ジールとはじめての酒
もう一人は、ジールっていうネコ族の女だ。
そして俺が初めて知った、女性というまた別の種族でもある。
人間よりさらに長く、折れそうなくらい細い手足に、ふわりと長い栗色の髪の毛、ピンと尖った耳。
親方が言うには、こいつはすばしっこくて戦場じゃいろいろ役に立っているらしい。要は見えないように敵陣で情報をつかむとか。って裏方の仕事みたいだ。俺みたいに剣を振り回すのはちょっと苦手らしいが、そのかわり音を立てずに走ったり、物陰で気配を隠したりする特技があるそうだ。
あと、投げナイフ。
この仕事を知る前には、サーカス団でナイフ投げをしていたらしい。とはいってもサーカスなんて見たこともない、見世物の一種だ、いつか見せてやると親方は言ってた。
ジールのやつ妙に俺に興味があるらしく、事あるごとに俺に話しかけてくる。
正直うざったい気もしたが、俺も嫌々ながらそれに応えた。
でも、俺には前にも言ったとおり、会話するほどの話題なんてない、それに周りの世界も知らない。それを少しづつジールに聞かせてやると、あいつは突然、悲しそうな目をして言ってきたんだ。
「ラッシュ、あなた一生それでいいの?」って。
俺は普通に首を縦に振った。
そしたらジールは俺の手を引っ張って、夜の街へと連れだしてくれた。
仕事のない日に時々ぶらついて、店先に並んでいるりんごを一個もらって食うくらいしか縁のなかったこの街に。しかも昼間のざわつきとは打って変わって、閉店しているんじゃないかと思われていた店には色とりどりの明かりが灯されていて、たくさんの人間が、でっかいコップを片手に騒ぎまくったり、踊ったりしている。
「一杯おごってあげる、お酒ってわかる? 飲んだことある?」ってジールは擦り寄りながら俺に言った。
その時見せた顔が、夜の明かりに照らされてすごく喜んでいたのが印象的だったな。
それに、丸い瞳がいつもより大きくって。初めて俺は「かわいい」って感情を知った。
ジールは突き当りのこじんまりとした店に入り、お酒ってやつを手にした。なるほど、さっきから他の店で人間たちが飲んでたやつって、これのことか、変な匂いするな、なんて思いながら、俺は一気にそれを飲み干した。
……飲んでいった部分が次々に火の中にさらさせるような、そんな奇妙な熱さが胃袋にまで届いてった。しばらくすると天井がぐるっと回転しだし、まるで頭の中にまで心臓が動いちまったかのような……激しいドキドキ、まるで、初めて戦場へ赴いた時のような、いや、あん時は別に心臓はこんな動かなかったな、なんて思ってたら、胃袋がひっくり返った感覚が一気に襲ってきやがった。
路地裏でジールは俺の背中をさすりながら「はあ……残念。もうちょっとお酒強かったらね……いいお付き合いできたんだけど」なんてため息混じりに、残念そうに話してたな。
くそっ、もうこんな変なもん飲むもんか、って心の奥で誓いながら、俺は昼に食ったもんを全部吐いた。