そしてまた戦場へ
……馬車の中はしんと静まり返っている。
8人乗りの比較的大きな空間の中、獣人は俺一人だけだ。
あとに続いている数台の馬車の中にも、いわゆる志願兵しかいないと聞いた。そいつらも一人を除けば結構若い……服越しからでも分かる。筋肉が全然ついてないからな。
そして、暗い。
天井からつるされたランタン籠の中には、淡い青緑の光を放つ甲虫が数匹入っている。それが一つだけ。消えるか消えないかくらいにぎりぎりに明かりを絞っている状態だ。
夜目の効く俺にとっては、これくらいの暗さでも大丈夫だが、人間にしてみれば、周りにいる連中の顔つきがようやく判別できるくらいだろうか。
相手に極力見つからない隠密の作戦。それだからしょうがないか。
今回のために、軍馬も特別に用意されたものらしい。足元が毛におおわれていることで、蹄の音が極力抑えられている、希少な種の馬だとか。
しかし、廃村にいるオコニドの奴らを蹴散らす程度の作戦だと聞いたのに、いったいなぜここまでやる必要があるんだか。
「あの……ラッシュさん」そんなことをあれこれ考えていると、突然向かいに座っている兵士の男が話しかけてきた。名前は事前に聞いた。確かアスティって言ったっけか。
「え、あ、あの、ご気分悪くされたらすいません。ええっと、その、僕。昔からラッシュさんのファン……というか、ずっとあなたの存在に憧れていたんです」
え⁉ 俺のファンって……ファンって確か好きとかあこがれてるとかそんな意味だったような。マジか⁉
「どういう意味だ、俺のファンって」新米兵士をギロリと睨み、問いただす。
「僕のいた村なんですが、隣に獣人の同い年の子がいたんです。小さい頃は毎日一緒に遊んでて……ある日、この戦争で無類の強さを誇る獣人がいるっていう話を彼から聞いたことがありまして、以来ずっと気になっていたんです。そいつは戦火を逃れるために別のとこへ引っ越しちゃいましたが、ことあるごとにその話を聞いた僕は、いつかその雄姿を見たくってこの軍に志願したんです。貴方に、ラッシュさんに憧れて」
いまいち動機と経緯が軽いが、こいつの言う限りじゃ、俺は獣人の中ではそんなこと言われてたのか。
というか、獣人といわれても、トガリやジール、ルース以外の奴とはほとんど接触したことなかったんで外の話題や噂なんて全然知らなかったな。
「もう少し静かに……アスティ、あなた熱が入ると結構声が大きくなるから」
「え、あ……すいません」
そしてアスティの隣にいる女。
そう、なぜこの女がこんな場所にいるのか。しかも他のリオネングの連中とは違い、薄灰色の足元まで届く裾の長い服に身を包んでいる。
聞けばリオネングの正規兵ではないとのこと。
だが、事由によってはこういった介入も許されているという話だ。
彼女の名は……ロレンタ。
そう、以前ディナレ教会で会った、あの女だった。