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第百二十話 作戦

 ズドン、ズドン


 前方より大きな音が近づいてくる。足音だということはすぐにわかった。森がざわめき立つ。鳥たちは飛び立ち、小動物たちは一目散にその場から走り去る。

 訓練では味わったことのない緊張感が茜音を襲う。いよいよ始まるのだと考えると、足が震えてくる。

(やばい……緊張してきた。もうすぐ始まる。ソラちゃんに指示を出さないと)

 次の瞬間、オーグの姿が茜音の目に映る。まだ、こちらには気づいていない様子であったが、もう気が気でなかった。心臓の鼓動は早まり、呼吸は荒くなる。

(落ち着け茜音! ヴァネッサ教官との訓練を思い出すんだ! 早くソラちゃんに指示を……!)

 頭ではわかっていたが、中々喉を通って口に出てこない。言葉が出てこない分、焦りだけが募っていく。

「ソラ、配置についたか?」

 茜音が言わなければと思っていたセリフをいとも簡単に紡ぎ出した人物がいた。その人物は茜音より一歩前に踏み出し、森の緑とは対極的な赤いコートを身に着けていた。

「……焔」

「うん」

「よし! そのまま茜音の指示があるまで待機だ」

「わかった」

「……ごめん。本来なら私が確認しなきゃならなかったのに」

 ソラとのやり取りが終わった焔に茜音は申し訳なさそうな顔で謝る。だが、焔はそんなこと全然気にしていないとばかりに笑って見せる。

「別にいいって。初任務だし、緊張すんのは当たり前だ。俺だってしっこちびりそうだもん」

「アハハ! 絶対嘘じゃん……あ」

 さっきまで緊張していたのが、嘘のように笑顔が自然とこぼれる。その笑顔を見た焔はフッと笑うと、前を見る。

「さあ、初任務だ。ここでシンさんが言ってた条件全部クリアして、お前が隊長としてふさわしいってとこビシッと証明してやろうぜ」

「……うん!」

 シンはその様子を木の上から見てニシッと笑う。オーグは予定通り広場に入ってきた。十分目視可能な距離まで近づいていた。シンは万が一のこともあるため、武器を手に取りいつでも飛び出せるように準備する。

 茜音は焔に続き一歩前に出ると、二丁持っているうち、一丁だけ銃をオーグに向ける。


 パン、パン!


 銃声が響く。更に鳥たちが騒ぎ出す。オーグに向かって放たれた二つの弾丸はオーグに当たることなく、はるか後方へと消えていく。

「ウオオオオオオ!!」

 けたたましく雄たけびを上げるオーグ。自身に敵意を向ける存在に気づくや否や、焔と茜音の元へと一目散に走ってくる。走るたびにその振動が森全体へと駆け巡る。一見失敗のように思えた茜音の行動。だが、その実茜音の狙い通りであった。

(来た! 作戦第一段階はクリア。下手に攻撃当てたりして怒りに任せた無茶苦茶な動きされたら逆に危険。だから、まずはこれでいい……次に)

 茜音は耳の通信機に手を当てる。

「ソラちゃん。お願い!」

「了解」

 木の陰から飛び出すソラ。その時、茜音の言葉がソラの脳裏をよぎる―――。

「ソラちゃんの武器は音を立てずに走れる隠密スキルとこの中で一番武器の扱いが上手なところだと私は思う。だから、今回のソラちゃんの役割はオーグの動きを止めてもらうこと。まず、私がオーグの注意を引きつけるから、その隙にオーグに気づかれることなく両足のアキレス腱断ち切って欲しいの。後は失敗してもしなくても急いでその場から離れてね」

「わかった」


―――音もなく飛び出したソラは二本の得物を取り出した。

「リミット全解除」

 ソラのコートの色と同じ色のエネルギー刃が溢れ出る。ソラはためらいなくオーグのアキレス腱めがけて斬りかかる。流れるように移動したソラの跡には真っ赤な血が弾け飛んでいた。成功だ。見事ソラは茜音の言った通りのことをやってのけた。

 アキレス腱を断たれ、前方へ倒れるオーグ。その隙にソラは少し離れた場所へと移動する。

(よし! 作戦第二段階クリア! しかし、本当に恐るべしね。気がついたらもう仕事を終えて、しっかり距離をとってる。やっぱり化け物だわ)

 ソラの動きに感心している茜音だったが、すぐに気持ちを切り替え、隣にいる焔に合図を送る。

「焔!」

「了解だ!」

 オーグは膝から倒れ落ちる。その間、焔の視線には右手に握っているこん棒だけが映し出されていた。

「AI!」

 そう叫ぶと焔はブラスターを使い、離れていたオーグとの距離を一瞬で詰める。その間、焔もまた茜音の言葉を思い出す―――。

「焔は35班含めた全員と比較しても一番ブラスターの扱いが上手いと思う。ソラちゃんがオーグの動きを止めたら、あいつは膝から崩れ落ちるはず。焔にやってほしいのはオーグが膝をつく前か、膝をついた瞬間、なるべく早い段階で手に持っているっていう武器を奪い取ってほしいの」

「奪い取る……どうやって?」

「腕ごと斬り落とす。でも、できるだけ斬り落とす部位は小さくしてほしいの。手首から斬り落とすのがベスト。焔の瞬発力と反射神経、パワーとスピードだったらできるはず」

「なるほど。でも、何で手首までなんだ? 普通に肩ぐらいまで切り落とした方が危険を取り除けるんじゃないか?」

「シン教官が言ってたじゃない。なるべく苦痛を与えない方が良いって。それに今回は武器を取り上げるのが目的っていうのと、斬り落とす部位が大き過ぎたら重心がずれちゃうから」

 そこまで言うと、茜音は焔の顔を見てあまり理解できていないことを悟り、頭を悩ませる。

「うーん……別に普通に討伐するんだったら、肩まで斬り落とすほうがいいんだろうけど、これは私の挑戦みたいな感じかな」


―――あの時の茜音の挑戦が何かは分からないけど、俺の役割は必ず果たす。


 焔はあの時の茜音の何かを秘めた表情を思い出しながら、改めて剣を強く握りしめる。

「リミット全解除!」

 焔の思いに呼応するように刀身が赤く輝きだす。その声にオーグも焔の存在に気づくが、倒れている最中かつ小さな体で高速で迫ってくる焔に何の手も出すことが出来なかった。

 そのままオーグを通過していく焔。すると、焔が通った後から手首がキレイに斬れ、血しぶきが飛び出す。茜音もまさかの光景の目を見開くが、頭の中では冷静だった。なぜなら、次は自分の番だから。

(速ッ! まったく目で追えなかった! 改めて思うけど、焔の度胸と反射神経はやっぱりとんでもないわね。これで作戦第三段階クリア。動きを止めて武器を取り上げ、危険は排除できた。次は作戦最終段階、オーグを仕留める!)

「モードチェンジ! ショット!」

 茜音はそう唱え二丁の銃を体の前で合わせる―――。


 エターナル・バレット

 茜音が使っている銃の名称である。文字通り弾が半永久的に生成できる銃である。弾と言っても、実弾ではなく、焔たちが扱っている武器に使われているエネルギーを応用したものを銃弾にかたどっている。弾を半永久的に生成できる代わりに連続して撃つことができない。その遅れを補うために二丁の銃を使っている。また、二丁の銃を合体すると、銃の形状が変形する機能がある。合体するときに唱える言葉によってその形状を決定することが出来る。


―――二丁の銃は一つの銃を形成する。拳銃のような形をしていたものが、銃口が長くなり、ショットガンのような形を形成する。茜音は両手でしっかりと構える。

(ショットガンタイプ。リロードはだいぶ長くなるし、飛距離も短くなるけど、一発の威力はピストルタイプの比じゃない。10秒以内に任務を成功させるには次の一撃で決めるしかない。焔とソラちゃんのおかげで相手の次の動きは大方予想できる。走っている状態でアキレス腱を断たれたオーグはまず膝をつく。だけど、それだけじゃ勢いは殺しきれないはず)


 ズドーン!


 茜音の予想通り、オーグは膝をつく。そして、前に倒れ込む。その行動を見た瞬間、茜音はあるところに銃口を向ける。

(来た! こうなれば、次のオーグの行動は手をついて勢いを全て殺すはず。ただ、焔が片方の手首を切ったから手じゃなくて肘をついて倒れ込むはず。もし、違ったとしてもすぐに修正できる)

 前に倒れ込むオーグは茜音の予想通り肘をついて倒れ込む動作を見せる。その瞬間、茜音はためらいなく引き金を引く。茜音の狙いは一撃で命を絶つことが出来る頭であった。だが、茜音の撃った弾道には、まだオーグの頭はない。しかし、全てを見抜いていたかのように、フッとオーグの頭が落ちてきた。その瞬間、弾道に侵入してきた頭は無残にも吹き飛ぶ。

 茜音もここまでグロテスクな画は想像していなかったようで、一瞬喜びを顔に出すが、すぐに顔を背けて口に手を当てる。だが、他の二人は実際に倒した証拠を見ていないので、顔を背ける茜音をカバーすべく、一瞬で茜音の元まで駆け戻る。そして、オーグに武器を構えたところで、その無残な姿を目にし、条件反射的に顔を背ける。ただし、ソラは全くの無反応であった。

「AI……これはもういいんだよな?」

 焔が恐る恐るAIにオーグの生存を確認する。

「はい。オーグの生命活動の停止を確認。討伐完了です」

「ふー……」

「はあー……どっと疲れが」

 安堵のため息を漏らす焔と今までの緊張が一気に襲ってきたのか、その場で膝をつく茜音。意外にも、初任務を達成した喜びよりも無事に任務を終えることができた安堵感のほうが強かった。

「ヒュー……AI、何秒だった?」

「9秒です」

 シンは焔たちの疲れ切った、そしてどことなくぎこちない雰囲気を崩さないように、木の上から静かにAIに尋ねる。AIの答えを聞いたシンは地面にへたり込む茜音に目を移す。

(……なるほど。焔が手首までしか斬り落とさなかったのはオーグの動きを制限させるためか。斬り落とす部位が大きいほうが安全はより担保される。だけど、その分オーグが倒れる時動作が大きくなり、頭の位置が予測しづらくなる。まあ、最終的には重心が傾いて、地面に倒れ込むことは予想できるけど、その時間まで待ってたら10秒では倒せない。だから、彼女は敢えて焔に手首だけを斬るように頼んだってわけか。最初はいささか難問だと思ってたけど、ヴァネッサが課した条件は案外的を得てたようだ。それに、あの状況であらかじめ頭の位置を予測して一発で当てるとは……末恐ろしい子だ)

 そう、実はシンが焔たちに課した条件はヴァネッサから茜音が隊長になることを見越して課された条件であったのだ。

 そんな思惑があったことなどつゆ知らず、当の茜音は未だ地面に尻をつき呆けていた。その目の前で段々と実感が湧いてきたのか、焔とソラは手を叩き、喜びを分かち合う。そんな二人を見て、茜音は何か言いたそうに焔たちの顔をチラチラ伺う。茜音の気持ちを悟ったのだろう。焔とソラは人一人分間を開け、その間に手を広げ、茜音に向ける。

 その瞬間、茜音の顔はパーッと花が咲いたように口角が上がる。

「ヤッター!!」


 パチン!!


 茜音は焔とソラが空けた隙間に入り込み、広げた焔とソラの手を強く叩く。

「見た!? 私の超絶スーパーショットを!」

「いやいや、それよりも俺の高速斬りのほうがヤバかっただろ?」

「いや、ソラのアキレス斬りのほうが……」

 いつもこういう時に主張してこないソラだが、今回はテンションが上がったのだろう。だが、慣れていないのか、焔よりもダサい必殺名が誕生してしまった。その必殺名に焔たちは先ほどまでの戦闘などなかったように、大笑いする。不気味に見えた森にも()が入り、初任務の成功を祝福する。

 ひとしきり笑い終わった後に、シンは静かに木から降り、勝利ムードをぶち壊すように意気揚々と焔たちの輪の中へ入っていく。

「やあやあ、初任務お疲れ様。茜音ちゃんにしては思い切った作戦だったね」

『あんたが焦らせたせいだろ』という言葉が喉元まで出かけたが、何とか抑え込んだ。

「でも、各々隊員の長所を引き出したすばらしい作戦だったよ」

 素直に褒めるシンに茜音は照れ笑いをする。一方、焔は鳥肌を立たせる。

「そんじゃあ、任務も終わったことだしそろそろ帰ろうか」

 AIに帰還を命じるシンに茜音はある疑問をぶつける。

「シン教官……このオーグの残骸はどうするんですか? まさか、このまま放置とかではないですよね?」

「ああ、ここからは非戦闘員の仕事だね」

「非戦闘員?」

「初耳ですね」

 その疑問に焔も食いつく。

「戦闘員は分かるね? 俺や君たちのことだ」

『うんうん』と頷く。

「非戦闘員っていうのはね、戦闘員が続けられなくなった子たちがなる役職のことだよ」

「続けられないというのは、怪我や病気でってことですか?」

 違うことは茜音にも分かっていた。それなのに、質問をしたのはその答えを無意識に恐れていたからなのだ。そして、茜音の予想通り、シンは首を横に振る。

「いや。もう精神的に戦うことが出来なくなったんだ。恐怖でね」

 自分たちにも関係のない話ではない。茜音も焔やソラがいたから立ち向かうことが出来たが、もし一人だとしたら何もできなかっただろうと分かっていた。だからこそ、シンの話は他人事のようには聞こえなかった。

 そして、シンは念を押すように、三人に向けて、

「でも、非戦闘員を馬鹿にしちゃいけないよ。彼らがいるから俺たちは後のことを考えずに戦闘できるんだ。それに、町で戦闘が発生した場合、住民の避難や安全確保なんかもしれくれるのが彼らだから。絶対に下には見るんじゃないよ」

「はい、わかりました」

「もとよりそのつもりですよ」

「了解」

「よし! そんじゃあ、今度こそ帰るよ」

「はい!」

 36班の返事を聞き届けると、AIが転送を開始する。

 こうして、36班初任務は各々が納得のいく形で終了した。まさに、最高の滑り出しである。

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