蘇る記憶
愛用の大斧を手に、俺は一気に山を登って行った。
身体じゅうが熱くなっていくのが感じられる、それに伴うように、感覚も研ぎ澄まされていった。
目は夜の暗闇でも動くものをとらえ、耳はどんな遠くでも枯葉を踏みしめる音すら逃さない。
鼻は……まあ、ちょっと鈍いが、奴らの臭いは恐らく分かる……だろう。
それに全身の毛は風の気配にまぎれたやつらの動きを察知できる。
久しぶりに取り戻したこのすべての感覚。やっぱり俺はこの中で生きてゆく方が似合ってる。そんなうきうきとした気分に満ち溢れていた。
すると突然、前方から奇声を上げて俺に向かってくる奴が。
斧で軽く薙いだだけで、そいつは勝手に真っ二つになって坂を転げ落ちていった。
普通、斧と言えば刀身を叩きつけて食い込ませて斬るんだが、俺の斧はまた違う。刃自体が鋭い切れ味を持っていて、振りぬけばほとんどのものが真っ二つになってしまう。よく研がれた剣の切れ味に加えて、斧の長さと重さを併せ持った、まさに俺のために作られたような武器だ。
立ちはだかってくる奴らを次々真っ二つにして片付けていくと、今度は三人ひと固まりで現れてきた、鉤付きのロープを頭の上でぐるぐると振り回している、捕らえる気だろうか。だがそんな小細工、俺には一切通じない。
まずはいちばん遠くにいるやつからだ。
脳天に向けて斧を投げつけ、一人目を即行で始末。
お次の犠牲者は……と。
投げてきたロープごと引っ張って逆に投げ飛ばし、太い木に思いきり叩きつけるとピクリとも動かなくなった。
月の光すらほとんど届かないくらいの暗さなのに、やつらはそんなこと全然おかまいなしに俺に襲い掛かってくる。
まるで俺同様、夜目が効くみたいに。
木の葉は生い茂り、月の光すらまともに届いてない。
普通の人間なら、たいまつでも灯さない限りまともに歩くことすらできない場所だ。なのにこいつら……
本当に人間なのか? もしかしたら俺と同じ獣人じゃないのか⁉
逃げたと思った三人目は、木の上から剣を振りかぶって飛びかかってきた。俺は大急ぎで手にした斧で受け止めつつ斬ろうとしたのだ……が。
まるでそいつはサーカスの曲芸みたいな身のこなしで、バック転で俺の攻撃を軽々避けた。
こんな足場の悪い坂道で……⁉︎
姿かたちは人間なのに、身のこなしから何から、まるで俺たち獣人のよう。
形勢不利と判断したのか、そいつは突然山の上へと逃走した。
仲間を呼ぶ気か⁉ くそっ、ここで全員倒しておかなきゃ残されてるアスティたちの方に手が回ってしまう。
俺も全速力でその獣人とも人間ともつかないやつを追いかけた。まるで跳ねるみたいにものすごい速さでこの急斜面を登っている。やっぱり変だこいつ。
どのくらい山道を走ってきただろう、さすがに息が切れてきた。
しかし詰めが甘かった……最後の一人は見失うわ、運動不足で息を切らすわで……
倒した数は、そうだな、10人目から先はもう忘れた。クソっ、最後の最期で。
だが改めて言えること。
奴らは人間のようで人間じゃない。
俺たち獣人でもないのに高い木の上を縦横無尽に飛び回るわ、明かりもないのに正確に矢を射かけてくるわで、これほど手こずったのは俺も初めてだった。
さて、ようやく山のてっぺんへと着いた……が、ここ、山じゃない……?
山の頂上かと思われた場所は大きく開けた平地だった。
その前方には、霧がかってはいるが、大きく崩れてほぼ足場の瓦礫しか残されていない石造りの……
ってあれ、城の跡じゃないのか?
いやまて、なんであれが城だってわかるんだ、俺?
足を止めて空を見上げた。月の位置、そして土の匂い……だんだんと頭の中に埋まっていたなにかが思い出せそうで。
そうだ! 十何年か前に、俺はここに来たことがある!
オコニド軍に奪われた城を取り戻すために大量のリオネング兵がここに連れてこられたんだっけ。
しかしそれは俺ら傭兵も同じ。勝って生き残れたら報酬は言い値で構わないという依頼内容に、すごい数の傭兵が集まったんだ。
そしてこの戦いで双方何万人もの兵力を失った……ってあとで親方から聞いたんだっけ。もっともあの頃の俺だ。そんなこと話されたって全然理解していなかったけど。
「そうだ、ここ、ル=マルデ城だ」思わず口から漏れたその名前。
歴史書にも残ったその最大の戦い。だんだん思い出してきた!
そうだ、俺もこの戦いで、死にかけたんだっけ……