新しい訓練
メアラ・バモン姉弟の無事を確認したその日の内に、フローラはジュリエッタと会っていた。
「結局何だったんでしょうね?」
「分からないわ。でも言い分としては『監視の目の中ずっと家に閉じこもるのは辛いので、こっそり家を出た』という事らしいのよ。うちの部隊の目を欺ける程の技量があるとは思えないのだけど……」
「まぁとにかく無事で良かったです」
「本当にそうかしら……」
「個人的には、気に掛けておくに留めたほうが良いと思いますが、それで何かあった場合に手遅れになったら目も当てられないので、その辺のさじ加減はジュリエッタ様にお任せ致します」
「んもう、それって丸投げじゃない?」
「えへへ。でもジュリエッタ様が必要だと思ったなら、何時でも私を使って下さって構いませんからね?」
「分かったわ、その時はお願いね」
<乙女ちゃんは何が気に入らないのぉ?>
「人目を憚って消える程の理由が見当たらないからよ」
「それは確かに……」
だが人間ってのは、理由が会っても缶詰になったりされたりする事を、極端に嫌う傾向にあるんじゃないか?
「嫌うって言うよりは耐えられないんでしょうね」
喪女さんは?
「年単位で引きこもってもオールオッケーよ」
<気付いたらミイラになってたりしてねー>
干物だけに?
「笑えねえからな?」
「御免なさいねぇ。まだ研究はうまく進んでないのよ。りっくん、早く帰ってきてくれないかしらね?」
<その時はどうかノーコンだけにおねがいします>
おい、一緒になって楽しんでるくせして、自分だけ助かろうとするんじゃない。
<楽しいだけでいいのー。痛いのはイヤ。痛いのがどういうものか分かんないけどー>
情報からするととんでもなく嫌なことだってことだけは分かる。
<あ、これマジな奴だ。私はのーさんきゅーで>
「こいつら、ほんとよく似てるわ」
「そうよねぇ……」
………
……
…
ジュリエッタは姉弟失踪事件を気にしていたようだが、ザルな心の持ち主である喪女さんはそうではないようだ。
(ザルってなんだよ。メアラ先生にも変な所は無かったんだから、わたしにできることなんて無いじゃん)
ほんとにそうか?
(……正直言うと乙女様の言う事も分かるし、メアラ先生と話してみた感想としては何処か引っかかることもある。第一、バモン君と話せてないんだよね)
調子悪くしてるんだっけか? ……腰とかとんとんしてなかったか?
(してねえよ? もしかしなくても崩玉の後遺症だって言いたいのか?)
バモンクラッシャーでも良いぞ?
(ヤメロよ!? 定着したらまた死因フラグが増えるだろうが!)
じゃあ、きんて……
(モロなのもダメだからね!? ……あんたの中の私ってゲスで下品な存在なの?)
やだ、喪女さんったら。そんな上品なはず無いじゃない。
(……え? 御免、どう返して良いか分からないけど殺意だけは膨らんだ)
「あっふぅん? フローラ様、何か考え事ぉ?」
「ああいや、んー……まぁそうね」
「あんまり訓練中に他の事考えちゃダメよぉ? 怪我☆しちゃうからぁんっ♪」
「まぁそうね。確かにそうだわね……っていうか」
「なぁにぃん?」
「追っかけながらポージングってどんだけ余裕があるんだお前」
「あっはぁん♪ フローラ様だって、走り込みながら会話できる位には余裕出てきたんじゃあなぁい? でもぉ、それと気を抜くのとは別・問・題☆」
「はいはい」
「そう言えば今日はベルちゃんは来てないのぉん?」
「お仕置きも一段落って事にしたわ。続けてたらいつかあいつに刺されそうだしね」
「そぉなの☆ねぇん……はい、これで終了ぉん♪ お疲れ様ぁん(ズビシィッ)」
走りこみが終わると、また今日も違う3人がフローラと剣の稽古をするのだった。
(なんかあんた事務的ね。もしかして変態の匂いか何かで麻痺したりする習性があるの?)
匂いとか言うなし。病で否定させて頂きます。
(びょうの字が違うっぽい!?)
あれに関しては似たようなもんよ?
(それは否定できない)
「あぁん♪ フローラ様?」
「……あによ?」
「今日はちょっと違った訓練してみて欲しいのよねぇん」
「違った訓練?」
「要は対魔法使い訓練ねぇん♪」
「おお、なるほど?」
「さぁ、クワイアちゃんっ☆ おいでなさぁい♪」
「…………」
妙に無口で、線の細いのが出てきたな。
(今まで脳筋ばかりだったらねぇ)
「よろしくね、クワイアさん」
「よろしく」
(あれ? ちゃんと返事してくれるじゃん?)
変態が嫌いってだけかも知れないな。
(あー、有り得るね)
「えっと、私はどうすれば良いの?」
「ペタルちゃん☆ 貴方は打ち合い稽古の相手よぉん♪」
「うす」
「え? どういう? ……って、あ、ペタルさんよろしく」
「よろしくっす」
っす、来たー?
(そこまでは思ってないけど、馴染みのある口調ね?)
「フローラ様は基本の型をずっと練習してきたわん♪ だからそろそろ打ち合いもやりましょうぉん☆ で、クワイアちゃん隙を狙って魔法を浴びせちゃってねぇんっ!」
「……え? はぁっ!?」
「じゃ、開始ぃ☆」
「おおぉぉぉおお!!」
「えっ? ちょまっ……ああもうコンチクショーが!」
とまぁ、無理やりな感じで打ち合い稽古が始まったのだが……
カコォンッ
「ぅあ痛っ!」
ドムッ
「ぐえっ!」
ゴンッドムッ
「ぴぎゃっ!?」
……とまぁ、散々なサンドバッグにされたのだった。
「はぁあぁいん☆ そこまでぇ♪」
「(ピクピクピク……)」
生きてるー?
(………………)
返事がない。ただの喪女のようだ。
「パウワちゃん、回復お願いぃん☆」
「へーい」
パウワと呼ばれた男がフローラに近寄り、光魔法を照射する。どうやら彼の場合は癒やしの光魔法が使えるらしい。……時間にも追われてないし、やる気も感じられない。ジャックじゃないようだ。
「おい、ド変態。容赦無く撃ち込めっつーから撃ち込んだが、全然避けれてねえじゃねえか」
「そうっす。これ、本当に訓練になってるっすか?」
「なってるわよぉん? フローラ様は器用なお方なのん☆ ただ、使いこなすための訓練をしてこなかっただけなのぉん♪」
おお、今回の3人は今までと違って変態をちゃんとド変態として認識してるんだな。
「だとしてもよぉ? 俺達が良心の呵責を感じずに居られるレベルになるのはどれ位かかる? 暫くはこのメンツでやるんだろ?」
あ、今回は固定するんだ。最近覚える名前が増えてて、喪女さん、メモ取る等して地味に苦労してたからな。
「そぉねぇん☆ クアイアちゃんとペタルちゃんのコンビネーションなんて、他の子達には中々真似できない芸当だし、パウワちゃんの回復魔法も必要になってくるからねぇん♪」
「だがよぉ? 敵さんに俺達程の連携できる奴がそうそう居るもんかね?」
「備えあれば憂い無し、よぉん? 戦争ともなれば相手も手段は選ばないわぁん☆ となれば、ありえない練度の敵と急に鉢合わせる可能性だって否定できないわよん? だから個々の実力を上げる以外に方法はないのよぉん♪」
「でも、フローラ、様、嫌がったら?」
「……嫌がりゃしないわよ。舐めんな」
「おお〜ぉ? 随分早く回復したねぇ。っつか、予定より早いな? あんた自分でも光魔法使ったのか?」
お? 何だフローラ、新技ゲットか?
(どうやらそのようね。良い魔法を習得できたもんだわ)
「ええ、使ったわよ。どっちかというと光魔法の方が得意分野ね。お陰でこういう使い方があるってことが知れて良かったわ」
「普通はさぁ、光魔法の使い手によってできることってのは、大体決まってるもんなんだけどな」
「そうなのね。良いこと聞いたわ」
「んっふ、そういう規格外な所は流石勇者様ねぇん☆」
「「「勇者様?」」」
「お偉いさん達の間では、そういう噂が出回ったりしてるのよぉん☆」
「まぁ仮にそうだとしても部外秘扱いだから、ポンポン口にしないで欲しいわね?」
「あら御免なさい?」
「あー……フローラ、様? 大丈夫か……ですか?」
「無理に丁寧に喋らなくて良いわよ? そもそもこっちが砕けてるのに、ちょっと距離を感じるでしょうが。他のご令嬢にはともかく、私は呼び捨てでも構わないわ」
「そ、そゆわけには、いかないっす」
「そーそー。他のお貴族様方の前で、ついポロッと呼び捨てにしちまったら大惨事なんよ? 俺達が」
「あ、そ。じゃ、そこら辺は任せるわね」
と、全部丸投げにしてしまう喪女さんなのだった。
(丸投げって何さ。そもそもこの人達って実は爵位持ちだし……)
え? そうなん?
(〜っすの人は、多分パルフェ先輩のお兄様ね。よく見れば特徴がちらほら。魔法使いの人も、あれだけ精密射撃できるのだから、子供頃からちゃんとした先生に習ってるわ。で、光魔法の人は元は平民かも知れないけど、保護の名目で何処かの貴族の養子になってるはず)
なるほどな。ところでな?
(なあに?)
お客が来たっぽい。
(……誰?)
<私がぁ〜〜〜来たぁ〜〜〜!>
(……ナビ?)