戦神
さて……そんなこんなで俺たちは、ここから西に向かったとこにある、セナーゼという昼なお暗き森に行くことになったワケだが。
「ぶはははは! マジかよあんた馬に乗れなかったんか!」
「……それ以上笑ったら本気で殴るぞ」
「いいんか? いーんか? 殴りでもしたら俺はここから落ちるぞ、そうなったら誰がこの馬を操るんだ?」
……イーグのやつに弱みを握られちまった。そうだ、俺は前にも話した通り、自身で馬に乗ったことは一度もない。でもってヤベェどうしよう悩んでいた時に助けてくれたのが、この、さっき知り合ったばかりのイーグってわけだ。
「しかし嬉しいよ。俺がこんな場所で『戦神』のラッシュに巡り会えるだなんてさ」
2人跨ってる状態だからそれほど馬のスピードは出ない。そういったことなんで必然的に俺らは移動集団のケツに位置している。
そして手綱を握っているのはイーグ。つまり……だ。延々こいつのおしゃべりに付き合わなきゃならないんだ。似たようなルースとかなら一発殴って黙らすこともできるんだが、これではどうにもならねえ。
で、戦神って一体なんなんだ?
「うちの故郷があるボナーズってちっこい国なんだけど、もう王様からして貧乏でな、稼ぎの手段は基本的に外の国での傭兵とかなんだ。それが俺みたいな……」
めちゃくちゃ長いから以下かいつまんで話すと、出稼ぎから帰ってきた奴らの中じゃ、戦いで俺の姿を見た獣人連中は、絶対に戦死することがない……んだとか。
つーか裏を返せば、俺のそばにいりゃあ死ぬことがないというワケで……
「あんた負け知らずだもんな。だから同胞はみーんな恩恵にあやかりたいんだよ」
俺に見とめられたものは死なない。
俺の尻尾の毛をお守りにすれば死なない。
俺の鼻面の十字傷に触ることで神に護られる。
…………え?
「俺の国では知らねえ奴なんていないぞ、聖母ディナレ様がつけてくれた聖なる傷なんだろ?」
呆然とする俺を尻目にイーグは続けた。
「しまいにゃあんたをディナレ様の生まれ変わりだとか抜かす連中まで現れたしな。つまりそんだけあんたは有名人ってことなんだ、ははっ」
イーグは笑いながらそうは言っているが……この前ロレンタに聖女だなんだ散々言われまくって、いい加減その言葉に辟易した俺にしてみれば……
もはやどこに行っても逃れられない運命みたいなものなのかとさえ思えてきたわけで。
そんな会話をしていると、俺たちの方にスピードを落としてきた馬が。
……同じ獣人、というか、遥か南の大陸から来たトカゲ人っていう、また違う種族な奴がこちらへと近づいて来た。
まだお互い一度も話してない。名前も知らないそして身体中に毛も生えていない、てらてら身体が濡れているような質感のそんな奴が、突然俺に手を伸ばしてきた。
「敵意は無い。貴方の聖痕の恩恵を受けようと思ってね。よろしいだろうか?」
……第一号ってワケか。いいぜと仕方なく俺も一言。
「かたじけない。我ら獣人に狼聖母ディナレの加護あらんことを」
ひんやりとする手のひらでぺちぺちと傷痕に触れた後、またそいつは前方の集団へと早足で戻っていった。
「な? 俺の言う通りだろ?」
はあ……俺の鼻に加護って、ねえ。