第八話 執事と施設と
施設の調整を行って、一息ついていたところに、ロルフと老紳士が入ってきた。
ロルフは、入り口で立ち止まったが、老紳士が俺の前まで来て綺麗な所作で跪いた。
「旦那様」
「え?ブロッホ?」
「はい。旦那様。ロルフ様から、旦那様に仕えるなら、執事の格好にしたほうが、違和感が少ないと教えられました」
ロルフを探すが、さっきまで居た場所に姿がない。”逃げた”としか考えられない。
「わかった。ブロッホを、俺の執事兼家令に任命する。神殿の施設をうまく活用してくれ」
「かしこまりました」
跪いているブロッホは、俺の顔を見てから、頭をさらに深く下げた。
眷属になっているからなのか、ブロッホの感情が流れ込んでくる。考えていることがわかるわけではないが、感情の方向がわかる。ブロッホが喜んでいるのが解って、俺も嬉しい。
「皆に、紹介・・・。面通しをするから、しばらくは、俺と一緒に行動して」
「はい」
俺が椅子から立ち上がって、ブロッホの横を通り過ぎるまで、立ち上がらない。
俺が横を通り過ぎてから、ブロッホは立ち上がって、後ろに従うようについてきた。
「ブロッホ。ヒューマと、アウレイアと、アイルと、リデルは知っているよな?」
「はい。ロルフ様から説明はされております」
ロルフも最低限のことはしてくれている。
神殿の中で働いている者だけでも、面通しを行えば問題はないようだ。
まずは、近い場所に居る。
ビアンコに紹介して、ブロッホが執事になるのに賛成してくれた。俺の側に、信頼できる護衛を置きたいと皆と話していたようだ。眷属たちでは、アウレイアやアイルが候補に上がっていたが、俺が人の村に入る時や、人と話しをする時に、アウレイアやアイルでは一緒に行けない。リデルだと、戦闘力が問題になってくる。次点で、ヒューマだったのだが、ヒューマは”祠”を守ることが、俺を守ることに繋がると考えているようだ。
その後、
「ブロッホ。施設を見て回ったけど、なにかあるか?」
「ありがとうございます。旦那様は、神殿の施設を”どの様”に活用されるご予定なのですか?」
「ん?眷属が安心して生活できる場所があればいいと思っているけど?」
「かしこまりました。それならば、転移門の管理は厳重にすべきです」
「ん?十分、厳重だと思うけど?」
「旦那様。確かに、知恵なき魔物には十分な対策だと思います。しかし、人族への対策としては不十分です」
「うーん。ヒューマでは対応出来ないか?」
「はい。人族が神殿の価値に気がついてしまったら、対応は難しいと考えます」
「神殿の価値?」
神殿に価値があるのは解っている。俺が居なければ、神殿は使えない。
ブロッホが言っている内容はわかるが、問題が発生した時に、祠を閉じてしまえば、神殿の中は安全になる。
「はい。ヒューマ殿が守っている場所だけが、神殿に繋がる場所になっているために、神殿と繋がる場合には、ヒューマ殿に接触する必要があります」
「そうだな」
「アウレイア殿やアイル殿が、知恵ある魔物と交渉をしていると思われますが、多くの魔物が旦那様の下に集まります」
「そうなってくれたら嬉しいけどな」
「大丈夫です。旦那様の下に集まります」
「・・・。わかった。それで?」
「はい。多くの魔物が、ヒューマ殿の守る祠に集まれば、それだけ人族の”歓心を買う”ことに繋がります」
「そうだな」
「そうなった場合に、集まってきている魔物を守りながら、祠を守るのは難しいと考えます」
ブロッホの指摘は正しいだろう。
ヒューマは、祠を守るために、集まってきた魔物たちを犠牲にできるだろうか?その時に、俺は自分を許せるだろうか?ブロッホの話を聞く前だったら?
だめだ、俺を頼ってきた者たちが犠牲になるのは許容できない。そして、頼ってきた魔物たちを守るために、ヒューマや眷属が傷つくのも許せない。
「ブロッホ。どうしたらいい?お前には、解決のためのアイディアが有るのだろう?」
「はい。旦那様。試したようになってしまってもうしわけございません。策はあります」
「それは?」
「人族が驚異になるのなら、人族の味方を作りましょう。神殿が、人族にとっても価値が有る物になれば、守るために動く者たちも現れます」
「うーん。具体的に、どうしたらいい?」
ブロッホの言っている話は理解できる。だが、具体的にどうしたらいいのか・・・。味方?俺は・・・。
「旦那様。心から、旦那様に従う者を見つける必要はありません」
「?」
「利で繋がる者を作って、共通の”敵”を作れば良いと考えます。敵は、自然災害でも、別の人族でも、共通認識を持てれば十分です」
「利?利益か?それでは、本当の味方と呼べないよな?」
「はい。ですが、旦那様。それで良いのでは?旦那様には、眷属となりし者たちがおります」
そうだ。
俺には、ロルフが居る。それに、仲間と呼べる者たちが居る。
「旦那様には・・・」
ブロッホが何を言いたいのか解った。目線で、ミルが眠る場所を見ている。
まだ眠っている。ミルが俺の所業を認めてくれるとは思っていない。でも、ミルとマヤなら・・・。俺を独りにしないでくれるかも可能性がある。縋るような思いだが、俺にはもう残されているのはマヤだけだ。
神殿の安全を考えよう。ミルの・・・。マヤの安全が大事だ。
どうしたら味方が増えるのか?
答えは出ているように思える。
「・・・。一部の貴族にだけ、メリットが有るように誘導すればいいのか?」
「はい。貴族でなくても、商人でも良いと思いますが、貴族と繋がるのでしたら、貴族家を取り込みましょう」
「取り込むのは難しいと思うけど、話はできる」
「旦那様。失礼ですが、その貴族の爵位は?」
「あぁ俺が話をしたのは、ミヤナック家の後継者だ。たしか、辺境伯だったと思う」
「神殿がある辺りの領主は?」
「神殿がどこに属するのかは解らないが、祠がある森に近いのは・・・。アゾレムだ。確か・・・。男爵だったと思う」
「それでしたら、辺境伯を味方に取り込めるのなら、十分です」
「そうか・・・」
ブロッホを見ると、すぐにでも動きたいという雰囲気があるが、俺はミルとマヤが優先だ。
それに、ギルドが立ち上がっただろうイリメリたちとも話をしたいが、やはりミルが居たほうがいいに決まっている。
「ブロッホ。諸問題は出てくるが、王都に行ってハーコムレイに話をしよう」
「はっ」
ブロッホが頭を下げる。
これで、大きな流れは決まった。
「そうだ。俺では、皆が遠慮している可能性があるから、ブロッホが皆から意見を聞いて欲しい」
「はい。なんでしょうか?」
「神殿を、皆が過ごしやすいように変更したい。そのためのアイディアだ」
「かしこまりました」
「神殿の権能で、できるのかわからないけど、ひとまずなんでも”できる”と思って、意見をまとめてくれ」
「はい。わかりました」
ミルとマヤが眠っている場所は、祭壇として考えよう。
ブロッホが意見をまとめてくれるまで、ミルとマヤの側にいよう。俺には、できることは何もない。