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「いやーーー!いやーーーッッ!!!いやぁあああ!!!離してぇ、離しッ………」

少女の泣き叫ぶ声が聞こえる。ああ、またこの夢だ、と私はどこか冷静な心で思った。
また、この夢。そして私は、このあと何が起きるかを知っている。なぜならこの十二年間、ずっと苦しめられてきたのだから。

「うっせぇガキだな!!やるき失せるだろうが!!」

バキッという音ともに、悲痛なうめき声。私はそれをつまらない思いで見ていた。無関心、とも言うし、自分を守る防波堤でもある。
男はその浅黒い手を伸ばしてーーー


パッとそこで目が覚めた。
朝日が入り込んでくる。ちゅんちゅんと窓の外から鳥のなく声が聞こえてきた。

「………………………まだ、生きてる………」

朝日を浴びて、毎日朝が来る度に。私は絶望する。



私の名前はリリネリア・ブライシフィック。
プライシフィック公爵家の長女である、一応は。そう、一応。公には私は死んだことになっているけど、両親は私の存在を黙認しているし国王陛下もそれをご存知だ。私は、僅か八歳の時までは正しくリリネリア・ブライシフィックでいられた。

「支度しないと………」

ぼぅっと呟いて、私は立ち上がった。
血が足りてないのかふらつきが酷い。貧血だ。そう言えば今月の月のものはまだ来ていなかったな、と今更ながら気がつく。まあ、そんなことはどうでもいいのだけど。私は時間をかけて少しずつ、少しずつ壊れていっていた。今も尚、壊れている最中なのかもしれない。表情に乏しく、口数も少ない。笑うことも無い。心を動かされることも無い。
そんな人間は、果たして人間なのか。機械人形の方がよっぽどそれらしいとすら思う。
性行為は唾棄するほどに嫌いだ。20歳を迎えながらも私に恋人がいた試しはないし、行為どころかキスすらしたことがなかった。

「最悪、最悪」

小さく呟きながら、私は自分の手首を握った。左手首には跡がたくさん残っている。なんてことのない、自分で自分を傷つけた、いわば現実逃避。その傷跡を眺めては僅かにーーーほんの、ちょっとだけ、息を吹き返した。


リリネリア・ブライシフィックは生まれながらに決められた王太子 レジナルド・リムーヴの婚約者だった。婚約者は白皙の美少年、紅顔の美少年だった。女性どころか男性すらも虜にする華奢な少年は、今や二十二歳になっている。と言っても、もう十年以上会っていないから知らないのだけど。
リリネリアは公爵家の大切な娘で、大切に大切に、柔らかく育てられてきた。公爵としては未来の王太子妃だ。大切に育てないはずがない。母親はどうだったのだろうか。あの時、少しでも泣いていたのだから多少は好きだったのかもしれない。今更、もうリリネリアですらない自分にはどうでもいい話なのだけど。

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