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第百二十三話 緊急事態

 ジッパー

 両手がカマキリのように腕が鎌のように鋭利になっている。体長2メートル。虫系。スピードはあるが、耐久力は低く、パワーもそこまでない。ランクC。36班なら十分対応可能。


 焔たち36班はある雪国の山里にある小さな村が見える所に来ていた。この村でジッパーによる被害が出ているのだ。ジッパーの存在も確認されている。

「さて、AI。ジッパーはどこにいるんだ?」

「この付近にはいません。最後に存在が確認されたのは村の右側にある雑木林の中です」

 その雑木林に目を向ける三人。流石外国とばかりに、大きな木々が生え散らかっている林が総観できた。地面には雪が敷き詰められており、踏めばくっきりと足跡が残る。木にも雪が積もっていた。

「村付近にはいないのよね?」

「はい、いません」

 茜音が念を押すようにAIに尋ねる。

「よし。じゃあ、村から離れても大丈夫ね。焔、ソラちゃん早速形跡を辿るわよ。この雪なら足跡とか絶対に残ってるはずだから」

「了解」

「わかった」

 三人は取り敢えず、AIが指定するところまで移動する。そこから、何か形跡はないか探し始める。ただ、すぐに三人が集まれるように半径30メートル以内の距離を保ちながら形跡を辿る。

「あった」

 一番最初に形跡を見つけることが出来たのはソラであった。ソラが示した場所には足跡のようなものがあった。ただし、それは獣のような足跡ではなく、足跡のようなしっかりしたものではない。まさに、虫のような何かが這った足跡であった。

「AIちゃん」

 AIの意見を仰ぐ茜音。

「はい、ジッパーで間違いないかと」

「決まりね。じゃあ進んでいくわよ」

 ジッパーの痕跡を見つけた焔たちは足跡を追跡するべく、森の中へと進んでいく。茜音を真ん中に置き、焔とソラは10時方向と2時方向を陣取り、慎重に進んでいく。いつでも戦闘可能のように自身の得物を持って。

「しかし、まれなケースですね」

 進んでいく中、AIが独り言のようにポツリと呟く。

「どういうこと?」

 すかさず反応する茜音。

「普通ジッパーは雪国では全然確認されないんですよね」

「え? じゃあ今回は何でこんな雪山にいるの?」

「推測ですが、総督は宇宙人が捨てていったときたまたまそこが雪国だったんだろうとのことです」

「宇宙人が捨てる?」

「はい、管理しきれなかった場合、普通に殺してしまうよりも、近隣の惑星に捨てたほうがコストもかからないし、攻撃もできるのでかなりのケースでありますよ。ただ、地球は宇宙連合に属しているため、町や人間が多いところには捨てていきませんね。もしそんなケースがあれば、私たちもそれなりの対応をしなくちゃならなくなりますし、そういうところは監視を厳しくしているので、足が残ります。そのため、頭のいい種族ならこういうネチネチした攻撃はしてきますが、地球をもろに攻撃してくることはありません」

「過去にあるの?」

 興味本位で尋ねる茜音は次のAIの返答を受け、改めてアースという組織の恐ろしさに気づく。

「ありますよ。そういう組織は過去10年で100は壊滅させました」

「マジで!?」

「はい。ですので、最近はめっきりですね」

「へえ……それはいいことだね」

 まだ聞きたいことがあったが、それは任務が終わってからにしようと茜音は決めた。

 足跡をたどりもう1時間ほどが経過した。

「あれ? いきなり足跡消えてるぜ」

「どういうこと?」

 その現象に頭を抱える焔と茜音。およそ森に入って5㎞地点。いきなり、ジッパーと思しき足跡がプツンと消えていた。

「AIちゃん、ジッパーは地中に潜ったりとか空を飛んだりとかそういうことできる?」

「いえ、聞いたことがありません。これは明らかにおかしいです。一旦報告を……」

 そこまで言いかけてAIは押し黙る。

「どうした?」

 その異変にいち早く焔が反応する。だが、ソラはAIがなぜ黙っているのか瞬間悟る。

「前方、何かがこっちに来てる」

 焔と茜音に聞こえるように、だが静かくソラは伝える。その言葉にピリッとした緊張感を覚える焔と茜音。ソラの視線を辿り、同じように前方を確認する。まだ、距離はある。確かに何かがこちらに来る。だが、奇妙な点が一つある。相手は二足歩行で、シルエットから察するに明らかにジッパーではない。

 ようやく視認できる距離まで近づいてきたそのシルエットを見て、更に緊張感が跳ね上がる。相手は兜と鎧を身に着けた人間らしきものであったからだ。

「おいおい、落ち武者か。専門外だぜ」

「何言ってるのよ……ここは日本じゃないのよ。それによく見て。この距離からでもあの大きさ。身長は2メートル以上あるわよ。それに腕が二本じゃない。わきの下らへんにもう二本。四本腕よ」

「なるほど。こりゃ間違いなさそうだな」

「ええ。こいつは人間でも幽霊でもない。地球外生命体よ!」

 相手が自分たちの敵であることは認識した矢先であった。

「来るッ!」

 いち早く相手の行動に気づいたのはソラであった。その落ち武者モドキは腰に帯刀していた四本の刀を抜刀する形で握りしめる。その刹那、足に力が入る。

「ヤバッ!」

 素早く危機に反応した焔は茜音を抱きかかえ、落ち武者モドキが通る軌道上から飛び退く。当然、ソラも同じように飛び退く。


 ドゴーン!!


 物凄い破裂音とともに焔たちの後方に位置していた大きな木が倒れる。その木の真ん前には四本の刀を広げた形で鎮座している落ち武者モドキの姿があった。切り裂いたのだ。そんなことは容易に分かった。

『こいつはヤバい』

 三人の頭にはこの言葉がドンと大きく映し出される。意識の大半がこの言葉で埋め尽くされる。

 すぐに思考を切り替えることが出来たのは意外にも茜音ではなく、焔とソラであった。ソラは茜音を抱えた状態の焔の前で落ち武者モドキを牽制する。

「AI、すぐに連絡だ! ジッパーの姿は確認できず、代わりにめちゃ強い落ち武者がいるとすぐに報告しろ! そして、すぐに転送の準備をしろ!」

 声を荒げる焔にAIはポツリとこぼす。

「でき……ません」

「ハ!?」

「できないのです!」

「な、何だと!?」

「いくら連絡しても返答がありません! しかも、転送もできません!」

「ま……じか」

 焔とAIのやりとりを聞いていた茜音は焔以上の錯乱状態に陥いる。

(連絡も転送もできない!? なんで……相手はおそらく私たちより強い。このままだと確実に積む。死ぬの? ウソ……こんなところで……いやだいやだいやだ!!)

「おい……かね……おい」

 何かが聞こえる。

「おい! おい! 茜音! おい!」

 その瞬間、額に強い衝撃が走る。

「いっ……た」

 その痛みで意識がはっきりし、ぼんやりとした視界からくっきりとした視界に戻る。すると、目の前には焔の顔があった。焔が頭突きをしたのだ。

「大丈夫か!?」

「う……ん」

「これからどうする!? 悪いが俺はそこまで賢くない。打開策も思いつきそうにない。もし、お前がダメなら今から俺が仕切るぞ! どうする!?」

 焔もいっぱいいっぱいなのだろう。その言葉には余裕がなかった。茜音もさっきまで戦意喪失した状態だったが、それは皆同じ気持ちなのだと気づくと、どこか余裕が出てきたのか、

「わかった! ごめん! ちょっとぼんやりしてた! 今から状況を整理するから、少しの間任せてもいい? しゃべりでいいから時間を繋いで。言葉を交わせるかどうかわからないけど。少しでいいから」

「わかった」

 茜音を下ろすと、焔はソラより一歩前に出る。

「おい! そこの落ち武者モドキ! 一体全体俺たちに何の用だ?」

 自分を奮い立たせるため、焔は声を上げ、落ち武者モドキに言葉をかける。

「ほお……あれを交わしたか。少しはできるようだな」

 何かをボソボソと独り言のように呟く。

「何ボソボソ言ってんだよ!」

「すまんすまん。少し品定めをさせてもらった。これで終わるようではせっかくここに来た意味がない」

「日本語上手いな。お前何者だ? 武士なら名前を名乗るもんだろ?」

「それもそうだな。身分は明かせないが、名ならいいだろう。(それがし)は阿修羅と申す者」

「そうかい。何で日本語なんて話せるんだ?」

「某は日本の侍が好きでな。それで日本語も勉強したというわけじゃ」

「へえ。じゃ、なんで攻撃なんてしてくんだ?」

「某の実力を試すため」

「じゃあ何でここにいんの? さも、俺たちがここに来ることをわかってたみたいな登場の仕方だったが?」

「お前たちがここに来るのはわかっていた。だが、お前たちが来ることはわからなかった」

「めんどくさい日本語使うんじゃねえよ(つまりは、俺たち隊員がジッパーを追跡してここに来ることはわかっていたが、36班が来ることは知らなかったって言うことか)」

「さあ、某は名乗ったのだ。お前たちも名を名乗れ」

「青蓮寺焔」

「ソラ」

「そして、茜音だ」

 考えを巡らせる茜音のことを邪魔しないように焔が茜音の名を言う。茜音は考えをまとめながら、AIと小声で話をしていた。

「AIちゃん、いつから返答がなかったかわかる?」

「すいません。少し先ほどの説明では語弊があったかもしれませんので、もう少し詳しく説明します。私からアース本部に連絡はすることは出来ます。ですが、こちらがどんな信号を送っても、あちらでは私が『問題はありません』というような信号を送っているようにしか感知できなくなってしまったのです。正しく言えば、私がそのような信号しか送れない状態にされてしまっています。しかも、本部から連絡があった時しか、返答できないようにされています。さきほどまではそのような信号を送っていたので、気づきませんでしたが、さっきようやく気付くことができました。ですので、返答がないわけではないのです」

「つまりはこちらが『問題はない』としか言ってないから、あっちはこの状態に気づいてないってこと?」

「そうです」

「映像は?」

「映像もニセのものが映し出されていると思います」

「本当に? そんなことありえるの?」

「今までこんなことありませんでした」

「これは故障とかではないのよね?」

「あり得ません。ですが、これはおそらく限定的なものかと思われます」

「詳しく」

「こんな大それたことが地球全域で行われているはずありません。そんな技術力を持っているところなど私の知る限りないです」

「だったら敵がアースの技術力を持っているとすれば、どこの範囲までこの異常事態を起こせるの?」

「よくて半径5㎞の円の範囲まででしょうか」

「半径5㎞……私たちが森を進んで約5㎞。ここが円の中心だとすれば、あの阿修羅ってやつがここで出てきたのも納得できる。よし! 取り敢えず、この異常事態が起きている範囲はわかった。でも、この森を出ることは現実的に無理。かと言って、やみくもに逃げればいいってわけでもない。何はともあれ、こいつと戦うことは避けられそうにないわね。AIちゃん。この宇宙人の情報とかない?」

「一つあります。カーマイド人かと思われます。ですが、この種族はすでに滅んでおり、秘密主義の種族だったため、ほとんど情報はありません」

「そう……ふう」

 茜音は大きく息を吐く。こうなっては情報を集めるため、リスク覚悟でこちらから仕掛けて行かなくてはならない。精神統一をするべく、深く深呼吸をする。

 この情報は通信機を通して、焔とソラにも伝えられていた。おそらく命を懸けた戦闘が始まる。焔とソラは再び強く自身の得物を握りしめる。

 茜音もゆっくりと立ち上がると、銃口を阿修羅に突き付ける。

「まずは私が様子を見るわ。今は作戦なんて全然ないから、各自の判断で動いてね! 絶対に生きて帰るわよ!」

「了解!」

 二人は同時に声を出す。そして、腰を屈めいつでも飛び出せるように準備をする。その間、焔はペロリと唇を舐めるのであった。

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