姫様ご乱心
人気のない道を、ひたすら走る二人。
一人は蹄のついた足音。そしてもう一人は、やや大きめの靴からがっぽがっぽと、これもまた大きな音。
「すまんなイーグ。お主には感謝する」
「もう勘弁してくださいよ姫様。いくら俺がこういうのに長けてるからって、見つかりゃ即問答無用で処刑ですよ処刑!」
「ああ、重々承知しておるさ。だからこれが滞りなく終わったら、妾の方から……」
イーグはそんな姫に、じろりと疑いの目を向けた。
「そうそう! あの件、信じてもいいんですか?」
「当たり前であろうが! 今回の勲章の一件で我々リオネングとお主との間に少なからずとも繋がりが生まれたのじゃ。それに店のパン……妾が言うまでもなく美味であったしな」
「……ちゃんと話を通してくださいね。約束したのですから」
姫との約束。
それは、イーグの店のパンを城へ毎日配達することだった。
それは裏契約に近いものかもしれない……ともすると、それだけで莫大な収入となる。それを話していたのだった。
「毎日お主が美味しいパンを持ってきてくれれば、その分妾もお主と接触できる機会が増えるというもの。つまりはまた街へだな……」
「ま……まさかまたラッシュと会う気じゃないでしょうね!?」
イーグがその小柄な身体に似合わぬほどの裏返った大声を発した。
「しーっ、声が大きい」
「姫様……ラッシュにもう来るなと言われてたではないですか。それなのに……」
ふふん。と姫は自慢げに鼻を鳴らした。
「イーグよ。お主、妻とお付き合いしたとき、何回いざこざを起こした?」
「え、えっと……そりゃもう数え切れないくらい……です。家業と傭兵とどっちが大事かとか、窯の手入れの仕方とか」
「そうであろう、愛には喧嘩と障害はつきものじゃ」
「い、いや、分かりますけど、でもそれとこれとは全く意味が!」
違わぬ! と姫はびしっと言い放った。
「妾の恋する心はそう簡単に朽ちぬものではない。何度嫌われても裏切られても、妾の胸の炎は消えぬのじゃ! それに……」
「それに、なんですか……?」
「あ、いや……それだけじゃ」慌てて姫はかぶりを振った。
「(間違いない……あの稚児は確かに……)」
フードの奥底で彼女はつぶやいていた。だがイーグにはそれが聞こえることはなかった。
チビという存在のことを。
「ところで姫様……」
「なんじゃ、イーグ?」
リオネング城裏の通用口でを前にして、イーグは情けない声で問いかける。
「衛兵さん、さっきより増えてません……?」
「え……?」