11話
クッキーと名付けたクリーム色の馬に馬車を引いてもらい、再び直近の街へとやって来た。今回の目的は主に種や苗なので、ここで済ませられる。
途中、昨日見かけた食品店にも寄っていこうと思っている。
駐車(馬‘車’だから間違えではない。正式名称知らない)スペースでクッキーに待っていてもらい、農業センターへ足を踏み入れた。
「えーっと、種と苗は…」
昨日一度来ているので、種と苗の売り場へやって来る。
稲の苗に、麦の種。それから、空いたスペースにはスイカとメロンを考えていた。
季節は、一昨日感じた通り初夏の手前。日本では梅雨の時期だ。
麦は冬になる前に蒔くので早すぎるし、他の3つは春に種蒔きと育苗、定植もするべきなので少し遅い。
常なら、どれも手に入れられるとは思えないが、ここは日本どころか地球ですらない。あちらの常識で考えていては動けない。
「あった。スイカと、メロン」
どちらも苗の状態で売っていた。品種はどちらも1つのみ。
横に広がっていくカボチャは3株苗を植えてあるので、同じく3株ずつにした。これであまり大きくならなかったら…なんて事は、今は考えないでおく。
野菜のコーナーから離れる。ここには稲の苗と麦は無かった。
昨日は通らなかった通路。そのため気づかなかったが、ある物が目に入ってきた。
「あ…」
子供の頃から大好きで、春先によく食べに連れて行ってもらい、口の周りを真っ赤にするまで食べた記憶が蘇る。
残念ながらどちらの実家も育てていなかったが、ご近所さんに専門で作っている農家があったので、手伝いながら許可を得ていたので時々食べていた。お土産にもたくさん貰い、半分はジャムにして、トーストにたっぷり乗せて食べるのがまた好きだった。
思い出したら食べたくなってきた。そう思ったときにはもう、いくつか苗を手に持っていた。これは畑ではなくプランターで育てよう、そうしよう。
「いちご、早く食べたいなぁー」
…食品店ではいちごを忘れずに見に行くことを、たった今決定した。
予定外の買い物になったが、後悔はしていない。少し寄り道しただけだ。
プランターを購入するにはカゴだけだと持ちきれないので、入り口に置いてあった台車を取りに行く。
戻る途中にプランターも見繕い、穀物の種や苗のコーナーへ向かう。
麦は大麦小麦と種類がある。パンや菓子類には小麦なので、小麦1択だ。しかし畑の残りは、それなりにある。せっかくたから大麦も少しだけ買っておくことにした。
「あとは稲の苗だけど…」
トウモロコシはすでに昨日購入し、もう植えてあるので問題ない。
けれど、いくら探しても稲の苗は見当たらない。
「うーん、さすがに売ってないのかなぁ」
「お、嬢ちゃん。また会ったな」
「あ、ライジスさん」
昨日もこの店で出会ったライジスさんが、こちらに気づいて声をかけてきた。
やはり、ココロのように年若い娘が、農業センターにいることが珍しいらしい。実際、他のお客さんや、店員にも何人か好奇な目で見られていたのは気がついていた。無視したが。
「なんだ、何か探してるのか?」
「あ、はい。稲の苗を…」
「なるほど。だがそいつはここじゃねぇ」
「え?」
「外行くから、まずそいつ等終わらせてこい」
「あ、はい」
言いたいことはなんとなく分かった。他に購入する物はもう無いので、会計を済ませる。
出口で待ってくれていたライジスさんについて行くと、店の壁沿いをグルリと周り、裏へ出た。農業センターに比べればだいぶ小さい、小屋が建っていた。
「稲の苗ほここで個別に出してるんだ。ブランドが多いから、場所取っちまうからな。で、どれがいい?」
どれ、とは恐らく、ブランドの事を言っているのだろう。
しかしまだこの世界に来たばかりなので、米のブランド等知る由もない。
「んーまだ詳しくないので、一番美味しいので。あ、うるち米と餅米、あれば両方欲しいです」
「そうか、来たばかりか。んじゃ、俺のオススメにしとくか。餅米は1つしかないから、それな」
「ありがとうございます。…ライジスさんは、来て長いんですか?」
「それなりにな。前は争いの耐えない世界だったから、こういう所はありがてぇよ」
なんとなくだが、彼は地球から来たのではない気がする。なんとなくというより、肌質が少しだけ、ウロコっぽいから。
触れていい事なのか分からないので、下手に触れるよりは触れずにいることにした。
「他に気に入ったブランドあれば、用意出来るから言ってくれな」
「はーい、ありがとうございます」
目的の物(予定外のものもあるが大満足してるので問題ない)を購入し終えて、クッキーのもとへ戻る。
食材を買い足すために、来た道の途中にある食品店へ寄った。
ありがたい事に製菓コーナーもあり、オマケに型や道具類も充実している。
嬉しくなってケーキ型(丸と四角、シフォンケーキやパウンドケーキ)やクッキー型、マフィンカップ等を購入。道具も未所持だった物を揃えた。
「んふふー。これで色々作れるなー。お世話になってるハロルドには何かお礼に渡したいし、これから知り合いも増えてくるだろうし」
と、あれこれ理由を並べてみるが、もちろんココロ自身がスイーツ好きだからだ。少し年の離れた従姉妹が、製菓学校に通っていて、後に自分のお店を開いた。その影響は大きい。
そして最後に、青果コーナーに寄るのも忘れていない。
パックに詰められている真っ赤ないちご。新鮮な物を2つ選んで、満足気な顔をして店を後にした。
帰り道。馬車に揺られながら、フルーツサンドでお腹を満たす。
甘いクリームと酸っぱいキウイがマッチしており、尚且桃の甘みも負けていない。急ごしらえだったが問題なかった。
アイスティーで喉を潤しながら、妖精達の待つ家へ帰った。