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一陣

 ラトムはヨーレンの元でユウトを見守っている。落ち着きなくそわそわとしながらヨーレンに声を掛けた。

「ユウトさん大丈夫っスよね。今押してるっス」

 ラトムの問いかけにもヨーレンは渋い顔をして答える。

「どうだろう。ユウトは反撃されても対応できるように慎重に手数を増やしているけどガラルド隊長が押されているようには見えない」
「そんな・・・」

 ラトムはさらにせわしなく落ち着きをなくしていった。

 ユウトはしばらく攻撃を繰り返すうち、自身の認識が揺さぶられ始めていることに気づく。ガラルドに対して放つ攻撃に全く手ごたえが感じられなかった。

 ガラルドは完璧にユウトの牽制をさばききる。その動きに妥協はなくユウトが期待していた隙もなければ姿勢を崩すこともなかった。

 逆にユウト自身がミスを犯して踏み込みすぎる攻撃を行ってしまうことがある。その際には停滞反撃を浴びせられるのではないかとひやりとした。この時ガラルドは反撃することよりかわしきることを優先させたのか数歩、後退させることに成功したのがユウトにとっては小さな成果になっている。ガラルドはユウトに向かって前にでることはなくこうしてユウトの踏み込みすぎた攻撃によって後退を繰り返すばかりだった。

 そのことがユウトに違和感を与える。ガラルドが剣を振るったのは最初の一度きりしかなかった。ユウトは一度足を止め、一歩引こうとしたときざわつく感覚がする。それはガラルドからではなかった。

 これまでガラルドだけに注視してきたその奥。人だかりでできたその壁のさらに向こう。降りしきる雨の動きが何かが迫るのをユウトは視界の隅に感じ取った。

 その瞬間、一陣の風がユウトの正面から襲い掛かかる。ユウトは反射的にその風を防ごうとして手元を上げ、ガラルドから目を離した。そして「しまった」とユウトは後悔する。ユウト達を見ていた人々も強風に耐えるようにそれぞれが屈んだり風から背を向ける。それはほんの一瞬、立った一瞬の間だった。離れて取り囲む人々が風を防いだ態勢からユウト達の方を見直す。ユウトのすぐ前には両手で握った剣を大上段に構えるガラルドの姿が目に飛び込んだ。

 ユウトが視線を切った一瞬に目の前に現れたガラルド。すでに回避するという選択肢は残されていないことをユウトは理解する。ユウトは剣を前方に突きだしつつ両手で握り斜めに角度をつけながらガラルドの放つ一撃に備えた。

 集中力を高め、ユウトは一瞬の間を限界まで引き延ばして待ち構える。ガラルドの一閃が放たれた。

 光の糸。

 落下する水滴さへとらえられそうなゆっくりとした時間の中で、ガラルドの放つ振り下ろされた剣だけは別次元の速さでユウトに襲い掛かる。受け流すつもりだったユウトの剣は何とかガラルドの剣の軌道をそらすことには成功したものの、刀身の半ばから砕かれてしまった。

 ユウトはとにもかくにもガラルドから間合いを取ることを優先させて真後ろに全力で飛び退く。態勢を立て直す余裕もなく無様に水を跳ねながら転がって止まった。

 ガラルドの追撃はない。遠くにまたゆっくりと構え直すガラルドをユウトは見た。ユウトの鼓動は激しく、呼吸も乱れる。急いで立ち上がり砕けた刀身の剣を構えた。

 パニックに陥りそうな頭を必死で抑え込む。この時初めてユウトはガラルドが怖いと感じた。どこまで先を読んでの行動なのか、全くユウトには見当がつかない。どこかガラルドのことを侮っていた自身の迂闊さを恥じた。

 ガラルドはこれまでと一切変わることなくごく自然に剣を構えている。ユウトはガラルドへの注意を緩めず大きく一呼吸してもう一度考え始めた。

 今使えるものを手早く頭の中に列挙する。折れた魔剣、丸薬。これをどう使うか、どう使えばガラルドを出し抜けるかを考える。この世界に来てからの経験で学び体験したことをさかのぼって思いだそうとする。

 試作魔術武器の訓練、マレイによる試験、魔鳥、魔獣との戦い。そしてユウトの知る最もガラルドを追い詰めた相手、ロードとの一戦のことを想い出した。確かな一撃を食らわせたロードの謎の攻撃。ユウトは魔鳥戦での弾丸による支援、残された銃を思わせる木材。その二つが脳内でジャンプし結び付く。そしてユウトは覚悟を決めた。

 ユウトは腰の小さな鞄を見ることなく開けて丸薬を一粒取り出す。その様子を見ていたガラルドも身に着けたいくつもの小型の鞄の一つからユウトと同じ丸薬を取り出した。お互いに遠い間合いで剣を構えながら丸薬を口へ運ぶ。ガラルドはその時、下ろされていた兜の顔面を覆っている面を押し上げた。その時ユウトはガラルドと目が合う。口に丸薬が含まれるとすぐに面は下ろされた。

 ガラルドの目から伝わるものはユウトから見て何もない。いたって普通だった。しかしそれが不自然に悲しいとユウトは頭の隅で感じる。この一対一の命のやり取りの中でさへ怒りも悲しみもなく、むなしささえも無かった。ただ純粋な殺意だけが残った無感情な殺害者。一体これまでに何を捨て、何をそぎ落としてきたのかをユウトは考えてしまいそうになって断ち切った。

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