ラザトとの思い出
ラザト……そう言われてようやく思い出した!
と言われても、うっすらだけど。
まだ俺が親方……ガンデ親方に買われて10年くらいだったか。毎日身体作りと戦う訓練、そして月のうち一週間くらいは戦線に出されて……その繰り返しだった。
とは言え親方は他にも仕事が山ほどある身。他のギルド連中の会議やら使えそうな奴らを捜しにここを離れることもしばしばあった。そんな中で「お前も一人だけじゃ寂しくねえか」ってことでつき合ってくれたのが、このラザトだ。
……いや、今は結構出世してたみたいで、親方になってるんだっけか。
聞いたところによると、ガンデ親方にずっとくっついて戦場を渡り歩いていた、いわゆる舎弟って間柄らしい、だから兄ィって呼んでいたんだ。
俺と初めて会ったときも……そうだ、遠征から帰ってきてウチに泊まりに来たんだっけな。そのついでに俺のお守りを任されたんだ。
その時には……そう、こいつは右目が潰れてた。何でも幼いころに飲んだくれの親父と大喧嘩して包丁で切られたって言う話だ。
まあそんなことはどうでもいい話だが、でも初めてラザトに会ったとき、俺は挨拶代わりにそれを真っ先に聞いたんだよな。「片目で戦うことってできるのか?」って。いま考えれば不作法な、俺らしい問いかけだった。
「ああ、アレな。俺にしてみりゃ結構うれしかったんだぞ、全然気ィ使わないで話してくれたお前にな」
どこから持ってきたか分からないが、飲んだくれラザトの手には一本の酒瓶が握られていた。取り上げちまおうか、お前の吐く息でこっちまで酔っぱらっちまいそうだ。
「これな、コツがいるんだ。片目見えねえと距離感が全然掴めねえからさ、その分、こう……」
あの時はずっと、俺は片目に眼帯つけさせられて間合い取りの練習させられた。自分の出した足先から、影の場所から、そして音で察する相手の位置関係から。
「お前なかなか飲み込み早えな、これでいつ片目潰されてもいつもと変わらない戦い方できるぞ」
ラザトの戦いの教え方は、全然違うスタイルだった。
いや、むしろガンデ親方とは対極にあるといってよかった。
親方の場合は毎日暗くなるまで血ヘド吐くほど身体を酷使されたのに対して、ラザトは面白楽しい教え方。でも日が暮れるころには二人とも身体がガクガクになるのは変わらなかったけどな。
そんな中、俺とラザトが二人して仕事を受けて……そうだ、親方がラザトに「お前、このバカ犬と一緒にたんまり稼いでくるか?」って。どうせなら俺の戦いっぷりを観察してみたいしなって意気揚々と応えてたっけ。
でも……そっから先が思い出せねえ……
「だよなー、お前と仕事に出たのはあれ一回だけしかないが、でも俺の中ではほんと最高の戦場だったぜ、なあバカ犬」
そう話しながら、瞬く間にラザトは一本酒を飲み干した。
トガリがいうにはラム酒っていうお酒しか飲まないそうなんだが、あいにく俺には酒の違いなんて微塵も分からねえ。みんな酔う。それだけだ。
「あン時は途中でお前とはぐれちまってな……一時はどうなるかと思ったぜ」
そうは言われても、ダメだ、思い出せない。
「おいおい、おめーまさか全部忘れちまったとかじゃねえだろうな」
悪ぃ、どうやらそうみたいだ。
「ル=マルデの城攻めだぞ、歴史本にも載ってるくらいのでけえ戦だ。あちこちのギルドから俺らと同じ傭兵を五万人投入したにもかかわらず、生き残ったのはほんの一握り……その中に俺とお前が居たっていうのに、そんなのもすっかり忘れちまったのか⁉」
あきれ顔でラザトはもう一瓶に口を付けた。こいつの胃は底なしなのか!?
「つまり……ってことは、アレも忘れちまったのか?」
「アレって……?」
「聖母降臨さ。もっともいまのクソな学者連中はにわかに信じがたいって理由で、霧かなにかの見間違いって言ってるがな」
「聖母……ディナレか!?」突如出てきたその言葉に、俺は思わず驚いた。
「そう、まあ俺も遠目でしか見てなかったからそれが本物かどうかは分からねえが……」
ラム酒の瓶を握った指が、ピンと俺に向いた。
「お前、あの時そばにいたんじゃなかったか?」