最後のお願い
うん、とにかくこいつが条件に会いたいと言うことはある程度分かっていた……けど。満月の時にさらえ……?
要するに月一で会えってことか。なんでそんな面倒臭い条件なんだ?
「月に一回でいいのか?」
ああ。とネネルは暗くなりはじめた窓を背に、妙に勝ち誇ったかのような顔を見せてきた。
「厳密にはな、妾が会いたいと言ってるのではない。エセリアがお主とデートしたいと言うのじゃ」
え、付き合うとかじゃなくて、ストレートにデート!? しかもネネルじゃない方?
「デデデデートってお前、仮にも姫様だろ? そんな表現使っちまっていいのか?」
「前にも話したであろう。エセリアの生命はもうすぐ妾の身体の内で終わりを迎えると。それが近くなってきたのじゃ」
エセリアの生命……そういえばこいつ時々ふたつの精神が入れ替わるとか変なこと話してたな。
「ここ最近、彼女からの問いかけが途絶えがちになってきたから、そろそろなとは思っていたのだが……いよいよその時が来たようじゃ」
「いや、だからデートって、その」
「そこから先は知らん。エセリアと決めろ」
まったく……そういう時だけはぶっきらぼうに言い放つんだよなこいつは。
「正直、エセリアが何を求めているのかは妾にも分からんのじゃ。ラッシュに逢いたい。とだけしか言わないからの……」
そうしてネネルは、鏡台の引き出しから小さな本を取り、おもむろにページをめくり始めた。
「なに読んでンだ? こっちは早くマティエを治しに行きたいんだぞ」
「ちと黙っておれ。アガララの幻覚を治す薬草をいま探しておるのじゃ」
アガララ……? 幻覚ってことは、つまりアレか。マティエの……
「あの性悪女を懲らしめる為には、正面切って挑んでも無駄だと思ってな。となるともはや奴のプライドそのものを内面から打ち崩してゆく以外には手段がないと結論づいたのじゃ」
淡々と話してはいるが、こいつ結構えげつないやり方しやがるよな。
「アガララは我がマシャンヴァルでは降霊術に使われていたのじゃ。酒と一緒に飲んで……と、あった!」
ネネルが俺に見せてくれた本の一ページ。そこには小さな黄色い花の絵が載っていた。
「クラグレの花と言ってな。こいつの根っこを炒って煎じて飲ませろ」
いや、そうは言われても、これどこに生えているんだ?
「この城にある薬草園じゃ。ちょうど今の時期に花を咲かせる。妾の記憶が正しければ、西側の一番奥の日陰に植えてあるはず」
だが……とあいつは最後に付け加えた。
「クラグレは非常にデリケートな薬草じゃ。お主のそのデカい足で踏んだりでもしたら、効力はすぐに失せるだろう。気をつけてな」
よし、それが分かればもうここには用はない。
ネネルに別れを告げ、さっきのロープを使ってまた俺は中庭へと降りようとした……が。
「ラッシュ、最後にひとつ聞きたいことがある」
「え、いったいなんだ?」
ネネルは月光の下、俺に軽く微笑みを向けた。
「お主にとっての自由と、妾にとっての不自由。どちらが心地いいと思う?」
「え……?」
そう言い残し、彼女は俺の視界から姿を消した。
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………………
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そして俺は無事タージアたちと合流できたはいいが、ネネルが心配していた通り、ものの見事にその黄色いクラグレの花を踏みつぶしてしまったわけで……