バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

捕らわれのラッシュ

今にも土砂降りの雨が降りそうな空。
 でも、目を凝らしてみたら、それは空なんかじゃなかった。
 降り注ぐ真っ黒な矢の雨。走っても走っても、まるでハチの大軍のように付け狙って、そして毒針を何度も、何度も。
 次に気が付いたとき、目に映ったのは黒い森。
 いや違う、そんなもんじゃない。これは大量に刺さった矢だ。空が落ちてきて、森になったんだ。
 何してたんだっけ俺。ああそうだ、ここから離れなきゃ。
 しかし身体を動かそうにも、指一本すら動かせない。そして耳から聞こえてくるのは人間たちの怒声ばかりだ。
 息をしようにも、胸の奥には泥水と鉄臭い血が詰まって、ヒュウと鼻からわずかな呼吸だけしかできない。

 痛みって、『痛い』を通り越すと焼けつくような熱さになるんだっけな。
 真っ赤に焼けた鉄の串を目いっぱい刺されたみたいな猛烈な熱さが、背中を覆っていた。矢だ、何本もの矢が刺さっているんだよな、俺。
 痛いとも熱いともいえない感覚を捨てようと、俺は必死で体を起こそうともがいた。
 しかし、そのうちだんだんと意識があいまいになって……

『おれ、ここでしぬのかな?』

『ああ、ばかやっちゃったな、へんなとこにとびこんじゃったからいっぱいやをうけちゃった』

『おやかたごめん、いきできない。おれ、もうだめかも』

 意識が薄れてゆく。

『おやかたぁ、もっとすてーきくいたかっ……」

 ーいけません。

 その時だった、倒れている俺の目の前に、声とともに光り輝くものが。
 優しくも厳しい、だけどどっかで聞いたことのあるような懐かしささえ感じる……
 でも、生まれて初めて聞く女性の声。
『だれ?』

 ーようやく見つけましたよ。わたしの……ー

 
「相も変わらず岩みたいに固い頭してんな、ラッシュよお」
 まったく聞き覚えのない男の声が、逆のほうから聞こえてきた。
 頭の中がまだぼーっとする。
 あれ、俺確か矢にぶっ刺されて倒れ……いや、眠り薬の付いた矢が刺さったんだっけか、そのあと女の声が、じゃない……ここにいるヤツは誰だ?
 ゆっくりと目を開ける……が、左目の方が何かで固まってまぶたが開かない。
 割れそうなくらいの頭の痛みもするし、どこだここは⁉
「久しぶりだなラッシュ。いや、この姿ではどちらかというと初めましてってところかな」
 俺の目の前には、筋肉質の人間の男が立っていた。
 一方の俺はというと、どうも柱か何かに縛り付けられているみたいだ。左目は……おそらく殴られたときに切ったんだろう、流れた血が固まって目が開いてくれなかったんだ。
 ようやく、俺がどういう状況にいるか分かった。要はこいつが俺をぶん殴ったってワケか。
「誰だお前?」
 久しぶりも初めましてもない。はちきれんばかりの腕や胸の筋肉を覆う革の鎧に身を包んだこいつ。リオネングの援軍か……? でも助けに来たってわけでもなさそうだ。会っていきなりぶん殴るか普通。
「ん~、まあしょうがねえか、姿かたちが思いっきり変わっちまったしな。俺」
 割れそうな頭痛の中思い出を探る……知り合い、いやこの馴れ馴れしさは……⁉
「……ゲイル、か?」「はい、ご名答~!」
「マジかよ……ウソついてるんじゃねえだろうな?」
「バーカ、そこまでして人間を騙す気はねえよ。あ、今は俺も人間だっけか」

 俺の前にいる奴、それはゲイルのようでゲイルじゃない、妙な姿をした大男だった。
 いや、ゲイルにちょこっと似てはいる。
 獅子特有の顔中をぐるりと覆った長いたてがみに、大きめの鼻。と言いたいところだが、微妙に違う、いや全然違う!

 たてがみに似たようなふわりとした長髪にあごひげ。しかしそこに生えているはずの毛はそれ以外なかった。人間特有のつるりとした、ほとんど毛の生えてない肌だ。
 襲撃犯と同じ袖なしの革鎧を着たその身体にも、俺たちのような獣人の毛は生えていない。むきだしの腕の外側と、脛に以前の面影を残すような長い毛がわずかに残っている程度。あとは人間と全く変わりがない。

「ああ、確かに俺はゲイルだよ、以前お前とちょこっと組んで仕事したな。けど今は違う」
「そうだ、お前オコニドに亡命したとかって……?」
 俺の言葉に、元ゲイルはおうよと満面の笑みでうなづいた。
 そっか、やっぱり奴は敵に寝返っていたのか……

「オコニド? ああ、あの国ね。確かに装備はオコニドのものをまだ拝借してはいるが、もうあんな弱っちい国なんて存在しねえから」
 存在しない? 一体どういうことだ。俺はそれを聞いてみた。

「お前、力仕事ばっかりで歴史の勉強もろくにしてなさそうだしな。まあいい。お前みたいな脳みそ筋肉野郎でも分かるようにやさしく説明してやるよ」

 いや、そこに関してはこの前ルースがいろいろ教えてくれたからそこそこ大丈夫なんだけどな……なんて思いながら、俺は奴の話を聞いた。

しおり