雷鳴
「ラッシュさん、ラッシュさーん!」 後ろから、ルースの小さな足音と声が近づいてきた。
「臭いませんか?」 追いつくなり唐突なその一言。俺はまたカチンときた、今度は殺されたいのか⁉︎
「いやいやいや違いますってば! ラッシュさんのことじゃなくって、なんかここ一帯焦げ臭くないですか?」俺の睨みに焦ったルースは、必死に首を左右にブンブンと振って否定した。
「ンなこと分かってる、行くぞ」
だが、俺がそう言って着いた時には、もはやその場所には焦げた地面しか残されてはいなかった。
やや遅れたゲイルが、地面に残された足跡らしきものを調べている。 そっか、あいつ確か昔は狩りで生活してたって言ってたな。足跡から推測できるんだっけか。
「足跡はみんな靴だ。要は人間連中の盗賊団ってとこかな……人数は5人。地面の乾き具合からして、まだ半日程度か」 ゲイルが淡々と俺に説明を始めた。というかまだこいつ、俺に怯えている感じすらするが……うん。馬車のときから全然俺と目を合わさないんだよな。
ふと、空を見上げてみる。鉛色の雲が立ち込め、遠くから雷の音がゴロゴロと鳴ってきた。こりゃ嵐が来るな。
万が一のことを考えて、ジールは馬車に待機させてある。あいつは剣の腕はそこそこ立つんだが、それ以上に投げナイフの腕は抜群だ。
もし待ち伏せしてた盗賊連中が何十人でも沸いてこない限りは、あいつ一人でなんとかなる。 とりあえず、この場所での宝探しはゲイルと遅れてきた連中に任せ、俺とルースはこの先にあるだろうと思われる、キナ臭さの発生元へと向かった。
「なーんかありそうですよね、ほら、聞いた話によるとドラゴンって伝説で聞いた怪物。あいつら火とか酸とか吐いてくるらしいですね。もしかするとこのキナ臭さはドラゴンが襲ってきたとか……それにこの雷の音もドラゴンの咆哮かも知れないじゃないですか。そうなると私たちだけじゃ対処しきれないですよ」
「心配ねえ。俺にはこれがある」 ルースの相変わらずの長ったらしさに一言、俺は大斧を指して答えた。とはいってもドラゴンというものが俺には全く想像できなかった。そんな伝説聞いたこともないし。
ルースの「まああくまで伝承の話ですし」って言葉を聞き流し、焼け焦げた臭いのする方角へと10分ばかり走り続けただろうか、俺たちが着いた場所……それは焼け落ちた小さな村の跡だった。足元を見ると、かなりの数の靴の足跡が残っている。ここは人間の住む村だったのだろう。
「目と鼻の先で戦いがあったのにもかかわらず、まだこの場所に残りたい人はいたわけですね……でもって運悪く、おこぼれを狙いに来た連中に見つかり、略奪され、証拠隠滅のために燃やされた……誰だってそんなこと推理できますが。まあこんなこと考えてたって、ここじゃ全然意味なんてないですけど」 焦げた柱に手を置きながら、ルースは俺に話した。
おそらくその推理で間違いはないだろう。だがこんな間近で大きな戦いがあったというのに、この場を離れたくなかった奴なんているのだろうか? わざわざ死ぬようなもんだし。
「盗賊たちはもうおそらくいないとは思いますが、念のためです、廃屋を一軒一軒のぞいてみましょうか。曲がりなりにも私たちの商売敵ですからね」
そうだな、確かにこんな地図にも載ってないほどの小さな村、潰されたことなんて正直俺たちにはどうだってかまわない。問題は俺らのなけなしの仕事……いや、収入源を根こそぎかっさらっていったクソな連中どもだ。いたら皆殺しにしてやる。
というか、いない可能性の方が大なんだけどな。
一回りするのに10分とかからない規模の村だ、それに家のほとんどはもう焼け落ちている。 俺とルースは二手に分かれて、それぞれ探索を始めることにした。嵐も徐々に近づいてきている、手早く済ませないとな……なんて思い、数少ない残された家を順に探していく。
しかし見事に何も残ってはいなかった。割れた食器が散乱しているくらいだ。
ふと、雷の音に混じって、誰かが泣いているような声が聞こえてきた。
ルースか? いやもっと遠くのような、近くのようなあいまいな場所。ここからじゃイマイチわからない。
外へ出て耳を澄ませる。話し声でもない、叫んでいるかのような声が、向かいの家から聞こえてきた。
罠かも知れない、と思い俺は背中の斧に手をかけた。 いつでも抜ける体勢。一歩一歩ゆっくりと足を進めていく……
ふと、俺の足の裏にぬるっとした感触がした。 足下に目をやると、おびただしい量の血が地面に広がっている。 それが引きずられるように、問題の家へと続いていた。血はまだそれほど凝固していない。
ケガ人でもいて、そいつがうめいているのか? いや違う、もっと泣きわめいているかのような声にすら感じられてきた。
壊れかかった家のドアをそっとこじ開けて、俺は声のする家へと足を踏み入れた。
中はかなり暗いが、俺たち獣人はそもそも夜目の方が効く。これくらいなんてことない。
突然、ドン! と大きな雷が家の近くに落ちてきた。大きな衝撃が家中に響き渡る。
その時、暗闇の中の、俺の目の前に映し出されたもの……
人間だ。