ともめたときも上手く誤魔化したし、億単位の案件がポシャったときだって後輩に責任を押し付けてノーダメージで乗り越えた。
その頭脳を遺憾なく発揮すれば道は開けるはず、と自分言い聞かせて深呼吸すると、スキル一覧へと目を向けた。
『・スキル
【投げ出すLv.5】集中力にスキルレベル×1のネガティブ補正。
【謝るLv.22】謝罪時、相手が誠意を感じやすくなる。スキルレベル×2のポジティブ補正。
【パソコンLv.3】パソコン操作時、操作技能にスキルレベル×1のポジティブ補正。ただし使用中は角膜にスキルレベル×2の継続ダメージを得る。
【柔道Lv.0】柔道技を使用するときにスキルレベル×1のポジティブ補正。
【やけ酒Lv.6】飲酒時、ストレスを大きく軽減する。肝臓と他者からの評価にスキルレベル×3のダメージ
【捌くLv.4】動植物の解体を行うとき、技術にスキルレベル×2のポジティブ補正』
ろ、碌なスキルがねぇ……!
何をどう組み合わせても良い方向にいくわけねぇじゃねぇか!!
唯一、まともそうなスキルは【捌く】でメチャクチャ地味だし!!!
しかも入部して二か月でやめた柔道をわざわざスキルに加えてあるのがまたムカつく。レベルゼロってまったく役に立たないじゃないか!
「こ、これで世界を救えと……?」
「難しそうですか……?」
「なんというか、その、チートというか、魔法だったり特別な力は?」
「異世界生まれで才能がある方がずっと研鑽を積んで、ようやく身に着けられるレベルですからねぇ。ああ、あなたの世界で分かりやすく例えると、プロのピアニストになるようなものでしょうか」
才能込みでメチャクチャ努力が必要な奴じゃん!
クッソ。この女神を×××してやりたくなってきた……。この白い空間ならワンチャン何の証拠も残さずにできるんじゃないか?
いや、女神の力が未知数な以上はやめておくのが無難か。
「そうですか……さすがに死んじゃうかなって思うんですよ、コレ」
「そうですね……十中八九、一時間以内に死んでしまうと思います」
「それって困りませんか? ほら、世界を形成する元素を拡散しないといけないとか」
「いえ、別に元素を持って行ってくれれば死んでもらっても」
運んでしまえばあとはどうなっても知ったこっちゃないってか?
戸惑うような女神の表情に、おれは我慢しきれなくなった怒りをぶちまける。
「ふざけんなっ! 職業もスキルもクソばっかじゃねぇか!? 誰が異世界なんか行くかっ!!!」
「そうですか……どうしても異世界には行ってもらえないんですか?」
「絶対にお断りだ! 行って欲しけりゃチートを寄越せ!!」
「それは……すみません」
「なら断る! おれを元の世界に返してくれ!」
「仕方ありませんね……分かりました」
あ、帰れるのか。
微かに疑問を感じながらも、異世界なんて絶対いかねぇと心に強く誓った。この鬱憤は、休暇明けに同僚辺りをハメることで解消するとしよう。
***
「ふぅ……これで10000人以上の女性を洗脳調教して無敵のエロハーレムアマゾネス軍団によって世界が滅ぶことは阻止できましたね……」
男の消えた空間、女神は一人で呟くと背中に隠していた本当の職業とスキルを取り出し、視線を向ける。それは男に提示したものが列挙されていた他、
『・職業
【サイコパス】他者を傷つけ、陥れることに罪悪感がなくなる。カリスマ性と第一印象に大きなポジティブ補正。
・スキル
【洗脳Lv.11】対象を精神的に追い詰めることで、判断能力にスキルレベル×5のネガティブ補正
【嘘を吐くLv.31】嘘を吐くとき、罪悪感と緊張感にスキルレベル×1のネガティブ補正。
【陥れるLv.29】他者の冤罪を追求するとき、半径30m以内にいる者に対し、説得力にスキルレベル×2のポジティブ補正。
・特殊スキル
【絶倫Lv.41】一日一万回、感謝のアレを続けたことにより発現した特殊スキル。性交時、相手の快感と好意にスキルレベル×3のポジティブ補正』
「こんなのが私の世界にやってきたらと思うと、背筋が寒くなるわ……」
女神は手元のスキル一覧を消すと、別の一覧を取り出す。
そこには、人物名と、『その人物がどうして世界を亡ぼすか』が記されていた。
『神宮寺・レオ。持前の古武術スキルが進化し、核兵器レベルの格闘能力を試してみようと大地にオラオララッシュを放って滅亡』
『吉岡・みどり。傾国の美貌と正常な思考力を奪う『魅了』を使って若い女性を大虐殺させて滅亡』
『古林・良。卓越した軍事の知識を用いて軍事国家を形成。孫が世界大戦を勃発させ滅亡』
「……なんでこんな変なのばっかり転生してくるのよぉ?!」
女神の呟きは白い空間に溶けて消えていくが、その後もひとしきり罵詈雑言を吐き散らす。
肩をゆらしてゼェハァと呼吸をするようになった辺りで満足したのか、大きく深呼吸をして、身なりを整えた。
わざとらしくも神々しい笑みを浮かべると、軽くストレッチをして手元の一覧を隠す。
「……さて、次の奴はどんな手を使って諦めさせましょうか」
世界を救うための女神の戦いは、まだまだ終わらない。