第4話「ねじれたモノ④」
「翔?」
それは、俺の高校時代の同級生だった。
スポーツ万能なやつで、進路は確か大学受験したんじゃなかったっけ。とても明るくて、クラスの中心だったようなやつだ。
だけど、そのときの様相と今とでは、かなりかけ離れている。
覇気があった眼は虚ろで、こちらを見ているのに、どこを見ているのかわからない。
手には金属製のスコップを持っていて、足元には削れた岩。
「翔、こんなところで何してるんだ?」
こっちを見てるけど見てない翔は、何かをぶつぶつとしきりにつぶやいている。
言葉にならない言葉は、空虚でどこか呪詛めいて聞こえる。
「翔、どうしたんだよ。大丈夫か?」
近づこうとした俺の前に、スイが近寄るなと立ちふさがる。
「だめだ。変なにおいはあの人からしてる。危ない」
翔までの距離は約3メートル。
どうすればいいかと向き合ったままの一瞬の膠着状態を破ったのは、翔だった。
持っていたスコップを振り上げて、俺へ向かってくる翔は、目は虚ろなのに鬼のような形相に見える。
―――ヤバい、当たる…!
突然のことで、逃げるよりもその場で目をつぶってしまった俺は、身体に感じるであろう痛みと衝撃を想像する。
しかし、訪れるはずの痛みはなく、代わりにスハラが声を荒げる。
「ぼうっとしてないで避けてっ!」
恐る恐る目を開くと、スハラが落ちていた太い木の枝を使って、俺の頭めがけて振り下ろされたスコップを受けていた。その眼には強い光。
俺は、そういえばスハラは剣道の有段者だったっけと、緊迫した場面に不釣り合いなことを考えてしまうが、スイとテンにズボンを引っ張られて我に返り、その場から離れる。
翔は、俺からスハラへ標的を変えたようで、スハラめがけて再びスコップを振り上げる。
スハラは俺が離れたことで動きやすくなったようで、軽々とスコップをかわすと、翔の右肩へ木の枝を振り下ろす。
勝敗は一瞬だった。
翔は、スハラのたった一撃で、動きを止めて、その場に崩れ落ちた。
「もう大丈夫だよ」
スハラに言われて駆け寄った俺とスイは、気を失っている翔を覗き込んだ。
「なんだったんだ‥」
俺のつぶやきに、スイが反応する。
「さっきの変なにおい、なくなったかもしれない」
テンも、少し離れたところで鼻をふんふんいわせて、本当だーと騒いでいる。
「尊、見て」
スハラが指さした先には、削られた岩壁。洞窟の扉の横がえぐれていた。
「こんなことして、何になるんだろう」
スハラの疑問に答えられる人は、翔だけだろう。気を失ったままの翔は、何を思ってこんなことをしていたのか。しかも、人を襲おうとするなんて…。
「う……ん……」
少しのうめき声とともに、翔が目を覚ます。
スハラに打たれた肩をさすりながら起き上がり、その場に座り込んだ翔は、さっきまでとは違って、目の光が少し戻っていた。