罠
走る、とにかく走る。
途中でルースが泥に足を取られ勢いよく頭から転んだ。
毒づきながらも泥まみれのルースを小脇に抱え、ひたすら走って行く。
そして先程の場所でゲイルたちとも合流し、全員でジールの元へと走っていった。
俺はゲイル達を横目で確認したんだが、掃除の収穫物はやはりゼロだったみたいだ。手に何も持っちゃいない。
走り続けて5分ほど、ようやくジールのいる森が見えてきた。嵐もそこそこ弱まってきている様子だ、雷の音が少なくなった。
そろそろルースを降ろそうか、と思っていた矢先の事だった、小脇に抱えっぱなしだったルースが消えていた。いや違う、俺の頭の上にいた。
頭に乗るな! と払い落とそうと思ったが……
「ラッシュさん、止まってください、そして身体を低く」頭上からルースの小さな声がした。
「なんなんだ?」だがその言葉には答えることなく、やつは背負っていたザックから何かを取り出し、カチカチと組み立てていた。
しかたなく足を止めて中腰姿勢。大粒の雨が俺の身体をバチバチと叩く……いや、俺の頭の上にいるルースはもっと打たれているだろう。大丈夫なのかこいつ? 一体何を?
直後、ルースがプッと鋭く息を吐く音が聞こえた。
俺の視線の先から見えたもの……ルースが手にしているのは、細く長い筒……吹き矢だった、組み立てていたのはそれだったのか。しかし一体誰に向けて?
前に目を向けると、ゲイルの仲間のうちの一人が突然、首筋を押さえ、その場に倒れこんだ。
あいつの名前は確かガグだったっけな、ジールと同じ猫系のやつで、3日くらい前に俺らのギルドに職探しに来た無口な男だった。それだけしか覚えてない。
しかしそいつを、一体なぜルースは……?
「おいルース! お前なんでこいつを」だがルースは俺とゲイルの問いかけには答えず、ピクリとも動かなくなったガグの身体を入念に調べ始めた。その顔はさっきまでのお調子者づいたものとは違う、鋭く真剣な目。
「ゲイルさん、ガグさんになにか変わったことはありませんでしたか?」
「ああ、俺とはかなり離れて歩きまわってたな、姿は殆ど見なかった、あまりしゃべらないしな、俺も干渉はしないようにしていたし、だけどなぜ……?」
ルースは小さくため息をつくと、俺に向き直って一言、ポツリと話しかけた。落ち着き払った口調で。
「……急ぎましょう、ジールさんの身が気がかりです」
おいおい、一体なんだって言うんだ⁉︎ 仲間をいきなり殺すわジールが危険だと言うわで、俺の頭は一気に混乱しちまった。
難しいことを考えるのはとにかく苦手だ。俺はすぐさまルースを問い詰めた。
「ラッシュさん、ゲイルさん。私をこれからどうするかはお二人にお任せします……だけど今だけは信じてもらいたいんです。私はここへ向かう馬車の中から、みなさんの容姿はひと通り目に焼き付けてました。無論ガグさんもです。だけどその時の彼とは服や装備すら同じでしたが、が、走り方がわずかに違っていたんですよ、それもパッと見ではわからないほどに」
「え、じゃあ俺らが村に行ってたとき、こいつは……もう」
ゲイルがまん丸な目をさらに丸くして問いただす。
「恐らく、我々のの見えないところでガグさんは殺されました。そこにいる奴の手によって」
俺は落ち着いて思い返してみた。つまりガグに化けていたやつは、掃除の上前を奪おうとしてた野盗かなにかか⁉︎
確かに暗殺業に通じているルースならば俺と二人でいたとき、いや、俺が抱えていた時にでも十分殺せるチャンスはあったはずだ。だがそんなマネをしないということは……
「ルース、今はお前を信じるしかないようだな……しかし盗賊の連中は人間だけじゃなかったのはうかつだったな」
俺の隣にいたゲイルが申し訳なさそうに話した。
だがここで感傷的になっているヒマはない。一刻も早くジールのところへ行かないと。
と思ったとき、俺の胸に掴まっていたチビが、またえっえっと泣きだした。
「ラッシュさん……一体?」
その泣き声でようやくルースとゲイルが気づいた。チビの存在に。
「えっと、ラッシュさん、その……」
「いや、こいつはな……つーか話はあとで帰ってからするから待て!」
「ま、まさかラッシュさんの隠し子……ぐはっ!」
隠し子なんて言葉は知らないが、俺はつい条件反射でルースの頭を思いきり殴ってしまった。
「な、殴って済ませるということは、その事実を認めたがゆえの行為です……よ……」
俺たちがジールのいる合流場所へと着く直前だった。ひときわ太い大木を背にして身を潜めている奴がいる。
ジールだ。やっぱり盗賊共はこっちに来ていたってことか。
ジールは俺たちが来たことに気づくと、まず手で制し、指によるサインで人数を伝えてきた。
1……5人いるのか、あとは何を言いたいのかサッパリ分からねえが。
「相手は5人。馬車に3人と付近で見張りが2人。何かを探している。ですね」
俺の頭のてっぺんからルースがひょっこり顔を出して教えてくれた。
「分かるのかお前?」
「私たちの仕事じゃ、あんなサイン基本中の基本ですよ」
その言葉にかなりイラっと来たが、ここでまた殴るのはやめておこうと思い、俺は一気に馬車へと走っていった。