俺が隊長!?
「馬はおそらくこの騒動で逃げたでしょうね……となると相当な距離を歩くことになる。マティエさんの身体がそれまでもつかどうかが……」
ようやく酔いから覚めたエッザールが話した。今でこそ落ち着いて眠ってはいるが、ここから先、リオネングに戻るまでが勝負だ。
「ここら辺を商隊でも通ってくれりゃいいんだけどな。けどうまくいかないこと続きだし、来てくれるかどうか」弁当として持ってきた自家製のパンをバクバクと頬張りながらイーグも続く。
「参ったな……」と、無策な俺はため息ひとつ。
そんな話をしてる間にも陽はどんどん暮れてきはじめた。まずはとにかくこの森から抜け出さないと……
「聞いたところによると、人獣というバケモノは私たちより夜目が効くとか。おそらくまだ残党はこの森……いや、洞窟にまだいると思ってもらった方が賢明ですし」
エッザールの言うとおりだ。俺も前の戦いで暗闇の中、奴らに翻弄されたし。
知能は著しく低くなってはいるし、一匹の強さも大したことない。
本当の恐ろしさは……そう、今回のような人海戦術なんだ。マシャンヴァルめ……一体どれくらいこいつらの数を増やしたんだか。
太陽がほぼ沈んだときだった。
「……聞こえますか?」
「うん……」
「ああ、奴らの話し声だな」
やはり、人獣はまだまだ片付いていなかった。
森の木々の至るところから、人獣のキンキンとした声が聞こえてくる。空耳じゃない。そして時間が経つとともにだんだん包囲網を狭めてきている……俺らをぐるりと取り囲むように。
おそらくはこれが最後の戦いになるだろう。奴らは総動員で俺ら四人を喰らいに来るはずだ!
「ラッシュ、なんか作戦はある?」
……って、いきなりなんだよイーグ!?
「いや、もうラッシュが隊長みたいなもんじゃん。そっちは傭兵経験すっげー長いんだし」
「私もそう思います。ラッシュさん、なんなりと私たちに指示してください」おいおいエッザールもかよ!
二人の目はじっと俺の顔を見つめている。
「隊長!」
「隊長!」
ああああああああああああ! もうこーなったら!
「俺とエッザールがまず正面突破して道を開く。その隙にイーグはマティエを守りつつ抜けてくれ!」
いやもう、それくらいしか作戦なんて思いつかねえし!
「え、私よりイーグの方が適任では? 私の方が彼女を介抱して進めますし」
「あ、わかった……じゃ俺とイーグでまず……」
「違うっしょ、マティエは結構重たそうだし、ラッシュが最後に連れてった方がいいよ。だから俺とエッザールがまず最初に……」
「いや、ここはラッシュさんの突破力が必要なのですし、ならばまずはラッシュさんが行くべきなのです!」
「じゃあさ、そんならまず最初にエッザールが火を吐きゃいいんじゃね? そしたら次に俺で、最後にラッシュがマティエ抱えて行くの」
「いや、だからあの火炎は、その、あまり……」
案の定、作戦もクソもあったもんじゃなかった。
まあ無策なら無策でしょうがない。俺だって今までとっさの思いつきで危機一髪な状況下でも切り抜けられてきたんだし。とにかく同士討ちだけは避けてみんなでこの森を出ればいいだけだ。
ぐびっ
え……?
ごきゅっ……ごきゅっ……
喉を鳴らす音が、俺の後ろから急に聞こえてきた。
……ぷはぁ。
「っっっ!? マティエ! お前……」
俺も驚いた。イーグもエッザールも驚きで身体が固まってた。
「美味い酒だな、誰のだ?」
一気に飲み干したそれは……
そうだ、間違いない。さっきエッザールが火を吐く時に使った酒!
「え、マティエさ……ん。アレ全部飲んでしまったんですか!?」
「ああ、なかなか強い酒だったな。痛み止めとしちゃ充分すぎるくらいだ」
そうだった。こいつジール以上に酒豪だったっけ。
だけども酒飲んで痛み止めにするって……こいつ相当ヤバい女だな。
しかもとどめに一言。「燃やすにはもったいないくらいの酒だな」だとよ。エッザールのあれ、知ってたのか……
すっくと立ち上がったあいつのその身体には……いや、手足にも無数の傷跡が刻まれていた。
女の身でここまで傷だらけの身体を晒すなんて、やはり深い過去とか……なんか色々事情があるのだろうか。
「心配するな、私はまだ戦える」
ああ、その身体を見れば誰だって無理矢理にでも納得させられるさ。とりあえずはこいつの心配はしなくてすみそうだな。
「では私が指示を出す。みんなついてきてくれるか?」
はい俺、隊長クビになりました。