第3話「スカイ・ハイ④」
北海製罐からの帰り道、リクはスハラへ文句をぶつけた。だって、セイカが自分の想像とは正反対のヒトだったから。いや、セイカが自分のイメージと正反対なヒトだったのが悪いのではなくて、それならそれで少しくらいイメージの訂正とか、情報をくれてもよかったんじゃないのか。セイカと知り合えたのはよかったけれど、すごく失礼なことをしてしまったのでは…。
だけど、スハラはそうだねーと笑って、あとは自分で考えろと暗に示すだけだった。
数日後、リクは再び北海製罐第3倉庫を訪れた。
今度は一人で。だけど、手土産にケーキを持って。
部屋に入ると、セイカは、窓から外を眺めていた。
「何か面白いものがあるの?」
リクの問いにセイカは、いいえと答える。
「鳥たちはあんなに自由なのに、私は、なかなか自由が利かないなって思って」
少し寂しそうなセイカに、リクは、明るい声でケーキを持ってきたことを伝える。
「セイカ、一緒に食べよう」
小樽で長く愛されている館(やかた)のケーキを見て、セイカは嬉しそうな顔をした。
セイカが紅茶を入れてくれる。リクは、ケーキと紅茶を前に、先日の非礼を謝って、改めて自己紹介をした。教会のこと、自分のこと。普段の神父としての仕事や、最近の出来事など、もともと社交的で、ファンの奥様方といつもお喋りをしているリクは話題に事欠かない。セイカも時折、自身の話を混ぜながら楽しそうにリクの話を聞いていた。
楽しい雰囲気が少し落ち着き、話に一瞬の間ができたとき、リクがそれまでとは違った落ち着いた声で切り出した。
「さっきの話だけどさ、」
突然話を変えたリクに、セイカが不思議な目を向ける。
「鳥は自由なのにって話。確かに鳥って自由だと思うけど、羽を休める場所がなかったなら、飛べることを悔やんだかもしれない」
リクは、セイカの少し驚いた顔を見ながら話を続ける。
「スハラから聞いたと思うけど、僕はミル・マスカラスのようになってみたいって思ってた。そして同時になれないのもわかってた。なれないから憧れたんだ。だけど、そんな僕だから、セイカと会う機会が生まれた」
きっかけをくれたのがスハラだっていうのがちょっと気になるけど、それは仕方ない。
「自分は自分にしかなれなくて、だからこそ出会える人たちがいて。セイカが今のセイカじゃなかったら、こうやって僕たちが友達になることなんてなかったかもしれない」
リクは真っ直ぐな目をセイカへ向ける。
「だからさ、もし自由じゃなくても、セイカがセイカでよかったと思うんだ」
それに空を飛べたら、それはもうセイカじゃないかもと言ったリクの無邪気な笑顔につられて、セイカも微笑む。
不自由さを抱える今のセイカだから、スハラやリクに出会えて、今の関係があるのかもしれない。それはきっと、何ものにも代えがたい。
「そうだ、ねぇセイカ、いつか、僕の教会を見に来てよ」
セイカにそう言ってくれる人は、これまでどれだけいただろう。
えぇ、いつか必ずと頷くセイカは、心の底から楽しそうだった。
十数年後、その約束が果たされる前に、『北海製罐第3倉庫取壊し』のニュースが巷を駆け巡るのは、また別の話。